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「南向き信仰」に代わる「北向き愛」。強烈な日差しで超高層マンションに発生する灼熱地獄

櫻井幸雄住宅評論家
超高層マンションには、強い日差しが容赦なく差し込みやすい。イメージとして筆者撮影

 朝6時過ぎに目が覚めたとき、すでにリビングの室温は30度。今日も暑さとの戦いが始まる……そんな報告が届いたのは、関東甲信地方などの梅雨明けが発表された6月27日から数日経った、よく晴れた日のこと。報告者は、超高層マンションの住人。カーテンを通して差し込む朝日で室温がぐんぐん上昇。冷房を付けていない室内はうだるような暑さになっているという。

 早速、冷房を付けたが、日差しが入り続ける昼までは、室温を下げる効果はたいして期待できない。梅雨明けが早かったため、今年はこの状況が長く続くと思うと、うんざりすると、暑さを嘆く報告が続いた。

 その後、台風4号の影響で涼しい日が続いたが、再び猛暑が戻ってくるのは間違いない。

 超高層マンションで南を向いた住戸は夏の暑さが半端なく、室内が灼熱地獄になるーーこの状況は徐々に知られるようになった。

 あまりの暑さに閉口し、遮光断熱カーテンを新調。脇から日差しが漏れるのを防ぐため、ガムテープで目張りまで行う。その結果、夏の間、昼間も暗い室内での生活を強いられるマンション住人もいる。

 結果として、「超高層マンションを買い替える人が二度目に選ぶのは北向き住戸」という“不動産あるある”も誕生した。

 「超高層の南向きなど二度と住みたくない。愛おしいのは北向き」という「北向き愛」が語られる一方で、住んだことがない人は「そうは言っても、やっぱり南向きがよい」と考えがち。そのため、超高層の南向き住戸は中古市場で意外なほど高く売れる。

 一方で、北向き住戸の価格は割安に設定されるので、南向きから北向きへの買い替えはいまのところすんなり実行できる。

 ただし、南向き住戸が中古として売り出されるのは主に冬。「寒い冬でも、南向きなら、暖かい」とアピールできる時期だ。間違っても、真夏の状況を見せて売ろうとはしない。

 夏の状況を見せたら、誰も買わないだろう。しかし、冬なら、喜んで買ってもらえる。

 「南向きならば、無条件でありがたがる」という人がいるのは、日本人に「南向き信仰」が根強く残っているからだ。

「南向き」をありがたがるのは日本人くらい?

 日本で「南向き住宅」が喜ばれるのは、高温多湿の気候が原因だ。

 夏に気温が上がるし、湿気も多くなる日本では、家の中にカビが発生しやすかった。カビは木を腐食させるし、カビを餌とするダニの発生を促してしまう。家の寿命が短くなるし、健康被害の心配も生じてしまうため、カビが生じにくい家が求められた。日差しがさし込み、乾いた南風を採り入れやすい南向き住宅が喜ばれたわけだ。

 しかし、世界中を見渡すと、日本のように「南向き」にこだわる国は少数派だ。

欧米の一戸建ては道路側に玄関を配置するのが基本で、南向きかどうかは問題にされない。

 またマンションのような集合住宅は、景色のよいほうに向けて建設される。ここでも、南向きにこだわらない。それどころか、南向きで直射日光が入ると、家具やカーペットが日焼けしてしまうので、南向きを避ける傾向もある。

 年間を通して気温が高いアフリカは、太陽に背を向けて家を建てる。アフリカ大陸は赤道をまたいでいるので、北半球は北向き、南半球は南向きが好まれる。

 太陽を向いた家をありがたがる国は少ないのだ。

 そして、今の日本では「南向き」にこだわる必要もなくなっている。

 それは、2003年の建築基準法改正で、すべての建築物に「24時間換気システム」の設置が原則的に義務づけられているからだ。

 まず、建物の断熱性と気密性が高められ、それに24時間換気システムが加わることで、日本の住宅は室内環境が格段によくなった。南向きにしなくても、カビやダニの発生を心配する必要がなくなったわけだ。

 それ以降、南向きにこだわる必要はなくなったのだが、「南向き信仰」だけが残ってしまった。

 それが、夏に猛暑日が多くなった現在、大きな問題を生じさせている。

大きな窓で、目の前に遮る建物がないために……

 夏、太陽光が入りすぎて困るのは、マンション、それも超高層マンションだ。それには、2つの理由がある。

 ひとつ目の理由は、南を向いた窓が大きくなりやすいことだ。

 マンション、それもタワー形状のマンションでは、窓を設置できる面が限られる。一戸建てであれば、建物の4面に窓を設置できる。板状で横長のマンションならば、角住戸以外でも2面に窓を設置可能。バルコニー側と共用廊下側の2面に窓を付けるわけだ。

 これに対し、窓を設置できる面を求めにくいのがタワー形状のマンション。角住戸以外、1面にしか窓を設置できないケースが多い。

 というのも、共用廊下が内廊下になる場合、共用廊下側に窓を設置できず、窓があるのはバルコニー側だけ、となってしまうからだ。

 1面にしか窓を設置できないため、その窓からできるだけ多くの光を採り入れようとする。それで、窓が大型化。大きな窓が南を向いていると、日光が入りやすく、夏は室温が大きく上がりやすいわけだ。

 もうひとつの理由として、超高層マンションには前を遮る建物が生じにくいことを挙げるべきだろう。

 超高層マンションは、建物周囲にオープンスペースを設け、ゆったりと建設される。建物の密集を防ぐため、上に伸ばそうという発想でつくられるのでまわりが空くわけだ。

 その結果、前を遮る建物がない、もしくは少ないため、住戸内に太陽光線が入りやすい。これも、夏に室内温度が大きく上がる原因になる。

UV カットガラスで熱が下がる、という勘違いも

 太陽光が差し込んでも、窓に最新のガラスを使っていれば、室内温度は上がらない、と考える人もいるだろう。

 たしかに、太陽光の熱を反射させるガラスもあるのだが、それを採用するケースはまだ少ない。

 多くのマンションのサッシに採用されるペアガラスやUVカットガラスでは、太陽光線の熱を遮断することはできない。

 それができるのは、LowーE(ローイー)ガラスやエコガラスと呼ばれているもの。遮熱効果がある金属膜をコーティングしたガラスである。一般的なペアガラスやUVカットガラスは紫外線を防いでも、赤外線は防げない。つまり、太陽光の熱を通してしまう。

 夏の気温上昇が問題となっている現在、日当たりのよい超高層マンションでは、LowーEガラスやエコガラスの採用を増やすなど、窓の遮熱対策にもっと力を入れるべきだろう。

 もしくは、遮熱効果のあるガラスを2重に設置するのも有効なのだが、それらの工夫を採用すると、建設費がはね上がる。二重に窓ガラスを設置して夏の暑さを軽減させる場合、窓と窓の間隔を大きくとる必要があるため、室内の有効面積が狭くなる、といった弊害も生じる。

 それでも、夏の暑さが今後さらに厳しくなれば、思い切った対策も必要だろう。昨今の猛烈な暑さを体験すると、そんな気持ちになってしまうのである。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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