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塩田亮吾

日中を代理購入でつなぐ――中国人「ソーシャルバイヤー」たちを追う

2019/06/12(水) 07:16 配信

オリジナル

日本のデパート、家電量販店、ドラッグストア、衣料品店を歩いているとき、スマートフォンを操作しながら買い物をする中国人を見かけたことはないだろうか。そのなかに「ソーシャルバイヤー」と呼ばれる人たちがいる。何をしているのか? 彼らは中国で暮らす顧客とのSNSのやりとりをもとに代理で購入しているのだ。ビジネスが成り立つ背景は何なのか。どんな人がやっているのか。現場を追った。(取材・文:高口康太、撮影:塩田亮吾/Yahoo!ニュース 特集編集部)

ソーシャルバイヤーの張一凡(ジャン・イーファン)さん

待ち合わせは東京・銀座にある百貨店内の免税店だった。

「ちょっと待っていてくださいね。先に買い物を済ませてしまいますから」

彼女はそう言うと、すぐに化粧品・美容品コーナーを回り始めた。お目当ての商品は決まっているようで、美容液や美顔器などを手早く購入していく。

彼女は張一凡(ジャン・イーファン)さん。32歳の中国人女性だ。職業は「ソーシャルバイヤー」。SNSのメッセージ機能などを使って顧客に日本の商品情報を伝え、注文が入ると店頭などで代理購入し、発送する。この日は銀座の百貨店にやってきた。

張さんは新商品が並んでいるのに気がつくと足を止め、店員に根掘り葉掘り質問し始めた。「後でお客さんに説明できるよう、どういう商品なのかをちゃんと知っておく必要があるんです」。

張さんが使うメッセージアプリ「ウィーチャット」のアカウントには1500人を超える顧客の連絡先が登録されている。

「頻繁に購入してくれる常連客は800人ぐらいでしょうか。あれが欲しい、これが欲しいとひっきりなしに連絡が入るから大変ですよ」と張さんは笑う。注文を受けて発送するだけでなく、商品の使い方や効果を説明したり、顧客のニーズに対してどんな商品が適切なのか相談に乗ったりもするという。

ようやく買い物を終えた張さん。ところが突然、「すいません。お客さんから注文入っちゃったので、あと一つだけ買ってきますね」と走り出していった。得意先だけを集めたウィーチャットのチャットグループに「今、こんな新商品が出ていましたけど、欲しい方いますか?」と書き込んでいたのだという。それを見た顧客から連絡があったというわけだ。ほんの10分程度でやりとりが済んだ。

「中国の顧客はウィーチャットで送金できますから。値段を伝えたらすぐに代金を送ってくれます。銀行振り込みと違って一瞬で届きますから、前金をもらって購入できるんです。こちらが立て替える必要はありません」

張さんは2007年に来日した。大学卒業後に貿易会社で働いたが、妊娠を機に会社を辞め、ソーシャルバイヤーを本業とすることに決めた。中国人の夫は日本で会社員をしている。ソーシャルバイヤーは貴重な収入源になっている。

「会社勤めだと時間の融通がきかなくて、子育てが難しいじゃないですか。ソーシャルバイヤーは忙しい仕事ですけど、いつ働くかは自分で決められますから」

張さんのウィーチャットには、朝から晩までひっきりなしにメッセージが入る。毎日のように買い物に出かけなければならない。購入先は店舗だけではない。アマゾンや楽天からも山のように荷物が届くし、そうした商品は梱包し直して国際郵便で送らなければならない。ただし、スマホでできる仕事や自宅作業が多いので、子どもと一緒にいられる時間は多いという。

ソーシャルバイヤーでどれほどの収入が得られるのだろうか?

「売り上げは月に数万元(十数万~150万円)程度。そのうち、私の利益はだいたい10%ぐらいです。お客さんには円での小売価格や輸送費を正直に伝えるんです。代金は元でもらうんですけど、円からの換算レートに10%分ぐらいの手数料を上乗せしています」

脚光を浴びるきっかけは、中国の食品偽装

ソーシャルバイヤーが生まれたのは2000年代前半ごろ。中国では経済成長に伴って外国製品の需要が高まっていた。中国語では「代購」(代理購入)と呼ばれる。

2008年中国。汚染粉ミルクをごみ捨て場に廃棄(写真:ロイター/アフロ)

彼らの存在がクローズアップされたのが2008年の「メラミン混入粉ミルク事件」だった。化学物質のメラミンが混入した粉ミルクが中国国内で出回り、飲んだ乳幼児が腎臓結石になるなどの被害が生じた。中国製品に対する不安が高まり、国外から粉ミルクやベビー用品を取り寄せる動きが広がる。このとき、購入手段として注目されたのがソーシャルバイヤーだった。

日本での「爆買い」を支えたのも、ソーシャルバイヤーだ。日本在住の中国人や中国人旅行客は自分のための買い物だけでなく、転売目的で日本製品を買いまくったわけだ。

買い物を済ませ、大型バスに乗り込む中国人旅行者ら。2015年、中央区(写真:読売新聞/アフロ)

ソーシャルバイヤーの規模はまちまちだ。日本の中古ジュエリーを販売するショップ「FISHBABY Buyer」の経営者は、4月に開催されたソーシャルバイヤー向けイベントで、同店の売り上げは最大で月に2億7000万円を記録したと明かしている。経営者がたった一人で中古ジュエリー専業のソーシャルバイヤーを始めたのが2017年のこと。わずか2年でここまでの規模に成長したわけだ。成功し事業を拡大する人もいれば、副業レベル、お小遣い程度とさまざまだ。一人一人を見ると小粒感は否めないが、ソーシャルバイヤー業界全体で見れば市場規模は侮れない。

外国製品の需要が高まるにつれ、個人だけではなく、企業もこの分野に参入するようになった。代表的な事例として、「タオバオグローバル」と「微店(ウェイディエン)」がある。

タオバオグローバルは、中国EC(電子商取引)大手「アリババグループ」が2007年に立ち上げた。特徴は、信頼できる外国在住バイヤーを認定しようという試みだ。定期的にバイヤーが外国にいるかどうかを確認し、輸入品と偽って中国で製造されたニセモノを売ることがないようにしている。

タオバオグローバルが信頼できる売り手を選別するという絞り込みのサービスならば、微店はその真逆に位置する。誰でも簡単な手続きでネットショップを開けるサービスだ。2014年のサービス開始から5年余りで7200万ものショップがオープンした。簡単に開設できるだけに休眠店舗も多いが、日本だけで20万店が稼働しているという。

大企業も当然、中国で輸入品を販売している。個人事業者ばかりのソーシャルバイヤーでは競争に勝てないようにも思うが、市場は拡大を続けている。調査会社「智研咨詢(ジーイェンズーシュン)」によると、ソーシャルバイヤーによる輸入額は、2018年には2601億元(約4兆1600億円)に達している。2013年の767億元(約1兆2300億円)からみて、3倍以上もの急成長だ。

「働き方改革」としてのソーシャルバイヤー

常林(チャン・リィン)さん(25)は日本で働く両親を追って来日した。いくつかの仕事を経験したが、2年前、友人や親戚に日本製品の代理購入を頼まれたことをきっかけに、ソーシャルバイヤーという仕事に可能性を見いだした。

「彼らのリクエストに応えているうちに、これは仕事になると思い、ビジネスとしてやることにしました。中国の友人に顧客とのやりとりや個別配送などを手伝ってもらっていて、日本にいる私はもっぱら調達担当。日本の商品を中国に送る役割です。男ですが、新宿の百貨店を回って化粧品をたくさん買っていますよ(笑)」

ネットショップでお客を集め、今では4000人もの常連客がいるという。

「同じ商品を大量に買うお客さんが多いです。親戚や友人の分もまとめ買いしているみたい。注文客は4000人でも最終的にうち経由で買った商品を使っている人はその数倍はいるはず。現時点で売り上げは月に9万元(約140万円)程度。利益はその20%でしょうか。売り上げは伸びていますし、事業はまだまだ拡大できます」と常さんは胸を張る。

ソーシャルバイヤーの常林(チャン・リィン)さん

日本の商品を買って、中国に送るだけ。簡単な仕事に思えるが、大変なことも多いという。

「競争が激しいので、同じ物を売り続けていると値下げせざるを得ない。だから利幅を確保するために、扱っているソーシャルバイヤーが少ない、新しい商品を探し続けています。今、期待しているのはセミオーダーの衣料品です。お客さんが自分で採寸したサイズを送ってもらって、衣料品店に注文します。中国人も豊かになっていますから、既製品よりも自分に合わせて仕立ててくれた服を欲しがる人が増えるんじゃないかと思って。まだそんなに注文はないですが、これから人気が出ると思いますよ」

もう一つの悩みは顧客対応だ。

「税関の検査で商品の到着が遅れても私にクレームが来ます。ほかにも関税が高すぎると文句を言われたこともありました。国が決めたことなんで、私はどうしようもないのに。届いたら、思っていた商品とは違うので返品したいと言われたこともありました。海外から配送しているので、返品はできないと明記しているのですが、この商売は信用が命なので、あそこは配送が遅い、対応が悪いと口コミを書かれたり、低い評価をつけられたりすると大打撃です。最近では取引前に詳しく説明して、理解してもらえない人との取引は断るようにしています」

無視できない、ソーシャルバイヤーのPR力

ソーシャルバイヤーの持つ特性に目をつけた新しいサービスも始まっている。

ソーシャルバイヤーは顧客と密接なコミュニケーションを取っている。日本企業向けに中国市場のマーケティングを手がけるトレンドExpressは、新サービス「越境EC X(クロス)」を立ち上げた。サービスに登録した企業の商品をソーシャルバイヤー向けのアプリで販売。ソーシャルバイヤーたちはアプリから売りたい商品を選び、自らの顧客に売り込んでいくという仕組みだ。

この5月に、池袋で行なわれたソーシャルバイヤー向けの交流会。来場した中国人バイヤー1000名に対し、日本企業20社がブースを出展した。(提供:トレンドExpress)

中国でのマーケティングは難しい。日本企業がテレビや雑誌などを使って商品の認知度を上げようとすれば、必要な広告費は日本をはるかに上回る。有力なインフルエンサーを起用したSNS上でのマーケティングは数千万円以上かかることもあるという。

一方、ソーシャルバイヤーは販売業者なので、卸値で販売するだけでいい。一定の顧客を持ち、使い方のアドバイスや商品説明などのコミュニケーションにも長けている。トレンドExpress関係者によると、100万人のフォロワーがいるインフルエンサーよりも、1000人の顧客に丁寧なコミュニケーションを取るソーシャルバイヤーを数多く動員したほうが、販売が伸びることもあるという。

化粧品大手のポーラ・オルビスホールディングスの関本高史海外事業管理室課長(取材当時は北京オルビス社長)はソーシャルバイヤーによる顧客への説明力に期待する。

同社の持つポーラ・ブランドは中国でも人気だが、オルビス・ブランドはまだ浸透していない。しかも今年、中国市場で勝負をかける戦略的商品はスキンケア・サプリメントのディフェンセラ。肌に塗るスキンケア商品とは違い、サプリメントとして飲むというまったく新しいジャンルの商品だけに、どう消費者に認知してもらうかが課題となる。

「バイヤー向けの説明会では、『肌の水分を逃しにくくする』という商品の効果だけではなく、当社がしっかりと試験を繰り返して効果を確かめたことをお伝えしています。何を狙った商品で、どういう効果があるのかをお客様に説明してもらいたい」

ポーラ・オルビスホールディングスの関本高史海外事業管理室課長

外国製品を手に入れる手段だったソーシャルバイヤー。消費者からは国外の商品を知るための情報源として、企業からは広告手段として、新たな役割を担うようになったわけだ。

「越境EC X」事業を統括するトレンドExpressの倉澤朋也執行役員は言う。

「景気減速などネガティブなニュースが伝えられていますが、中国市場はまだまだ消費欲旺盛です。かつての日本が米国、欧州に憧れたように、中国には今なお外国製品に対する強いニーズがあります。今後、越境ECの規模が拡大するのは間違いない。その拡大する市場で勝つためにソーシャルバイヤーを活用してほしい」

「課題はソーシャルバイヤーに対する日本企業の不信感にある」と倉澤氏は言う。ネットには「転売ヤー」なる呼び方もある。商品の転売で不正に利ざやを稼ぐ人々――という後ろ向きな意味がこめられている。企業も正規の流通ルートを乱す存在として敬遠することが多い。

トレンドExpressの倉澤朋也執行役員

「そもそも転売は法に触れる行為ではありません」と倉澤氏。限定商品の買い占めなど転売が問題となるケースはごく少数だという。「ソーシャルバイヤーと手を組めば、巨額の広告費を支払えない企業でも、中国市場にチャレンジできます」と、むしろ利点を強調している。

親戚・友人のための代理購入から始まり、草の根の人々が稼ぐための手段となったソーシャルバイヤーという仕事。今度は日本企業とも手を取り合い、日本と中国市場をつなぐ大きな道へと広がっている。


高口康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト、翻訳家。 1976年生まれ。2度の中国留学を経て、中国を専門とするジャーナリストに。中国の経済、企業、社会、そして在日中国人社会などを幅広く取材し、「ニューズウィーク日本版」「週刊東洋経済」「Wedge」など各誌に寄稿している。最新刊の共著書に『中国S級B級論』(さくら舎)、著者に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)がある。

[写真]
撮影:塩田亮吾
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝