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バノン氏の「トランプは習近平を誰よりも尊敬している」発言に関して

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
トランプ大統領と習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

 9月12日、辞任したバノンが講演で「トランプは世界のどの首脳よりも習近平を尊敬している」と述べた。19日、国連総会でトランプは北朝鮮を「完全破壊」と発言。これは習近平の意向とは対立する。整合性は?

◆スティーブ・バノン氏の香港での講演――ブルームバーグ

 すでにトランプ政権から離れた(事実上、更迭された)元主席戦略官のスティーブ・バノン氏が、9月12日、香港で開かれた講演で、「トランプ米大統領は中国の習近平国家主席を世界の他のどの首脳よりも尊敬している」と述べた。アメリカのブルームバーグが“Trump Respects China’s Xi More Than Other Leaders, Bannon Says”というタイトルで伝えた。

 日本語では「トランプ米大統領は中国国家主席を他の首脳より尊敬――バノン氏」として、英文の一部が抜粋してある。

 それによれば、中国最大の国営証券会社、中信証券(CITIC証券)の海外部門であるCLSAが主催したフォーラムで、バノン氏は「トランプ大統領と習主席の関係は非常に強力で、(トランプ)大統領が中国主席よりも尊敬するリーダーはいないと思う」と述べたという。このフォーラムは報道陣には非公開だったが、参加した6人がバノン氏の発言を明らかにしたとのこと。

◆トランプは習近平が気に入っている

 筆者は『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』を書いている内に、最初はトランプが習近平に仕掛けてくる数々のディール(取引)に関して「褒め殺しか」、「世紀の大芝居か」と位置付けていたのだが、終いには、「いや、トランプは本当に習近平のことが気に入っているのかもしれない」という思いに追い込まれていった。

 常に「なぜだ?」を追い求めて、トランプの言動を記している内に、どうしても「トランプが習近平のことを気に入っている」と考えないと、整合性がつかないところに辿り着いてしまうのだ。拙著のp.92に、その戸惑いを記した。

 それが今ごろになって、トランプを大統領に仕立て上げた黒幕であり、トランプを陰で操っていた一人であったバノン氏によって証言されたのだから、非常にありがたい。これ以上の信憑性はないだろう。

◆「トランプ・習近平」電話会談

 トランプは9月18日、習近平と電話会談をした。中国の中央テレビ局CCTVや中国共産党新聞が伝えた。

 それによれば、両者は互いに相手を褒め称え、予定されているトランプ訪中について話し合ったという。北朝鮮問題に関しては、「現在の朝鮮半島情勢に関して意見を交換した」としか報道していない。

 一方、大陸以外の中文メディアによれば、「北朝鮮に対し国連制裁を通して圧力を掛け続けることについて意見を交換し、(習近平は)承諾した」とのこと。

 さらに注目すべきは、トランプが習近平に「米中ともそれぞれ重要な国内日程がある。それが順調に進むことを祈っている」と電話で伝えたことで、中国における重要な国内日程とは、言うまでもなく10月18日に開催される第19回党大会のことである。

 そのため習近平は9月19日からニューヨークで開催される国連総会には欠席した。

 それを早くから承知の上で、トランプと習近平は8月から3回も電話会談をして、習近平の承諾を取りつけていたものと解釈すべきなのだろうか。

◆トランプの国連総会における北朝鮮「完全破壊」と二人の仲の整合性は?

 9月19日、トランプは国連総会に初登場し、スピーチを行なった。そこで何を言うか、世界中が固唾を呑んで注目していたが、トランプは「北朝鮮を完全に破壊する選択肢しかない」と、軍事行動断行の可能性を表明したのだ。

 中国は北朝鮮の核保有には絶対に反対である。あのような「大暴れ孫悟空」が核を保有したら、中国は安泰ではいられない。北朝鮮をコントロールすることもできなくなり、中国自身が危機に見舞われる。それに北が持てば南も持つようになり、結果、日本も持つようになるだろう。中国はそのことを何よりも警戒している。

 それでいながら、あくまでも対話による平和的解決を求めてきた。圧力を強化し過ぎれば、退路を無くした「ならず者」がミサイルを北京に向けてくるだろうことは容易に想像がつく。だから、ひたすら「双暫停(米朝双方とも暫時、軍事行動を停止し、対話のテーブルに着くこと)」を提唱してきた。

 トランプがどんなに習近平を尊敬していると言っても、この「双暫停」を受け入れるわけではあるまい。

 そして習近平もまた、アメリカがピンポイント攻撃以外の手段で北朝鮮を先制攻撃するのを決して認めることはないだろう。

 これまで何度も書いてきたように、中国は、アメリカが「外科手術的手段」で北朝鮮の核・ミサイル開発基地を攻撃することに関しては「黙認する」と中国は「環球時報」社説を通して表明してきた。しかし米韓軍が38度線を越えた場合は、絶対に阻止するとも表明している。

 ということは、トランプが国連総会で演説した北朝鮮の「完全破壊」は、何らかのピンポイント攻撃であることが考えられる。

 マティス米国防長官は9月18日、「北朝鮮に対する多くの軍事的選択肢があり、その中には韓国の首都ソウルを危険にさらさずに行使できるものも含まれる」と述べた。

 もしバノンの言ったことが本当なら、トランプは習近平の意向を尊重していることになるはずで、「トランプと習近平の暗黙の了解」の上での「北朝鮮の完全破壊」は、習近平の許容範囲内の何らかのピンポイント攻撃になるとしか考えられない。

 核・ミサイル開発基地の破壊、サイバー攻撃などによる無力化、そして場合によっては「斬首作戦」も入っているかもしれない。成功するなら、もちろんそれに越したことはないが……。

 

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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