作家という職業をAIに奪われる危機感はない――「兼業作家」の予測する、「物語が必要とされる」時代の到来 #昭和98年
なんでも仕事になる時代ではある
ここ数年、上田は複数の作品に“コロナ禍”を描き入れてきた。最新作『最愛の』も、新型コロナウイルスが蔓延し始めた頃の東京が舞台だ。 「歴史的に見て、これもいつか去ることだな、と思ったんです。ニューノーマル的に日常に溶け込むのか、完全に前に戻るのかはわからないですけど。クライマックス、大波が去っていくと、人はすぐに忘れてしまう。なので、できるだけ活写しよう、細かいことを書くと決めていましたね。今回の緊急事態宣言はこうである、とか、三密とは、みたいなことを、その場でリアルに書いて、それが何かしらの歴史の証明になればいいと考えていました」 人々の記憶から消えてしまう歴史を、文学として残すこと。 上田の視線は、「戦後の終焉」と、「日本のハードウエア面の限界」にも向けられている。 「終戦から78年が経ち、戦争の経験者が少なくなっています。近い将来、全員去ってしまう。本当に戦後が終わるのだと、ここは強く意識していますね。もう一つ、バブル期に大量に建てられた建物の限界が来ている事実にも関心があります。あと転換点という文脈で言えば、西洋の史観から、東洋の史観に揺り戻しが起こるだろうと言われていますが、メタな階層で感じるのは、先進的な意味での人々の内面の取り合いみたいなものが本格化していくだろうと。新刊の『最愛の』のテーマの一つでもあるのですが、結局何が自分にとって大事なのか、最愛のものがなんなのかを模索していく術を保っていかないと、システムや巨大資本に振り回せされ続けることになる。そういった現状を踏まえた上で、今後は戦争やその後の日本の歴史について、僕の中で落とし込みをしていくことになるだろうな、と感じています」 錯綜としている現代。作家として書くことはいくらでもありそうだ、と上田は言う。
もしも今、10代だったとしても、作家という職業を選ぶかと問うと、迷いなく頷いた。 「小説家をベースに、何か別に興味のあることを、副業なのか、収入配分的にはわからないですけど、何か加えて、という感じですかね。今と一緒か(笑)。ただ、だんだんやっていることが、社会に溶けていっているというか…小説も書いているし、会社で働いてもいるし、他も細々やっているし。いろんな側面で、少しずつ社会と接する部分が多面的になっているので、その傾向がより強まるのかな、とは思っています。その中心には、小説を書いている自分がいる、という感じです」 上田の働き方は、とても自由で、現代の作家の生き方としては、理想的に見える。 これから職業や働き方を選ぼうとしている10代の若者たちにアドバイスをするとしたら……? 「ゲームの実況者とか、それこそユーチューバーという職業も、かつてはなかったものですよね。ある意味、なんでも仕事になる時代ではある。自分が好きで、熱くなれることを見つけて、それがお金になるかどうか、それをよくよく考えるというのが一番重要かなと思いますね。だからまずは自分が興味を持っていることを突き詰めて、それを継続できるか、お金にするにはどうしたらいいか。これって絶対に、昔よりも選択肢は増えているはずなんですよ」 ___ 上田岳弘(うえだ・たかひろ) 1979年、兵庫県生まれ。作家。早稲田大学法学部を卒業後、友人に誘われ、IT企業の立ち上げに参加し、その後役員になる。2013年、『太陽』で第45回新潮新人賞を受賞しデビュー。2015年、『私の恋人』 で第28回三島由紀夫賞を受賞。2018年、『塔と重力』で第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2019年、『ニムロッド』で第160回芥川賞を受賞。2022年、「旅のない」で第46回川端康成文学賞を受賞。エッセイや戯曲も執筆する。最新小説『最愛の』(集英社)が9月5日に発売となる。 「#昭和98年」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。仮に昭和が続いていれば、今年で昭和98年。令和になり5年が経ちますが、文化や価値観など現在にも「昭和」「平成」の面影は残っているのではないでしょうか。3つの元号を通して見える違いや残していきたい伝統を振り返り、「今」に活かしたい教訓や、楽しめる情報を発信します。