真っ赤な衣装に身を包んだ中高年の女性たちが、広場に集まって一斉に踊る。その数、約2万人。昨年秋、中国・河北省の広場で行われた集団ダンスの様子だ。あまりの規模の大きさから、ギネスブックに登録されたという。そこまでの規模ではなくても、中国ではいま、「大媽(ダーマー)」、いわゆる“おばさま”たちが広場や公園で大挙して踊る「広場ダンス」が大流行している。政府やビジネス界も巻き込んで拡大を続けるダンスの世界に迫った。(Yahoo!ニュース編集部)
「テレビを見るより、公園で踊るほうがいい」
6月のある夕方。中国・北京市の広場にダンスを楽しむ女性たちが集まってきた。あっちでくるり、こっちでひらり。揃いの衣装を着たグループが踊りの輪をつくっている。その動きはゆったりしていて、誰でもすぐに覚えられそうな簡単な踊りだ。
黒い髪の女性は「6、7年前から毎日来て、朝も夜も踊っています。お互いにダンスで交流しています。私たちはほとんどこの辺に住んでいて、退職して暇があるから集まってダンスをしています」と話す。
黒い衣装の女性はダンス歴がまだ4カ月だった。「うちのチームは数十人で大家族みたい。広場ダンスは国の特色、大衆文化です」。他の娯楽はないんですかと問うと、「中国の女性はふつう、夜になると家でテレビ。それよりも公園に来てダンスする方がいい。踊りながら運動できて、皆と交流できますから」。
この広場だけではない。中国では大都市でも地方都市でも、夕食の時間が終わる7時ごろ、広場に大勢、中高年の女性たちが集まってくる。天気が悪い日を除き、ほとんど毎日だ。一つの公園にいくつものグループが陣取り、夜の公園はにぎやかだ。夜9時ごろに練習が終わってもグループの談笑は絶えない。
広場ダンスの愛好者はおよそ1億人と言われる。いつからこれほど盛んになったのだろうか。
北京舞踊大学の張朝霞(チョウ・ザオシャ)教授らによると、きっかけは2008年の北京オリンピックだったという。中国政府は当時、健康増進を国民に奨励し、ジョギングやウォーキング、太極拳、体操などを勧めた。
そして、50歳から65歳までを中心とした中高年女性たちの間で、広場ダンスが自然発生的に広がっていく。彼女たちは「集団ダンス」の世代でもある。1949年の中国建国以降、天安門広場での重要な祝典で必ず行われていた「集団ダンス」。それを見たり参加したりして育った者は、同じ価値観や趣味を持った仲間たちと集団で活動することに慣れ親しんでいる。
実際、北京の広場で会った女性たちも、ほとんどが「みんなと一緒が楽しい」「家族みたい」と口にした。
もう一つ、ブームのキーワードとも言える事情があった。寂しかった、という言葉だ。「ダンスがなければ孤独」「ダンスを始めるまでは寂しい生活だった」といった言葉を耳にした。
うつ病、孤独からの脱出
中国では、仕事に就いた女性の多くは、50歳から55歳で定年を迎える。男性なら定年後も、太極拳や卓球、麻雀など社交の場は多い。それに比べて、仕事や子育てを終えた女性には行き場がほとんどない。家に閉じこもりがちになる。北京市内で暮らすゴ・イさんも、そんな1人だった。
ゴさんの自宅を訪ねると、8年前に他界した夫の写真があった。「家族みんなで楽しく暮らすために頑張ってきた人生だけど、最後は独りぼっち。息子も結婚して家を出て、(その時は)生きる意味を失いました」。夫の姿を見ながら、そう語りかけた。
一人っ子政策の影響で、この世代の女性たちはほとんど、子どもが1人しかいない。子育てが終わると、多くの女性は猛烈な孤独感に襲われるという。ゴさんも家に引きこもるようになった。顔も洗わず、髪もとかない。誰にも会いたくなくなり、5年間、うつ病に苦しんだ。
その当時の様子をいま、広場ダンスの仲間は笑い飛ばす。
「初めて彼女を見た時、『あら、どこから来たの?』『田舎者』って。大袈裟じゃないよ」
「(当時は)人と話もしない。町でカップルが手をつないでいるのを見たら怒っちゃう。でも、変わりました。今は買い物をして、おしゃれしたり、人とコミュニケーションをしたり。髪もパーマになった」
ゴさんが「心が開かれたから。私たちは家族みたい。悩みがあったら、仲間たちに相談する」と言うと、仲間は次々と言葉を重ねた。
「何かトラブルがあって朝から不快でも、ダンスをやると全部忘れる」
「そう、全部忘れる」
「家に1人でこもっていると、(ストレス発散が)できないのよ」
「家から出ないといけないのよね」
輪の中からはこんな声も出た。「広場ダンスは自由。基礎ができなくても『好き』だけで十分。ポーズが良くできたか、とかは関係ないです」
女性たちは自由に好きなように踊りたいのだ。
広場ダンス「愛好者サイト」に300万人
ブームに目を付けたベンチャー企業も立ち上がった。北京市内の「就愛広場ダンス」社。昨年4月の発足時は社員3人だったが、わずか1年で35人まで増えた。広場ダンス愛好者の交流サイトを運営する。ユーザーは300万人に上るという。人気の秘密は、独自に制作した映像コンテンツ。約100人の人気ダンサーと契約し、オリジナルの振り付けを紹介する。
創業者のハン・ザオイー社長(28)は言う。「主婦たちは家庭の財布を握っている上、購買力も高い。広場ダンスは1億人の愛好者がいる。この世界はブルーオーシャンです」
インターネットの世界だけでなく、実際にイベントや交流会も開催する。イベントには多くの企業がスポンサーにつく。会社の業績は、右肩上がり。投資会社から新たに約1億円を調達し、さらなる事業拡大を狙っている。
中国政府もこの大ブームを放っておけなかったようだ。
高齢化が進む中国では、高齢者の健康問題が課題の一つ。国家体育総局も「全国民健康運動」を展開している。その一環として、政府発案の広場ダンスが発表されたのは、昨年3月だった。オリジナルの振り付けで、全部で12曲ある。
ところが、政府の思惑通りには進まず、一向に広まる気配がない。愛好家の間では「動きが硬く、自由奔放でない」「もっと身体が美しく見えるダンスが好き」などの声があふれ出ている。
中国の女性たちは、自由にのびのびと踊り、人生の後半を楽しみたいのだ。それがどれほど楽しいか。北京市内で6月に開かれたダンス・イベントの様子を動画で見てもらいたい。集まったのは100チーム。テレビカメラが囲む中、あのゴさんも参加した。
「すごい興奮しています。舞台に立ててうれしい」
ゴさんに限らず、「大媽」たちが弾けている。
[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:陳帥