今年、Apple Musicなど大手音楽サブスクリプションサービスのシングルチャートで、ベスト10に6曲もランクインさせたバンドがいる。「Official髭男dism(オフィシャルヒゲダンディズム)」、通称「ヒゲダン」。彼らは島根から3年半前に上京してきたばかりの、元銀行営業マン、元警察署の嘱託職員、新卒ミュージシャンなどによるバンド。「東京にはまだ慣れない」という彼らのJ-POPサクセスストーリーを追った。(取材・文:山野井春絵/撮影:曽我美芽/Yahoo!ニュース 特集編集部)
島根の銀行マンからバンドマンへ
ヒゲダンは、2012年、島根県で結成された4人組。山陰という土地が音楽にもたらした影響も大きいという。ギターの小笹大輔(25)が笑いながら言う。
「島根って、たぶんあまり娯楽がないから、音楽に打ち込みやすいんじゃないかな。人柄もあるかも。東京で一番驚いたのは、店員さんにタメ口を利く人が多いところでした。島根ではありえないですね。人が少ないから、言葉遣いや、相手の気持ちも考えて付き合う。メンバーもそういうところは共通していて、だからこそ生まれるグッドメロディーだと思います」
ボーカル・ピアノの藤原聡(28)、ベース・サックスの楢﨑誠(30)、ドラムスの松浦匡希(26)の3人は国立の島根大学出身。小笹も国立の松江高専で学士を取得している。就職や進学という選択肢もあったはずの彼らが、最終的に選んだ「就職先」はヒゲダンだったが、そこに至るまでには紆余曲折があった。
たとえば、警察署の嘱託職員として警察音楽隊でサックスを吹いていた楢﨑。勤務時間の半分は音楽、半分は事務作業をしていた。
一番年下の小笹は、大卒の学位を得るための最後の試験を受け、その2日後に上京した「新卒ミュージシャン」。そして藤原は、銀行に入行し、2年間営業職に就いていた。
「僕が銀行に就職した理由は、確実に休みが取れる仕事だから。『土日祝にライブ活動できること』が大前提でした。定時で仕事が終わって、平日でも夜はスタジオに入ることもできました」(藤原)
仕事中、机に向かっているとき、バイクに乗っているとき。始終音楽のことを考えていた藤原の頭には、「グッドメロディー」がふっと湧くこともあった。
「営業中にバイクを止めて、 iPhoneに録音してました。だけど、もし大事な商談中に、いいメロディーが浮かんだら……? 自分の人生にとって、音楽が絶対に大切だから、銀行をやめることには迷いがなかったです」(藤原)
いち早く音楽で身を立てる決意をした松浦が振り返る。
「一般的に見たら『音楽で食べていく』って不安定だし、『大学まで行ったのに』と親世代が抵抗を感じるのも、よくわかるんです。だけど、このバンドで上京するということを決めてからは、自分たちの音楽に対する気持ちがしっかりと整いました」
上京のきっかけは、現事務所との出会い。他の音楽事務所からの引き合いもあったが、「就職予定で、土日にバンドをやっている」と返事をすると、あっさり引いていくところが多いなか、現事務所はヒゲダンのライブのコーディネートを1年ほど行い、インディーズデビューに導いた。この全国デビューは、山陰中央新報で報道され、新米銀行員として働いていた藤原の「もう一つの顔」も銀行内で知られることとなった。
「仕事をしながら音楽活動を続けさせてくれた職場のみなさんには、感謝しています。特に上司には、ずっと支えてもらいました。その後もファンクラブに登録してくれたり、ライブに来てくれたり……ありがたいですよね」(藤原)
「したり顔」のビジネスマンが語るハウツーは信じない
島根から上京して3年半、なぜここまでブレイクできたのか。ヒゲダンをメジャーデビューさせたレコード会社・ポニーキャニオンのディレクターはこう語る。
「音源を、パッケージ、配信、YouTubeなど、形態にとらわれることなく、ひとりでも多くの人の耳に届くよう組み立てた戦略が合致したからだと思います」
サブスクの台頭に加え、ヒゲダンの知名度を上げたのは、映画、テレビドラマなどの主題歌を作るタイアップを数多く手がけたことだ。今年5月にリリースし、日本史上最速でストリーミング総再生数1億回を突破した『Pretender』は、映画『コンフィデンスマンJP』の主題歌となった。オーダーを受けて曲を作ることに難しさを感じることはなかったのだろうか。
すると、藤原が語気を強める。
「タイアップである前に、自分たちのやりたい音楽であることが必要だと思ってて。血が通ってないものを書くんだったら、べつに僕たちじゃなくていいじゃないですか。『自分たちの楽曲なんだ』っていうエゴは強いです」
それは、かつてヒゲダンに、その「エゴ」を捨てさせようとした人々へのアンチテーゼでもある。
「売れるためのハウツーをしたり顔で語る人っているんですよ。『イントロが長い曲は売れない』とか『カラオケで歌いやすい曲のほうが売れる』とか。でも、結局それはビジネスマンが音楽を使ってお金をもうけたいから、そういう枠を自分で作って安心したいだけの話なんですよね。そういう制約によって切り捨ててしまうグッドミュージックがあるとしたら、それはすごくもったいないことだと思う」(藤原)
4人だからこその居場所、それがヒゲダン
売れに売れているヒゲダンだが、彼らの目標はいつでもひとつだ。藤原が明かす。
「とにかく大切なのは、『続けること』。これは、いつも全員で話しています。これから自分たちの音楽を聴いてくれる人との出会いはもちろん、ずっとファンで応援してくれている人たちの存在も、全部『奇跡』だと思ってます。音楽活動を通じて、人とのつながりを感じながら年を重ねていけるって、すごく幸せなことだと思うんです」
ヒゲダンには、自然に生まれた「ルール」がある。それは、「丁寧な言い方で話そう。悪いと思ったらすぐに謝ろう」ということ。これも「続ける」には欠かせない要素だ。
「お互いに言いたいこと、我慢していることは、バンドを続けていると、いろいろ起こり得るんですけど、もしも、トゲのある言葉を発してしまったときには、率先して謝ろうっていう……これはまあ、当たり前の話ですけどね」(楢﨑)
すぐに謝る。だからつかみ合いの喧嘩は、一度もしたことがない。山陰地方が育んだ温厚な性格に加え、どんなことでも話し合いで解決していこうとする知的で優しいコミュニケーションが、ヒゲダンの基盤だ。藤原が最後に笑った。
「楽器が弾けなくてもいられる場所。この4人だからこそのバンドなのであって。僕は、声が出なくなってもここに居座り続けますよ」
この記事と同時に、写真記事「勢いの止まらないOfficial髭男dism、ある秋の日に垣間見た素顔」も公開しています。
Official髭男dism(おふぃしゃるひげだんでぃずむ)
山陰発のピアノポップバンドとして2012年に結成。バンド名には、「髭の似合う歳になっても、誰もがワクワクするような音楽をこのメンバーでずっと続けて行きたい」という意思が込められている。2015年、『ラブとピースは君の中』でインディーズデビュー。2018年、ファーストシングル『ノーダウト』でポニーキャニオンからメジャーデビュー。今年10月、ニューアルバム『Traveler』を発売したばかり。秋から春にかけては、全国ツアーを行う予定。