海軍乙事件の全容 漂流する中将らが投棄した“機密文書”が、その後の戦局を左右した
その後の戦局への影響
Z作戦計画書と暗号書の漏洩は、日本海軍の事後の作戦に大きな影響を及ぼした。 「Z作戦計画」を知る立場にいた吉田俊雄元海軍中佐は、「その完成度の高い内容から、(Z作戦計画で)日本海軍の作戦構想は十分推定できる」と発言している。 アメリカ海軍は、翻訳文書から日本海軍の作戦構想だけではなく、マリアナ作戦に参加する航空機数、艦艇数、兵力、配置、指揮官の氏名まで突き止めた。マリアナを攻略する第五艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス中将は、日本海軍の航空母艦は9隻で作戦機は約460機であることを知っていた。 日本海軍は、「Z作戦計画」を修正した「あ号作戦計画」を新たに策定してマリアナ作戦に臨んだが、マリアナ沖海戦では、第一航空艦隊の空母「大鳳」、「翔鶴」、「飛鷹」が撃沈され、艦載機の大部分が喪失した。苦心の末、ようやく造成した日本海軍の機動部隊は、大きな被害を被った。 日本海軍の敗退により、マリアナ諸島は約20日の戦闘で失陥し、日本の絶対国防圏の一角が崩れた。ついで、マリアナ諸島に航空基地が整備されてB‐29が展開し、対日戦略爆撃が開始された。続くレイテ沖海戦でも「Z作戦計画」を事前に知っていたことが、アメリカ軍の勝利に大きく影響した。 その後の経緯を踏まえ、戦後、マシビア大佐は、「日本海軍の秘密文書を入手したことにより、戦争終結を1年以上早めることができた」と述懐している。
【源田孝】 元防衛大学校教授。昭和26年(1951)生まれ。防衛大学校航空工学科卒業。元空将補。幹部学校指揮幕僚課程、同幹部高級課程修了。早稲田大学大学院公共経営研究科公共経営修士(専門職)。軍事史学会監事。戦略研究学会監事。著書に『アメリカ空軍の歴史と戦略』『ノモンハン航空戦全史』などがある。
源田孝(元防衛大学校教授)