3500万円以上を集めた『福田村事件』クラファンの裏側
関東大地震はいまから100年前の1923年、9月1日に発生した。事件が起きたのは、その5日後の9月6日。千葉県東葛飾郡福田村に住む自警団を含む100人以上の村人たちが、香川から訪れた薬売りの行商団15人の内、幼児や妊婦を含む9人を、朝鮮人と思い込んで殺害した。実際にあった出来事を元に、『A』『A2』『FAKE』などドキュメンタリーを撮ってきた森達也監督がはじめて長編劇映画を撮った。
製作資金が思うように集まらず、クラウドファンティングを募ったところ、開始1ヶ月で目標金額2500万円の半分以上が集まった。ネクストゴール設定によって最終的に3500万円以上に。『福田村事件』のクラファンのプラットフォーム・A-portでは、「SMAP応援プロジェクト〜新聞メッセージ・どうか届きますように」(ファンが新聞にメッセージを掲載したいというもの)に次いで歴代2位の達成金額となり、一般市民が『福田村事件』に対して興味を持っていることが認知されるきっかけとなった。
映画製作の多大な力になるクラファン。コロナ禍以降、注目されているが、クラファンの裏側はどうなっているのだろう。一般市民の出資は映画製作にどんなふうに役立っているのか。『福田村事件』クラウドファンディング・寄付事務局担当の越智あいさんに話を聞いた。
【クラファンとは】
群衆(crowd)と資金調達(funding)を組合せた造語・クラウドファンディングはインターネットを通じて、活動に支援を集めるシステム。一般的な寄付とは異なり、支援の額に応じて「リターン」と呼ばれる返礼品が用意される。
支援者ひとりひとりに寄り添う
「私の仕事は、ひとりひとりの支援者の思いと考えを繋ぐことだと思っています。みなさんの思いや考えが伝わればいいなって」
そう語る越智あいさんは大阪在住の主婦。映画が好きで、東京在住の頃、TAMA映画祭やKAWASAKIしんゆり映画祭のスタッフとして活動していた。また、mixiの森達也コミュの管理人もやっている。夫の転勤で大阪に引っ越したため、『福田村事件』に関しては、井上淳一プロデューサーの声がけで、事務方――クラファンの事務局を手伝うことになった。
「最初はこんなに大変な作業になるとは思っていなかったんですよ」と振り返る越智さん。
当初の主な仕事は、募集サイトのコンテンツや、リターンと呼ばれる支援者特典の決定、サイトに掲載する募集用の原稿の流し込み、支援者へのお礼のメールを手動で送ること、活動報告の定期送信、返礼品の送付など。これらはクラファンのデフォルトである。ただ、このなかのメール類は、支援完了後に送られる自動送信メールもあったが、越智さんは、お礼メールや活動報告を手動で行っていた。
「ありがたいことに、クラファンを開始した2022年4月15日から、終了の8月12日まで1日たりとも支援がない日はなく、120日間、ずっと支援が続きました。そのため4ヶ月間、毎日、お礼メールを出し続けました」
そのメールの出し方に、越智さんはルールを設けた。
「お礼は24時間以内に出すというベースのルールを守りつつ、夜10時から朝7時まではメールを出さないと決めました。というのは、メールの受信通知を携帯に設定している方々もいるでしょうから、睡眠時間を妨げないようにと思って。また、夜中に受信通知を受けると身内に何かあったのではないかとドキリとなることもありますよね」
越智さんは多くの支援者に対して事務的にならず、支援者の状況を慮ったのだ。
「撮影前は支援者の方に活動報告を2週に1回くらい出すことにしていたのですが、今回、クラファンは、オンラインだけでなく、オフライン――現金書留で支援してくださる方も募ったところ、支援者2257人中、140人がオフラインでした。その方たちは、ネットをやらない、あるいは苦手なシニア層や、オンライン決済に不安があるという方たち。その方たちには、お電話で確認したいことがあるとお手紙を出しました。いつ頃、この電話番号からお電話しますと添えて。活動報告を毎回送ったほうがいいか、送料節約のため、ある程度、まとめてもいいかという確認のためと、リターンの一つである映画のエンドロールや公式パンフレットへのお名前の掲載可否の確認です。個人情報なので重要ですから」
支援者の声で感じた 100年前といまが地続きであること
ネットを介して行うクラファンだが、支援者の方々の肉声に触れたことで、越智さんは、支援者の方々の背景や、思いや考えを知ることになった。
「私は事務局をやってよかったと思いました。事務処理の確認のやりとりをきっかけに、森監督の作品に触れたきっかけや、『福田村事件』に支援しようと思ったきっかけなどを話してくださる方々がいたんです。例えば、お父様の当時の体験を人づてに聞いていた80代の方や、事件当時、福田村近くにいらしたお舅さんの話を聞かれた方、戦前、樺太の炭鉱で働いていて差別を目の当たりにしていた90代の方など。まさに歴史の生き証人のお話です。皆さん、それぞれの思いがあって映画を応援しようとしてくださっていて、引いてはこの国をなんとかしないといけないという強い思いを感じました。だからこの作品に託すんだって。ただ、この支援者の皆さんの強い思いは、シナリオを書くことをはじめとした準備期間中の森さんたちには全部はお伝えしませんでした。ひょっとしたら制作のうえでプレッシャーになるかもしれないと思ったからです」
さらに感じたのは、100年前の記憶が現代にまだ息づいていることだ。
「100年前はいまと地続きなんです。『福田村事件』は、100年前の出来事をさらに次の世代に繋げていく映画なのだと思います」
支援者には100年前の記憶を知っているシニア層もいれば、森監督の教え子など若い世代や、映画ファン、出演俳優のファン、書籍「福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇」の著者・辻野弥生さんとつながりのある方々と様々。それぞれに思いのこもった支援金、それを越智さんは少しでも無駄にすまいと心を砕いた。
「あるとき支援者の方から、コースの変更を相談されました。1万円コースを3つ申し込んだけれど、まとめて3万円コースにできないかというのです。1万円コースと3万円コースだとリターンの内容が変わります。A-portに確認を取ったところそれは可能でしたが、ふと、その方おひとりだけに便宜を図っていいものだろうかと気になって。約1ヶ月ほどかけて全員の支援状況を洗い出し、変更したほうがお得になりそうな方々にリターン変更の提案をしました。また、3万円コースのリターンのひとつはエンドロールにお名前を掲載することですが、掲載を辞退される方も10数名いて。そうすると、1万円の特典と同じになってしまいます。3万円を出してくださった方のリターンが、映画のチケット1枚とかになってしまっていいものか、とも考えました。特典の機会はなるべく生かしていただきたいので、お名前掲載について改めて確認しました。そうしたら、なかにはやっぱり掲載します、と思い直された方や、1万円コース3口に変更し、チケットを3枚もらうほうがいいという方もいました。これらの変更については、支援者皆様のお金に関わるし、製作費にも関わることでもあるので、統括プロデューサーに必ず確認を取ってから支援者にご連絡していきました」
従来だったら、コースの選択は自己責任で、そこまでケアしなくてもいいのだろうけれど、そうさせたのは、越智さんの主婦感覚だった。
支払ったお金が役に立てば嬉しいというささやかな思い
「支援者には年金生活者の方がかなりいらっしゃって、私の親も年金生活者ですし、去年から今年にかけて保険料や物価の上昇が凄まじいですよね。私自身は年金受給までにまだ間がありますが、ふだんは主婦をやっていますから、日々、なるべく安いものをと頭を巡らせています。日常生活から捻出した支援金の貴重さは身に染みてわかるんです。だから、ネクストゴールを募るとき、できるだけ具体的に、支援金の使途を明かしてほしいとプロデューサーたちにお願いしました。明朗会計によって、支援金を出してよかったと思ってもらいたかったんです。例えば、私生活と重ねて考えてみた時に税金をたくさん払っているけれどそれが適切に使用されているのだろうか、支払ったお金が生かされるなら快く払うけれど……という思いが私のなかにずっとあって。クラファンもそれに近いのではないかと思うんです。私の払った3000円が、ある日の現場の氷代になって、猛暑の撮影で、キャスト陣を支えたのかもしれないなどと、そんなささやかなことでも支援する甲斐になるのではないか。そういうことに思いを致すことが主婦感覚かなと思います」
支援に複数口申し込んだり、寄付とクラファンを両方申し込んだり、重複していると、送料もばかにならない。越智さんはそれをくまなく確認し、1908通の返礼品の発送を約1650 通まで減らし、送料を浮かした。筆者も経験上、ネット通販などでばらばらに購入したものを、気を利かせてまとめて送ることで送料を減額してくれたりする業者の方に出会うとすごく嬉しい。もちろん規模にも寄るけれど、延べ2400人を超える支援者ひとりひとりに気配りした越智さんは大変だっただろうと思う。けれどそれを支えたのは「1円でも多く製作に使ってほしい」という支援者からの声で、越智さん自身も同感だったからだと言う。
ちなみに、映画好きな越智さんは、コロナ禍、様々なクラファンに支援した。いまもそれは続いている。
「夫のサラリーで生活していますから、相談してやっています。それが夫婦間のけじめ。許可を得るのではなく、協議したうえで出しています」
クラファンでいいとなるのも問題はある
『福田村事件』のエンドロールには、リターンとして380人ほどの支援者の名前が掲載されている。
「そのほか、2000人以上の方の支援をいただきましたと記してはどうかと、プロデューサーのひとり・片嶋一貴さんに提案しました。パンフレットにも謝辞を入れています。なんらかの事情で名前は出さなかったけれど、あの数字のなかに私はいたのだと思ってもらえるといいなと思いました。
これまでクラファンを募った映画でそういう謝辞を記したものを知っているので、この映画でもそうしたらどうだろうと思ったことと、もうひとつは、大きな企業が作品支援の中心とならなくても、市民の方がクラファンでこんなにも支えているんだってことを示したいという思いもありました。ただ、その見え方がいいかは、監督やプロデューサーの皆さんで協議してくださいとお任せしました」
市民がひとりひとり意思をもって支援すれば、少額でも集まれば高額となり、映画制作の支えになる。コロナ禍以降、クラファンで映画のみならず、様々な文化活動の支援が行われている。市民の行動が集まって強い力を放つようになることは素敵なことだ。が、そうとも限らないと越智さんは懸念も語る。
「それはそれで困ったことでもあると思います。例えば、先日、国立科学博物館でクラファンを募ったら、7億円以上集まっていますよね(8月下旬時点)。それはすばらしいことですが、ほんとうは国がもっと文化に支援してしかるべきではないかという思いがあります。市民の力で支えることも重要だけれど、国がやるべきことをクラファンでいいじゃないかとなるのは残念で仕方ないですね」
◯取材を終えて
『福田村事件』の映画に興味をもって試写を見た。その日はたまたまクラファンの支援者用の試写で、上映後に制作者の挨拶があった。小林プロデューサーと森監督のほかに、越智さんも登壇していた。彼女と客席の支援者との間に独特の空気があり、越智さんが慕われていることを感じた。このひとは何者なのだろうと興味をもって取材を申し込んだら、快く引き受けてくれた。
越智さんは饒舌で明朗快活で、こういう人の下支えあってこその映画なのだと感じる。そして、支援者の方々も、ひとりひとりが問題意識や興味や想いをもって、映画に協力しようと行動している。越智さんはそれらをひとまとめにしないで、ひとりひとりに全力で、一対一で向き合った。
福田村事件
監督:森達也
脚本:佐伯俊道、井上淳一、荒井晴彦
出演:井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大、コムアイ、木竜麻生、松浦祐也、向里祐香、杉田雷麟、カトウシンスケ、ピエール瀧、水道橋博士、豊原功補、柄本明
9月1日(金) テアトル新宿、ユーロスペースほか全国公開