台湾に登場した世界で唯一の月経博物館(2) 若者のめざす「月経の公平」を追う
今までの支援に足りなかったもの
「戦争や災害が起きた時、多くの人は食料を思い浮かべます。でも実は、生理用品も同じです。地震だからといって生理が止まるわけではありません」
こう話すのは、台湾の月経博物館を運営する団体「小紅帽」(赤ずきん)の専従スタッフ、林尹筑さんだ。林さんに会ったのは、2月6日に発生したトルコシリア大地震の直後だった。地震の規模を表すマグニチュードは7.8で、東日本大震災の9.0と比べると、やや小さめだが、死亡者は5万6,000〜5万7,000人とされ、地震から2か月経った今も250万人が避難生活を続けている。博物館は、トルコシリア大地震への救援物資として、台湾の一般市民から生理用品の寄付の受付場所となっていた。
「以前、博物館のイベントに参加して、インスタをフォローしていました」
「地震のニュース見ながら何かできないかと思っていました」
小紅帽のSNSによる発信を見て、支援物資を手に来館した人たちが生理用品を寄付していく。「昨日、大型のスーパーで買いました」と真新しい箱ごと寄付する姿も見られた。
まずスタッフは受け取りと同時に使用期限を確認した。筆者は今年50歳で生理になって40年近くになるが、恥ずかしながら生理用品に使用期限があることを初めて知った。聞けば、台湾はとりわけ湿度が高く、長期保管で劣化するため、使用者の皮膚に影響が出ないよう注意が必要とのことだった。
小紅帽が世界の被災者支援に乗り出したのは1年前、ロシアによるウクライナ侵攻がきっかけだった。確かに、戦禍や被災で突然に移動を余儀なくされた際、身の回りの物資は不足する。だが、支援する側、あるいは当事者ではない者が「現地に生理用品が必要」とすぐに思いつくわけではない。
筆者は東日本大震災の際、東京にいた。徒歩での移動も計画停電も経験した。だから懐中電灯やラジオの大切さ、あるいは防災グッズとしてトイレ用品や食料の備蓄が身を助けることは理解しているつもりだ。にもかかわらず、生理用品をどうしたのか、他者の生理用品を心配した記憶は、ない。今回、改めて東北で被災した友人に当時の様子を聞いてみたところ、避難所で支援にあたっていた方たちの事例を報告してくれた。未曾有の被災、かつあれから10年以上経過していて「記憶があやふや」という声もあったが、被災地の混乱ぶりを表す記述がいくつも見られた。
「避難してきた人が多くて、トイレが足りませんでした。水もないし、すぐにいっぱいになり、交代で片付けました。プールの水で流したりもしました」
「トイレは悲惨でした。今、思うと、避難所に避難してきた女性たちは、どんなに大変だったのかと。生理中の人もいただろうし、避難してきてから生理になった人もたくさんいたはず。そこまで思いを馳せることができませんでした」
「生理用品が配られたのは、いろいろな支援物資が届き始め、だいぶ落ち着いてきた頃だと思います。まずは食料と水だったので、下着などが届いてからではないでしょうか。生理に配慮した覚えはありません」
故意でなくても、多くは人々の意識から抜け落ちていた。台湾の小紅帽による支援が、どれほど現地の人を支えただろう、と改めて感服した。
結果として、予定よりずっと早くに目標としていた生理用品が集まり、水曜日に発送予定だった生理用品200箱は月曜日に台湾に設けられた救援物資の集積所へと向かった。
意識の差を無くすために
生理用品が救援物資の上位にならないことには、いろいろな原因が考えられる。だが、そういった「生理は当たり前のこと」という考えが行き渡れば、小紅帽に限らず、誰もが必要なものと認識できるはずだ。
そういったコンセンサスをつくるベースになるのが、教育だろう。
昔、筆者が初めて生理なるものを認識したのは小学生の時に受けた学校での授業だった。男子生徒は教室に残り、女子だけが体育館に連れられて、これから女子には生理が来ること、気をつけることなどをざっくり教わったと記憶している。教室に帰ると「なんの授業やったんや」とニヤニヤしながら言う男子生徒がいて、辟易したのを覚えている。
小紅帽の林さんは「男女分け隔てせずに、月経教育を行うことが必要だと思います」とキッパリ。実は台湾でも、日本同様、男女分けて授業することが一般的だ。林さん自身も、筆者と同じように、男女分かれた授業を受けた。しかし、小紅帽では「男子生徒も一緒に受けることが大事」と訴え、学校から依頼された際には、男女同席で月経の授業を行なっているという。
その「性別に関係ない」という理念が顕著に現れたと感じたのが、博物館の定期ガイドツアーの案内役が男性スタッフだったことだ。
月に1度のガイドツアーは、およそ1時間の間に、1階、2階、館内の展示を紹介していく。生理/月経の起きる仕組み、台湾における生理の貧困の状況と、小紅帽の生理用品提供運動、あるいは現在、販売されている各種生理用品の使い方と、小紅帽が開発した月経教育の教材など、多方面から生理/月経を理解できる内容だ。
男性から説明を受けるのは非常に新鮮な感覚だったが、その感覚こそが(月経に対する知識の不均衡があるからこそ、違和感をもつのだな)と考えさせられた。
ちょうど今年3月末に放送されたNHK特集ドラマ「生理のおじさんとその娘」(脚本:吉田恵里香)の意図も、おそらく同じだろう。同番組では生理用品メーカーに勤務し、広報担当を行う父と、その高校生の娘を主人公に、ふたりを取り巻く家族や同僚、友人たちの間で生理に対する認識や互いの関係をめぐる衝突、葛藤が描かれた。生理用品のPRを男性が行うことから、ドラマの中では、異端児扱い。だが、問い直すべきは「なぜ男性が生理用品を扱うと異端児として見るのか」である。
男性が生理を語り、商品を説明することに違和感を持つのは、どこか「生理は女性のもの」という意識があるからではないか。しかし、そうやって「女性だけのもの」という扱いをする姿勢こそ、社会から生理/月経を遠ざける行為だろう。
たとえば生理休暇。社会制度としてこの休暇が日本に導入されたのは、意外に古く1947年のこと。労働基準法が制定されたその年に明文化された。「意外に」と書いたのは、筆者自身、周囲で生理休暇を取得する話を聞いたことがないからだ。もちろん会社に制度としてはあったが、有り体にいえば「生きた制度」ではない。実際、厚生労働省の調査でも、女性労働者がいる事業所のうち、生理休暇の請求者がいた事業所の割合はわずか3.3%に過ぎない(リンク)。調査は令和2年度、2020年の話である。
一方、台湾の新北市政府人事処が行った調査では、2015〜19年の5年間で約6,000人の職員のうち毎年平均2,500人が何らかの形で生理休暇を申請した、と答えた(リンク)。
ちなみに調査結果や各種論考を踏まえて「男性にも生理的な周期はあるので、女性だけが取得する制度ではなく、男性も取得可能な休暇にしては?」とさらに踏み込んだ提言がなされていた。41%が申請する社会と、3.3%しか申請しない社会は、こんなにも差がある。
制度として一歩先をゆく台湾
3月8日の国際女性デーは、女性の自由と平等について考える日で、世界各地、もちろん台湾でも関連イベントが行われた。この日、文部科学大臣に相当する台湾教育部長の潘文忠氏はFacebookページにこんな投稿をした。
台湾の新年度初日にあたる2023年8月1日から、台湾全国の各学校で、生理用品の無償提供が始まる、という内容である。「月経教育、ジェンダー平等の教育を推進し、女生徒によりよい環境を」とある。投稿では、地方政府と連携し、緊急を要する場合、学校の保健室に相当する場所などで生理用品を提供する他、経済的に厳しい状況にある小中高生に対して個別に生理用品を提供することが述べられている。
学校での生理用品配布については、2022年11月の立法院で検討が求められていた内容だが、早速、具体的な行動を宣言したわけだ。
取材を通じて気づいた自分の中の偏見
今年2月からこちら、小紅帽の主催もしくは出席するイベントに参加しながら、筆者自身が「生理/月経」について大いに学び直す機会となっていた。
買ったばかりの生理用品を店頭で袋に入れる行為に疑問を持ったこともなければ、震災や戦禍で生理用品が必要になる人がいることを想像したこともなかったし、生理休暇を取得する人がいないことに疑問を持ったこともなかった。
最も大きな気づきは、筆者自身が生理/月経を「隠すもの」「憚るもの」「他者との会話を避けるべきテーマ」という偏見を内面化していたことだ。すぐそばに、重い生理痛に悩む人がいたと思うと、もっと違った接し方ができていたかもしれない、と大いに反省させられた。
もしも学校や職場、家庭で自分の生理や生理用品について気軽に情報交換でき、突然生理が来たって慌てずに無料で利用できる生理用品がすべてのトイレに用意してあり、勤め先で気軽に生理休暇が申請できる——そんな社会なら、女性が生きるのは今よりもきっとずっと楽になるはずだ。そんな社会にしたい、心底、そう思う。
ではここで、記事を最後まで読んでくださった皆さんに次の一文をシェアして、ひとまずの締めくくりとしたい。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】