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不妊治療中に行われるプレ・マタハラの実態や対策を専門家に聞いた。優良事例JALの不妊治療休職制度とは

小酒部さやか株式会社 natural rights 代表取締役
筆者撮影/左:小酒部さやか(筆者)右:松本亜樹子(NPO法人Fine理事長)

先日、保育士の妊娠順番制の問題が話題となった。妊娠前たとえば妊活中や不妊治療中など、子どもが欲しいと願っている時期の嫌がらせや妊娠の妨げ行為は、“プレ・マタニティハラスメント(プレ・マタハラ)”と呼ばれている。

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男女雇用機会均等法第9条では「婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止」を定めている。そのため、なんとか妊娠に漕ぎ着けば、解雇や退職強要などの不利益扱いから守られる。

しかし、妊娠に漕ぎ着くかどうか定かではない不妊治療中は法律の適用範囲になく、まだまだ厳しい実態がある。会社側は治療に対しいつまで配慮を続ければいいか分からない。女性側もいつまでと期限を設けたお願いを会社に対してできないという難しい背景がある。

この問題に詳しいNPO法人Fineの松本亜樹子理事長にその実態を伺った。松本さんは不妊治療の支援活動を15年近くされ、“プレ・マタハラ”という言葉も作られた。不妊治療時に行われる“プレ・マタハラ”にはどんな事例があるか、なぜ起こるのか、女性側・会社側双方の対策などを教えていただいた。

また、企業の優良事例として日本航空株式会社(JAL)が導入した不妊治療休職制度についても取材した。

●「仕事を優先して欲しい」と上司に言われ続け退職

不妊当事者(5,526件の有効回答)を対象に実施したNPO法人Fineの調査(2017年10月5日発表)では、不妊治療と仕事の両立は難しいと答えた人のうち4割が転職や正社員から非正規社員への転換といった働き方を変えざるを得なかったと回答。そのうち半数が退職という実態が分かった。不妊治療で退職した方の事例は以下が挙げられ、不妊治療か仕事かどちらかを選択するように迫られるケースが多い。

上司に不妊治療のことを打ち明けたが、「まだ若いから子どもはいつでも作れる。今は仕事を優先して欲しい。子どもはまだ作らないで」と定期的な面談のたびに言われた。仕事が好きでキャリアアップしたかったが、仕事は定年まであと30年は働ける。子どもを産み育てるのは今しかないと思い、退職を選んだ。

22年間勤め室長職まで昇任して、業務も研究もまだまだこれからだったが、不妊治療で退職しなければならなかった。会社が職場内での異動の配慮をしてくれなかった。

「ガンなどの病気と違い、妊娠は自分の任意の意思でするものだから、同情できないし、休みなど与えられない」という考えの上司で、仕事と両立するには無理があったため退職した。

●「子どもが欲しい人は会社では使い物にならない」というプレ・マタハラ発言

調査では、当事者が本当は仕事を辞めたくなかったことや、職場における不妊治療に対する正しい理解や知識がないという回答が多いことから、“プレ・マタハラ”が起こっていると考えられる。“プレ・マタハラ”の発言は、以下が挙げられる。

「子どもが欲しい人は会社では使い物にならない」と言われた。

部長級の男性上司から「不妊治療するなら契約社員になったらどうか」と言われ、マタハラと同じだと思い、心が傷ついた。

同僚に妊活を理由に仕事を減らすことを伝えると、「それは理由にならない」と言われた。「産休、育休の同僚は堂々と休んでいるのに」と悔しい気持ち、もどかしさを強く感じた。

上長に不妊治療をするかもしれないことを伝えると「じゃあ、とりあえず検査をして。それで子どもができないと判ったら、(諦めて)もっと仕事に専念できるでしょ」と言われた。

松本亜樹子さん/取材時に筆者撮影
松本亜樹子さん/取材時に筆者撮影

不妊治療中のプレ・マタハラの原因は、終わりが見えないこと

病気が原因で不妊治療をしているのに、なぜ悪いことをしているような扱いを受けないといけないのか分からない。情けない、苦しいと孤独を感じた。

責任はあるが、やりがいのある仕事をしていたのに、子どもを授かるには、ここまでキャリアを諦めなくてはならないのかと、悔しく、寂しい気持ちになった。

―松本代表のもとには、上記のような悲痛な悩みが届いていますが、不妊治療中に行われるプレ・マタハラの原因は、治療の終わりが見えないことからでしょうか?

松本:はい。不妊治療はいつまでというのが分からない。「あと3ヶ月ですから」と条件を提示して会社と交渉することができないです。だから職場の同僚からこんなことを言われたと相談を受けたことがありました。(以下事例)

「もういい加減ね、周りが迷惑しているのだから分かってもらいたい」

「あなたのために周りがこんなに苦労しているのだから、いい加減もう止めてよね」と退職を迫られた。

本来ならきっと相談したい存在である同僚からもプレ・マタハラされるんだと思うと、職場での孤立感はどれほど大きいだろうかと、私まで悲しくなってしまって。

―私も不妊治療を経験していますが、とにかく時間がかかりますからね。一度病院へ行くと、3時間くらい取られてしまう。もう少し診療時間を短縮できないのかと思ってしまいます。

松本:病院はどこも混んでいて待ち時間も長いですよね。せめて海外のように、注射は全員自己注射にして、注射で来院する人を減らすなどの方法が必要です。自己注射じゃない人も日本はまだまだたくさんいるので。

―海外はどうですか?不妊治療と仕事の両立はもっと理解が進んでいるのでしょうか。

松本:そもそも日本のように、こんなに長いこと治療せず、年齢等の条件で養子縁組や卵子提供などの選択肢を提案されることが多いそうです。日本における卵子提供も法律で禁止されているわけではないので、やっている病院もあります。ただ、倫理委員会など様々な条件があり、それができる施設は非常に限られるため、まだポピュラーな選択肢にはなっていない。また法整備も整っていません。

海外の患者団体の人たちに、「日本では体外受精(※)を10回以上やる人は少なくない。20回以上もいる」といったら、「クレイジー!そんなに時間とお金と体への負担もかけるなんてなぜなの?理解できないわ」と驚かれました。

※体外受精・胚移植(IVF-ET)とは、

体外に女性の卵子を取り出し、パートナーの精子と一緒にして受精させ、できた受精卵を子宮に戻して着床を促す治療です。受精卵(胚)は、体外で培養し、ある程度成長させてから、子宮のなかに戻します。

―そのあたりの医療面の改善は、壁が高いのですか?

松本:日本には生殖医療に関する法律がないため、卵子提供など非配偶者間の生殖医療(不妊治療)についても法整備が整っていないのが現状なんです。だからその選択肢は極めて少ない。そもそも、日本では非配偶者間の治療を求める人自体も今はそれほど多いわけでもないですし、養子縁組も残念ながら広がりを見せていません。

自分たちの子どもを妊娠・出産することを望む人が多いため、治療が長引くケースが多いんですね。このような現状への理解がもっと広まり、会社は治療に対し、せめて1年くらいは猶予を認めてもらいたいと思います。最初から不妊治療か仕事かどちらかを選択するように迫るのは、いくら何でも当事者にとって辛過ぎることだと思います。

田村知子さん/取材時に筆者撮影
田村知子さん/取材時に筆者撮影

●優良事例、JALの不妊治療休職制度とは

日本航空株式会社(JAL)では、2016年4月より不妊治療休職制度を導入した。この制度について担当である人財戦略部の田村知子さんにお話を伺った。

―まずは、制度の内容、利用実績を教えてください。

田村:体外受精と顕微授精といった高度な不妊治療が対象です。1年間の無給休職となり、申請には医師の診断書が必要です。

制度の導入から2年が経ち、利用者は約30名。全社員が利用できますが、地上で働く勤務者より客室乗務職の利用が多いです。

―不妊治療休職制度を導入したきっかけは?

田村:少子高齢化で人財確保が難しくなる一方で、退職する女性の一定層が、不妊治療が理由でした。女性活躍推進に取り組む中で、なんとかできないかと考えたことがきっかけです。

弊社は全社員の半分が女性です。不妊治療する女性は育ててきた経験の豊富な中堅層の40歳前後が多く、そのような貴重な人財が辞めていくのはもったいない。キャリアを継続して、長く働き続けて活躍してもらうために、個別のニーズを満たし、働けない理由を補う制度を導入していこうとなりました。

―制度利用者からはどのような声が聞こえますか?

田村:今までの利用者のうち何人かはお子さんを授かれました。残念ながらお子さんを授からずに復職した社員もいます。色々な思いはあると思いますが「1年間治療に専念できてよかった」という声もあります。

―制度の利用をフォローする周囲から「休まれて迷惑」といった不満の声はないですか?

田村:不満の声はありません。周囲の社員が忙しくならないように留意しながら制度を運用しています。利用者が多く在籍する客室乗務職はチームを組んで業務を行っています。休職する場合はチームの人員調整をする等の工夫で、周囲の社員へ影響が及ばないようにしています。

―働けない理由を補う制度としては、他にどのようなものがありますか?

田村:配偶者転勤同行休職制度があります。最大2年間の無給休職となりますが、小学校就学前の子をもつ社員が配偶者の転勤で辞めなくて済むよう導入しました。

また、今年(2018年)4月から地上勤務者は年次有給休暇を時間単位で取得できるようになり、女性社員だけでなくすべての社員が働きやすい環境を整備しています。

松本亜樹子さん/取材時に筆者撮影
松本亜樹子さん/取材時に筆者撮影

●仕事も子どもも両方なくなる、そんな辛い結果だけは避けて!女性側と会社側の対策は?

―休職制度があったり、1年間の治療を会社から認めてもらえたりするのは、とても素晴らしいことですが、1年の期限が迫ってくるほど、妊娠へのプレッシャーもありますよね?

松本:妊娠へのプレッシャーは必ずある。けれど、「戻れる場所がある」「その期間は治療に専念した」ということは精神的にすごく大きいと思います。大事なのはその安心感と納得感。たとえ子どもを授からなかったとしても、大好きな仕事が残るのなら、その後の人生は仕事にかけ、生きがいを持って過ごすこともできるかもしれません。子どもも授からない、仕事もない、両方なくなることはできるだけ避けたいことです。

―仕事と不妊治療の両立に関して、松本さんはどのようにすればいいと思われますか?

松本:「仕事を辞めた方がいいですか?」と悩み相談してくる人は、とても多いです。仕事を辞めればすぐ妊娠できるんじゃないかという期待もあるからだと思いますが、でも悲しいけれど、現実は必ずしもそうとは限らない。なので、いつもお伝えするのは、「仕事を辞めたいと思わない限り、できるだけ頑張って続けられた方がいいですよ」と言っています。せっかくやりがいを持って頑張っている仕事なら、女性も妊活や出産のために諦めることなく、続けられた方がいいに決まっていますよね。

―女性側はどのように会社と折り合いを付ければいいですか?ポイントは?

松本:隠しても、隠し切れなくなった場合や、隠したままでいると「最近仕事のやる気がない」「無責任に見える」など言われてしまうこともあって、余計に困ってしまうこともありますので、可能なら、ある程度会社に事情を話して、協力できることはしてもらった方が治療しやすいと思うんです。

―でも、事情を話したがゆえにプレ・マタハラされるってこともありますよね?

松本:そうなんですよね。そこがリスキーだから、当事者の問題だけではなく、会社の方では管理職教育が必要不可欠だと思います。

―事情はどこまでの範囲で話した方がいいですか?直属の上司だけ?

松本:そこも肝心なポイントです。私は、同僚含め、最低限自分が関わる人だけでいいと思っています。話しておかないと、仕事上迷惑を掛けてしまう人までには伝えた方がいいですね。いっぺんにみんなに伝えるというとハードルが高いでしょうから、まずば上司だけ。そして「伝えないと支障が出そうだな」というタイミングが見えたら、その時に伝えていく、という感じでいいのではないでしょうか。

―その場合のやり方は?直属の上司に話して、上司から同僚に話してもらうのがいいですか?

松本:まず最初に直属の上司に話して、「他の人にも言った方がいいですか」と判断を仰ぐのがいいでしょう。あとは話しやすい同僚だったら自分で話せるだろうから。この人は多分味方になってくれそうだなとか、キーマンだなと思う方には自分から「ちょっとこんな事情があって協力してもらいたいんです。その間はご迷惑かけるけど、すみません」と言っておいた方が、周囲とも円滑に進む。あくまでも理想ですけど。

―気の利いた上司だったら必要な部下を集めて、本人がいない場できちんと話をしてくれるでしょうけど…。結局は上司が肝ですよね。

松本:会社側の対応としては、管理職の教育は必須。是非やっていただきたいです。特に男性管理職は、生理のことさえよく分かっていない方も多いので、そこからきちんと教育しないと、このハラスメントはなくならないと思います。

あとは制度。不妊治療休職制度だけでなく、時間休の制度(時間単位の有給)など不妊治療だけに限らず使える制度があると、他の社員にとってもメリットですよね。また、企業によっては助成金を出してくれるところもあるので、そういう対応がもっと広まってくれたらと思います。

松本亜樹子さん/取材時に筆者撮影
松本亜樹子さん/取材時に筆者撮影

●「辞めるより異動しよう」と配慮してくれた上司の言葉が嬉しかった

仕事と不妊治療を両立させたいい事例ももちろんある。以下にご紹介したい。

上司も不妊治療の経験者で、治療のことを伝えると、できるだけ負担がかからないように協力してくれた。

治療で休む回数が増える、急な予定変更があるなどがあったので、少人数の部署から人数の多い部署へと異動させてもらった。人数が少ない部署だと気を使うことが多かったので、上司の「辞めるより異動しよう」という言葉が嬉しかった。

正直、仕事を辞めてしまいたいと思っていたが、直属の上司に「毎日定時に帰っても、突然休んでも、早退してもいいから辞めないで」といわれて、毎日定時で帰れるようになったので、とてもありがたかった。

―マタハラ防止とともに、プレ・マタハラ防止への意識も広まって欲しいと願います。

松本さん、田村さん、取材にご協力いただきまして、ありがとうございました。

松本さん提供写真
松本さん提供写真

松本亜樹子(まつもと あきこ)

NPO法人Fine理事長/一般社団法人 日本支援対話学会理事

長崎市生まれ。不妊の経験を活かして友人と共著で本を出版。それをきっかけにNPO法人Fine(~現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会~)を立ち上げる。

Fineは厚生労働省への各種要望書の提出⇒認可を多数実現しているほか「不妊ピア・カウンセラー養成講座」や「医療施設の認定審査」、「不妊治療の経済的負担軽減のための国会請願」など、日本初のさまざまな活動を実施。また患者の体験を踏まえた講演・講義や、患者のニーズを広く集める調査を継続的に実施、広報するなど、不妊や妊活の啓発に努めている。

自身はNPO法人設立当初より理事長として法人の事業に従事しながら、人材育成トレーナー/コーチ(国際コーチ連盟認定プロフェッショナルサーティファイドコーチ、米国Gallup社認定ストレングス・コーチ、アンガーマネジメントコンサルタント)として活動している。

著書に『不妊治療のやめどき』( WAVE出版)『ひとりじゃないよ!不妊治療』(角川書店)など。

株式会社 natural rights 代表取締役

2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rightsとなるよう講演や企業研修、執筆など活動を行っている。

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