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松岡健三郎

W杯予選“最悪の敗戦”。キャプテン、長谷部誠の苦悩と重圧

2016/09/12(月) 13:39 配信

オリジナル

ロシアW杯に向けてアジア最終予選が始まった。6大会連続でのW杯出場を目指す日本だが、そのチームのキャプテンが長谷部誠だ。南アフリカW杯、ブラジルW杯でキャプテンを務め、ロシアW杯出場に向けて戦うハリルホジッチ監督にも指名されるなど名実ともにチームの柱となっている。しかし、初戦のUAE戦は最悪のスタートとなった。

キャプテンの長谷部が直面した壁とはいったい何だったのだろうか。(スポーツライター佐藤俊/Yahoo!ニュース編集部)

撮影:松岡健三郎

あまりにも大きな衝撃だった。

1998年フランスW杯からW杯6大会連続出場を目指し、9月1日UAE戦から最終予選がスタート。日本代表のキャプテン長谷部誠はスタメンでプレーしたが、2-1で逆転負けを喫したのだ。アジアで強豪国の日本がホームでUAEに敗れた“事件”は大きな衝撃とともに世界に報じられた。W杯予選において初戦を落としたチームがW杯出場する確率は0%というデータがある。選手はもちろん、ハリルホジッチ監督も相当のショックを受け、深く落ち込んだ。

「初戦の大事さというのを痛感していたのに非常に厳しい結果になってしまった。しかも自分の個人的なミスからボールを奪われてPKになった。経験のある選手にもかかわらず甘さが出てしまい、チームに迷惑をかけてしまった。これからどうやってチームを建て直してやっていくか……。経験のある選手が引っ張っていかないといけないですし、自分も態度でも示していきたいと思います」

ロシアW杯最終予選は6チーム中、上位2チームに出場権が与えられ、3位は大陸間プレーオフに回る。そのためホームでは勝利で勝ち点3を得て、アウェイでは勝利もしくはドローで最低でも勝ち点1を拾うことが予選を勝ち抜くためのセオリーになる。

だが、日本はホームでの初戦を失った。

撮影:松岡健三郎

長谷部が試合後、「まずいな」と感じたのは敗戦のショックでチームが大きく動揺していることだった。このままでいいのか。自分たちのサッカーで勝てるのか。膨らみかけた自信がしぼみ、選手の中に自分たちのサッカーに対して疑心が生まれてしまった。しかも、次のタイ戦まで5日しかない。

長谷部は動いた。

重視したのは、気持ちの切り替えの目標の再確認だ。実は過去に大会のスタートで躓いたことが何度かあった。2011年アジアカップでは初戦のヨルダンに1-1で引き分け、ショックでチームが揺れた。長谷部は翌日に自主的にメンバーを集めてミーティングを開き、全員で話し合い、大会の目標を確認した。そして、苦難を乗り越えてアジアカップを制したのだ。

バンコクの夜、重要なコミュニケーション

長谷部は3日の夜、ハリルホジッチ監督の了解を得て、日本料理店で選手だけの食事会を開いた。

「それまで個々で選手と話をしていましたが、今回は選手みんなとご飯を食べに行って、ちょっとでも気持ちを切り替えることができればいいかなと思って。初戦に敗れた後、みんなで話し合って全体を意志統一することがすごく大事だと思うし、一番失ってはいけないのはお互いを信頼すること。そういう意味でも話し合いができたことは、すごくポジティブにとらえています」

撮影:松岡健三郎

負けられないタイ戦を前にプレー面を含めてそれぞれの選手が思っていることを吐き出させた。このチームは性格的におとなしい選手が多く、突き詰めて話し合うことが少ないと感じていたからだ。若い選手を含め多くの選手に発言させ、それぞれの考えを聞くことで相手のことを理解できるようになる。チームの一体感は、そうした小さなところが出発点になるのだ。そして、タイに勝ってロシアW杯に行くんだという目標も再確認した。

「結局は、ピッチの上でどれだけいいプレーができるのかが一番大事なんで、この食事会が良かったかどうかは、試合の結果次第になるんじゃないですかね。ただ、僕は、この壁をこれからどのようにして乗り越えていけるか楽しみではあります」

隠さない危機感、若手に要求する自覚

果たして通算101試合目となったタイ戦は 時折、雨が強く降る中、終始ゲームを支配し、2-0で勝った。長谷部は、キャプテンとしての責務を果たした。しかし、その表情はさえなかった。

「うーん、一番大事なのは勝ち点3を取ることだったんで、そういう意味では良かったと思いますけど……。試合を早いうちに決められるチャンスがかなりありましたし、簡単なミスも多く、同点に追い付かれてもおかしくない場面もあった。修正しないといけない点を挙げればキリがない。個人的に勝てたことはいいですが、危機感といいますか、このままではダメだなって思います」

撮影:齊藤友也

長谷部が“危機感”を隠さないのは今後の戦いを見据えているからだ。オーストラリアなど力が拮抗した相手になると何度も決定的なチャンスが得られない。逆に相手は一瞬のミスを突いて点を取りにくる。その厳しさ恐さをW杯や世界大会で経験している。

しかも攻撃では21本シュートを打って2点のみと決定力に課題が残り、守備ではカウンターの対応にアタフタするなど依然としてチームは不安定なままだ。キャプテンとしての舵取りが難しくなってきているが、過去の最終予選時と比較して、ロシアW杯最終予選はキャプテンとして、どのような難しさを感じているのだろうか。

「今までのチームと比べるとみんな、おとなしい。人間的にはすばらしい選手が多いんですけど、内に秘める選手が多いので、それをいかにうまくピッチの上で引き出すかというのはいろいろ考えてやっています。ただ、個人的には若い選手がもっと自覚を持って自分がW杯に連れていくんだという強い気持ちを持ってほしい。僕が23、24歳で岡田(武史)さんの時に代表に入った時、自分が中心になってやっていく気持ちがあった。今の若い選手にもそのくらいの気持ちをもってやってほしいし、それを内に秘めているのであればもっと出してほしい」

その口調は、ピッチで叱咤激励した時のように鋭く厳しかった。

撮影:齊藤友也

キャプテンの悲壮な決意

UAE戦とタイ戦でプレーした選手で前回の最終予選でプレーした選手は本田圭佑、香川真司、吉田麻也、岡崎慎司、清武弘嗣、酒井宏樹、酒井高徳、長谷部の8名しかない。もっといるように感じるが残りの15名は最終予選を今回初めて経験する選手ばかりだ。長谷部は経験豊富なキャプテンだが、おとなしい若い選手から力を引き出し、チームをまとめていくのは容易なことではない。

「それでも経験ある自分たちが引っ張り、前を向いてやっていく。もうひとつも落とさない気持ちでやるしかないです」

キャプテンとして、日本代表選手としての責任をズッシリと背負っている。

これからも厳しい試合がつづく。だが、この壁を越えた先に長谷部個人のさらなる成長とキャプテンとして3大会目となるロシアW杯が見えてくるはずだ。

撮影:齊藤友也

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佐藤俊(さとう・しゅん)
スポーツライター。北海道出身、青山学院大学経営学部卒業。ワールドカップは1998年フランス大会から、五輪はサッカーを96年アトランタ大会から取材。現在はサッカーを中心に野球、陸上、ゴルフなど自分の好きなスポーツと選手に首を突っ込み、「Number」「Sportiva」など各種雑誌、WEB媒体などに寄稿。著者は、「中村俊輔リスタート」「宮本恒靖 学ぶ人」(文芸春秋)、「輪になれナニワ」(小学館)、「越境フットボーラー」(角川書店)など他著書あり。

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