作家という職業をAIに奪われる危機感はない――「兼業作家」の予測する、「物語が必要とされる」時代の到来 #昭和98年
伊佐坂先生みたいな世界はない
恩田陸や浅井リョウのように兼業から専業になった作家もいれば、逢坂冬馬、結城真一郎など、兼業を続ける作家もいる。現代の人気作家には、何らかの社会経験を積んだ人間が目立つ。 「社会のただ中にいることで、作家としては少数派の人生経験を積むことができているかなと思います。一時、開発部長を兼務したことがあるんですよ。そこで、納期の大切さが身に染みました。とにかく納品するという目標に向かって、トラブルやエラーを乗り越えていく。だから作家としても締め切りは完全に守るタイプです」 納品はもちろんメールで。編集者が家に来て原稿を待っているということはない。 「(サザエさんの)伊佐坂先生みたいな世界はないですね(笑)。出版社が用意したホテルや部屋で缶詰ということも、人によってはあるみたいですけど」 以前は出社前の朝時間を使って執筆していたが、現在は執筆と仕事の日を分けて働く。執筆は、コワーキングスペースで。都内にある系列店を転々として、気分を変えながら書いている。仕事の方も、リモートワークが中心だ。オフィスへの出社は月に1度ほど。ワークバランスは良好そうだ。 「作家って、もうちょっと暇なのかと思ってましたね(笑)。でも、忙しい方が書けるんですよ、僕も。ゆっくり貯めて書くというよりも、締め切りに追いつめられているくらいの方が、筆が進むんだなということが、だんだんわかってきました」 「今日5000字書くって決めたら、もう書いちゃうんですよ。その書く中で、無理やり出てくるものの連なりが、小説になっている、という感じ。絞り出すと、何か出て来ますけどね。今日はやらないと終われない、逆に言うと、やると終わるわけです」
作家という職業をAIに奪われる危機感は今のところない
ネット書店の台頭もあり、全国の書店閉店ニュースが後を絶たない。 読書離れが進むのではという声もあるが、上田の意見は真逆だ。 「今年から新潮新人賞の選考委員を務めていますが、応募数自体ものすごく増えている。おそらく30年前で、1000作品くらい。僕がデビューした頃が2000前後。今は、もう3000作品に迫る勢いです。これは、SNSもあって、『書く』ことに慣れ親しむ人が増えているからだと思う。確かに書店も減っていますが、純文学目線でいうと、実は下げ止まっていて、じわじわと増えて来ているんじゃないかという実感があります」