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安部俊太郎

「本の未来」を考える―出版業界のキーパーソンたちに聞く

2017/01/26(木) 12:52 配信

オリジナル

出版不況と言われて久しい。グーテンベルクが活版印刷を発明してから500年以上もの間、人々とともにあり続けた「本」というメディアは、これからどうなっていくのだろうか。出版業界のキーパーソンたちに話を聞いた。(ライター・三橋正邦/Yahoo!ニュース編集部)

起きているのは出版不況ではなく、メディアの変化
干場弓子・ディスカヴァー・トゥエンティワン取締役社長
小説投稿サイトの大きな可能性
井上伸一郎・KADOKAWA代表取締役
「1話無料」に込められた意味
森啓・LINEコンテンツ事業部事業部長
『広辞苑』の役割は変わらない
平木靖成・岩波書店辞典編集部副部長

起きているのは出版不況ではなく、メディアの変化

公益社団法人「全国出版協会・出版科学研究所」のデータによれば、紙媒体の雑誌と書籍の売り上げは1996年の2兆6564億円をピークに毎年下落を続けており、2015年には1兆5220億円まで落ち込んでいる。また、期待された電子書籍市場も、2014年の1074億円から2015年の1377億円と拡大基調にあるものの、出版市場全体の縮小を止めるまでには至っていない。

そんななか、書籍づくりのプロは何を考えているのか。創業当時から、業界の常識だった、取次に本を卸し、そこから書店に流してもらうというのではなく書店との直取引という流通スタイルを開拓し、多くのベストセラーを出してきたディスカヴァー・トゥエンティワン。今や創業30年を超えて老舗の仲間入りをしようとしている同社取締役社長の干場弓子氏は、「本の未来」をこう語った。

干場弓子・ディスカヴァー・トゥエンティワン取締役社長

「信頼性の高さ」だけでも、生き残ってはいけない(撮影:岡村大輔)

以前、うちの社員が幼稚園生くらいの娘さんを会社に連れてきたことがあるんです。その時、絵本でも読んでもらおうかと渡したら、紙の本のページを、めくるんじゃなくて指でスワイプするんですよ。たぶん彼女、家ではタブレットで絵本を見ているんですね。だから、紙の絵本をスワイプする。ああ、そういう時代なんだなあ、って思いました。

この10年ほどの間、出版不況とずっと言われていますよね。でも私は、今起きている変化を「本が売れなくなった」ではなく、「メディアが多様化した」と捉えています。紙の本はグーテンベルク以来数百年の間、情報と娯楽の大量供給手段として唯一のものでした。ここ100年くらいで、ラジオや映画、テレビなども出てきましたが、決定的なのはインターネットですね。ネットの登場によって、情報と娯楽の担い手の地位を失ってしまった。

「本がだめになった」というよりは、情報や娯楽にアクセスするための手段が分散した、ということですね。

ネットの登場により、メディアの多様化は一気に進んだ(写真:アフロ)

本の未来がどうなるかは、結局、「読者が何を求めるか」にかかっています。

電子書籍は確かに伸びていますが、欧米では小説、日本ではマンガなどが大半で、ビジネス書などはまだまだ紙の本が主流です。現時点ではまだ、紙の本には「信頼性の高さ」という優位性があるということだと思います。印刷や在庫の保管といったコストがかかる以上、厳選されたものしか出版されない。また、間違ったものを出すと出版社のブランドが傷つきますから、校閲などにも人件費をかけます。おのずと、信頼性は高まります。

でも、「信頼性の高さ」を売りにしているだけでは生き残れない時代になってきた。そういう時代に、私たちが本を作る際に気をつけていること。それは「コミュニケーション」です。私たちが創業当時から書店と直取引を行っているのは、取次を通すよりも書店でのマーケティングをきめ細かく行うことができるからですが、それも「読者とのコミュニケーション」を大切にしたいという考えに則った戦略の一つです。

丸善 仙台アエル店でのディスカヴァー・トゥエンティワンのフェア(写真提供:ディスカヴァー・トゥエンティワン)

例えば、「情報の正しさ」という意味での専門家のお墨付きが必要のない分野もあるんです。近藤麻理恵さんの『人生がときめく片づけの魔法』は、日本はもちろん、アメリカでもミリオンセラーとなりました。「片づけ」のようなセルフヘルプのジャンルは、本に書かれている内容が正しいか正しくないかではなく、読んだ人が「役に立った」「救われた」と思えるかどうかが勝負になるんですね。

小説も同じです。信頼性があるかどうかよりも、読者が「面白い」と思えるかどうかがすべて。だから今は、ウェブで発表された小説がベストセラーになることも増えています。典型的な例が『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』で、主婦が書いた官能小説が全世界で1億部以上売れ、映画化もされるという大ヒットになりました。

さらに言えば、読者とのコミュニケーションを通して、読者が、「電子と紙」で読むだけでなく、アニメや映画として楽しみたいと思っていたり、ゲームとして遊びたいと思っていたり、関連グッズを集めたいと思っていることがわかれば、私たちはそれを提供しなければいけないということです。そういう意味では、「出版」という枠組み自体が、もはや意味を持たないのかもしれません。

小説投稿サイトの大きな可能性

電子、アニメ、テレビ、映画、グッズ、ゲーム......「紙の本」が生き残るために、今多くの出版社が、他のメディアとの連動を模索している。その最先端を走るのが、先ごろ、「ニコニコ動画」などのサービスを提供するIT企業のドワンゴとの経営統合を行ったKADOKAWAだ。代表取締役を務める井上伸一郎氏に、話を聞いた。

井上伸一郎・KADOKAWA代表取締役

ウェブ小説が、名作として読まれる時代がくる(撮影:稲垣純也)

本の未来がどうなるか。まず、多くの人が、本を買わなくなっている、というのは確かな現実ですよね。私たちの調査では「日本の人口の半分くらいが年に1冊本を買うかどうか」というのが現況です。雑誌の売り上げの下落も著しい。

みなさんご存じのとおり、2014年10月にKADOKAWAはIT企業のドワンゴと経営統合をしました。この背景にはもちろん、本や雑誌をめぐる市況の変化がありました。ただ、私どもは経営統合以前から、出版業界の中でも先んじて新しい時代の出版のあり方を模索してきたつもりです。

過去の出版物から3万点を電子書籍化する3万点プロジェクトが完了したのはもう2年前ですし、紙の書籍と電子書籍を同時に市場に出す割合であるサイマル率は約9割を達成しています。また、2010年には「BOOK☆WALKER」という電子書店を立ち上げ 、業界のハブとして、約890社の出版社に参加していただいています。

ネットの普及は本の「売り方」だけではなく「作り方」にも変化をもたらした (撮影:稲垣純也)

ネットの普及は「売り方」だけではなく、コンテンツ制作の現場にも、大きな変化を及ぼしています。そのひとつが、我々はUGC(ユーザージェネレーテッドコンテンツ)と呼ぶ、ユーザーが発信して作ったコンテンツです。KADOKAWAは以前から同人誌や二次創作に理解が高い文化が社内にあり、MFブックスなどのレーベルを作ったり、小説投稿サイトの人気コンテンツに書籍化のアプローチを行っています。

以前は、こうしたUGC発の小説は「なろう系小説」「ネット小説」「携帯小説」など呼び方がバラバラでしたが、我々はそれらを「新文芸」と定義することで、認知を高めようと考えました。その結果、丸山くがねの『オーバーロード』がシリーズ累計300万部を超えるなど、自社発のヒット作がどんどん出てきています。

そうした取り組みを続けるうち、自ら小説投稿サイトを持つべきではないかという意見が出てきました。そこでスタートしたのが「カクヨム」です。従来の「なろう系小説」ではいわゆる異世界転生ファンタジーがほとんどだったのですが、カクヨムの場合はKADOKAWAが主催しているためか、異世界ファンタジーが22%、現代ドラマが15%、ラブコメ12%、SF10%といった具合に多くのジャンルがバランス良く自然発生的に集まってきています。

カクヨムでは投稿小説のコンテストを行っています。こうすることでユーザーが積極的に応援参加し、書籍化される前にすでにファンがついた状態になります。また、読者の反応を見て書き手が作品を修正することもあります。つまり、読者が編集者の役割を担っているわけですよね。これもウェブ小説の非常に大きな特徴だと思います。

小説投稿サイトは大きな可能性を持っていると私たちは考えています。ウェブ媒体出身の作家さんが芥川賞や直木賞を取るのも遠い将来ではないと思っていますし、それを手助けするのが私たち出版社の役目だと考えています。

角川歴彦会長の言葉に「Changing Time, Changing Publishing(時代が変われば出版も変わる)」というものがあります。角川映画も、出た当時の40年前は批判的な映画評も出たのですが、今は『犬神家の一族』や『セーラー服と機関銃』『時をかける少女』など、「名作」の位置付けを獲得し、映画祭を行うまでに成長しました。40年後にはウェブ小説が、名作として読まれる時代がくると思っています。

「1話無料」に込められた意味

LINEマンガサービスが始まったのは2013年。2016年には1500万ダウンロードを突破し、スマートフォン向けの電子書籍サービスとしては、国内最大級の規模に成長した。スマートフォンのメッセージングサービスであるLINEの関連サービスとして「電子書籍」を配信する狙いはどこにあるのか。LINEコンテンツ事業部事業部長の森氏に話を聞いた。

森啓・LINEコンテンツ事業部事業部長

無料連載が読者の「出会いの場」として機能している(撮影:安部俊太郎)

LINEでは、人と人、人とサービス、人とモノとの距離を縮めることを目指した「Closing the distance」というミッションを掲げています。LINEマンガも、このミッションに基づき、読者と作品の出会いの場のプラットフォームとして運営しています。

200作品以上のマンガが毎週1話ずつ読める「無料連載」、コミックスの販売を行う「ストア」、投稿作品が掲載される「インディーズ」の3つのコーナーで構成されているのですが、その中で作品と読者の出会いの場としてもっとも機能しているのが無料連載です。

マンガ雑誌の部数が減少傾向にある中、LINEマンガの無料連載は、出版社を横断した、ある種の「マンガ雑誌」としての役割を果たしていると考えています。女性向けの作品もあれば男性向けの作品もある。いろいろなジャンルの作品とユーザーが「出会える場」というわけです。

以前、市場調査サービスのマクロミルでユーザーアンケートを取ったところ、「無料連載」を読んだ後に、LINEマンガのストアで電子書籍を買う方が14%。そして印象的だったのは、実に28%の人が、その後、書店に行って紙のコミックスを購入していたことです。

無料にすることで読むハードルを下げ、作品と出会う機会を作った結果、電子以上に紙のコミックスの購買に大きな影響を与えていたのです。電子を含めるとコミックスの市場規模は顕著に伸びており、LINEマンガが生み出している読者と作品との出会いが、業界の成長の一助になっていることが、数字にも表れていると思います。

出版社さんや書店さんからも、LINEマンガで無料連載をした作品の、書店での売り上げが急激に伸びたという声を多くいただくようになりました。こうした反響を受け、書店でLINEマンガを無料の試し読みツールとして活用しようという新しい取り組みも取次のトーハンさんとすでに行っており、成果を上げています。すでに紙と電子の共存は現実に起きていて、良い方向に進んでいるのです。

マンガは、LINEスタンプのように友達から友達に広がっていく(撮影:安部俊太郎)

学校でマンガを回し読みしていたのと同じような状況を、LINEのプラットフォーム上で作りたい。

電子書籍業界としては、いまは1巻無料や複数巻無料が売り上げを牽引するトレンドにはなっていますが、どのような見せ方・売り方が、読者、出版社、書店にとってベターなのか、今後も工夫次第で、読者の満足度も売り上げも、まだまだ上がっていくと考えています。

そのヒントとなる重要な点として、LINEが意識している「コミュニケーションの中での流通」があると思います。例えばLINEスタンプ。スタンプの売り上げはランキング上位に集中しているわけじゃなくて、「ロングテール」になっているんですが、それはLINEのスタンプが「送られる」ことで広まっていくことが影響しています。人気ランキングには入ってこないスタンプでも、友達から友達に広がっていくことで、特定のグループや地域、世代にだけは人気となるスタンプが生まれています。同じような状況は、マンガでも起こせると考えています。

学校で誰かがマンガ雑誌を買ってきて、友達同士で回し読みをして、そこからマンガの会話が始まっていたように、LINEというコミュニケーションプラットフォームを生かせば、それが実現できる可能性があると考えています。例えば、今のLINEマンガでも、ユーザーの行動や購読履歴に基づく機械的なレコメンド機能は備えていますが、友達からの「これ面白いから読んでみてよ」というLINEのメッセージには到底かないません。

無料連載でユーザーに作品を読んでいただくことで、作品ファンが一番のプロモーターになってくれて、スタンプのように、ユーザーによる自然発生的な広がりを生み出し、LINEマンガがコミックス市場の成長に、今以上に貢献できる未来を生み出せるのではないかと考えています。

『広辞苑』の役割は変わらない

メディアミックスや電子書籍、あるいはコミュニケーションプラットフォーム上での「本」の未来。その中で、「紙の本」はどのように未来に残っていくのだろうか。老舗、岩波書店で『広辞苑』の編集を担当する平木靖成氏に話を聞いた。

平木靖成・岩波書店辞典編集部副部長

社会の感覚は変化する。辞典のあり方も変わっていくだろう(撮影:安部俊太郎)

広辞苑の売り上げは、版を重ねるごとに落ちています。1991年に出版された第4版が220万部、98年に出た第5版が100万部。2008年に出た第6版は現在までの売り上げが40万部です。電子辞書が急成長することで紙の辞典の落ち込みをカバーしていた時期もあったのですが、近年は電子辞書も売れなくなってきています。

落ち込みの原因としては、やはりインターネットの影響が大きいですね。ネットやスマホで言葉を調べる人は、紙の辞典も電子辞書も使わないで済ませてしまいます。今、そういう方の割合がどんどん大きくなっていると思います。

今のところまだ、「ネットの情報に比べて紙の書籍や辞典のほうが信頼性は高い」という感覚の人が多いと思います。しかし、ネットの情報を中心に育った人が多数派になった時には、どうなるかわかりませんよね。社会の感覚はどんどん変化していきますから、辞典のあり方も、変わっていかざるを得ないでしょう。

例えば辞典でも、電子版の場合、収載する内容を紙とネットのどちらに寄せるべきかという議論があります。広辞苑の場合、紙版と電子版の情報は同じです。電子版は、やろうと思えば、紙版よりも語数や情報を増やすことはできます。でも、それをやると、どうしても記述が緩んでしまう気がする。また、情報の「量」だけで勝負するのであれば、ネットにかなうわけがないというのもあります。

やはり、紙の辞書は、ネットや電子辞書の利便性とは違うところで勝負しなければいけないと思うんです。例えば、助詞の「も」だけで、1ページ半くらいかけて説明している辞典もあるんですよね。電子辞書で「も」をわざわざ引く人はいないと思うんです。でも、紙の辞書をパラパラとめくっているときに、「も」と出会って、その面白さに気づいたら楽しいじゃないですか。こういう辞典の面白さをわかってもらう活動を進める必要がありますよね。

助詞の「も」だけで、1ページ半くらいかけて説明している辞典もある(撮影:安部俊太郎)

近年、辞典の中でも、読み物としても楽しめる「読む辞典」は売れ筋になっています。ただ、それは自然科学でいうところの「応用研究」だと思っています。地道な基礎研究がなければ応用研究は広がりません。どの言葉を選ぶのか、どう解説するのか。紙媒体であろうが、電子媒体であろうが、基礎的なスタンダードな辞典をいかに作っていくかということが、私どもに求められることだと考えています。

人間が言語を使い続ける以上、どれだけ社会が変わろうとも、辞典的なものは残るはずです。ただ、購入者が減って採算を割ってしまうと作れなくなってしまいますから、少しでも「役に立って面白い辞典」を作り、使う人を増やしていかなければいけないと思っています。


三橋正邦
1961年富山県生まれ。フリーランスとしてゲーム会社でのプログラミング及び作曲、シンクタンクでの報告書作成、専門学校講師、都議会議員秘書などを経てライター活動を始める。主な執筆協力に『eラーニング白書』(オーム社)、『完全保存版 THE芸能スキャンダル!』(徳間書店)など。

[制作協力]
夜間飛行
[写真]
撮影:安部俊太郎、稲垣純也、岡村大輔

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