事業承継をオープンにする新サービス。思い、技術、取引先。引き継ぐ形は色々あっていい
8年前。宮崎県美郷(みさと)町の「村の果菓子屋」というお店を取材したことがあった。金柑農家の女性5名が立ち上げた製菓事業で、地産の金柑や栗をつかったお菓子が評判の人気店。
代表の葛城(かつらぎ)益子さんは、当時70歳。その頃すでに「いつまで続けられるか」と話していたのを覚えている。
そして8年後の今年。お菓子づくりを継ぐ後継者が見つかった。東京都世田谷区在住の30代女性。5月には美郷町へ移住するという。
両者をマッチングしたのは、relayという継業支援サービス。
今までは、近隣に継ぐ人がいなければ継続を諦めるしかなかった地域密着型の事業や小規模事業の後継者を、地域や業種をこえて探すことのできるサービスとして2020年に始まった。
■60代以上の経営者が6割に
全国各地で、後継者の課題は顕在化している。
経営者の高齢化や後継者不足から休廃業する企業は、年間4万以上。そのうち約6割は黒字企業だという。(「中小企業白書2020年版」より)
経営的には持続できる企業が、後継者不在のために廃業しているということだ。
中小企業経営者の年齢のピークも、ここ20年間で47歳から66歳に推移。
60代経営者の約半分、70代経営者の約4割に後継者が不在というデータもある。(*1)
そこで、株式会社ライトライトの齋藤隆太さんが始めたのがクラウド継業プラットフォーム「relay」だ。
齋藤さんはこう話す。
「地元に愛されていたお店が閉店することが決まって初めて、新聞やSNSなどで公開されて、ええってなることがありますよね。もっと早い段階で知っていたらやりようがあったんじゃないか。あの事業者につなげば違う展開ができたかもしれない。なぜそういう動きにならないのかと調べ始めたのが始まりでした」
■事業承継の慣習的な問題
齋藤さんは、事業承継がうまくいっていない理由を大きく二つあると考えた。
一つは、従来の事業承継が、「儲かるか儲からないか」の視点だけで判断されがちなこと。もう一つは承継者探しがクローズドな中で進められること。
銀行やM&A事業者が行う事業承継支援では、表立って情報が公表されない。ノンネームシートと呼ばれる、社名や店名が伏せられた財務状況などが載ったシートをもとに買い手は「買う買わない」を判断する。その店がどんな客層に愛されてきたか、経営者の思いや歴史、こだわりのレシピなどの定性的な情報は、そこには記載されない。
結果、「独立してパン屋をやりたい」「地元に帰って何か事業をできるならチャレンジしたい」と思っているような人たちに、その情報は届きにくい。「創業70年、ファンに惜しまれ閉店」といった新聞記事とノンネームシートでは、与える印象が大きく違う。
「上場企業なら株価に影響したり、銀行や取引先に迷惑がかかるので情報を伏せるのもわかりますが、社員が数名の小規模事業者や、個人事業主では前提が違う。慣習だけ当てはめるのはもったいないと思ったんです」
事業承継の情報をもっとオープンに、誰もが見られるようになれば、想像もつかない出会いが生まれるのではないか。その発想から、このクラウドサービス「relay」は生まれた。
■仲介業者の発想だけでは、もはや限界がある
relayは2020年7月にβ版がオープンしたばかりで、掲載数はまだ少ない。だが2021年5月時点で、公募した10件中7件はすでに承継者が見つかっている。(ほか2件は交渉中)。
しくみはこうだ。事業譲渡したい企業があればrelayが無償で取材し、オーナーの思いやお店の情報を記事にして掲載してくれる。譲渡する側には一切お金がかからない。社名や店名は公表されるが、財務状況などの詳細(営業情報や、会社の実績の概算、立地など)は伏せてあり、閲覧したい人が5000円を支払う。最終的に成約になれば、買い手が譲渡金の3%もしくは30万円のうち多い方を手数料としてrelayに支払う。
これまでの掲載案件には、譲渡金が3000万円の本格的なM&A案件もあれば、譲渡金は「0円」でレシピや顧客リストだけを譲渡するケースもある。譲渡金が0円でも継ぎ手に最低30万円はかかるため、本気でチャレンジしたい人が応募することになる。
情報をオープンにしたことで閲覧対象が広がり、ユニークな発想の承継が生まれている。たとえば、と齋藤さんが教えてくれたケースが面白い。
宮崎市の繁華街にあるバーの経営者が、お店を手放すことを決めて後継者を募集した。開業以来黒字のいい立地にあるバーだが、募集記事にはこんなオーナーの言葉がある。
「歳は何歳でも構わない。いずれ起業するために経験を積みたい人、僕みたいに宮崎に来たい、移住したい人など歓迎です。新しいことを始めたい夢を持った人であれば学生さんでも、次の日から営業できる状態でお渡し致します」
relayを通じてこの店を継承したのは、なんと日南市・串間市の蔵元13社が直営する酒屋「日南酒造会館」だった(*4)。20種類以上の焼酎をおく「焼酎バー」としてリオープンし、バーだけでなく、焼酎の販路拡大の拠点として活用するという。
齋藤さんは言う。
「従来の事業承継では、酒造メーカーがバーを継ぐという発想は出てこなかったと思うんです。飲食業の経験者から探すのが一般的。でもいまはパン屋でもアパレルを扱ったり、コインランドリーにカフェがあったり、業種をまたいでビジネスが行われる時代。仲介業者が想像できる範囲を越えています。
だからこそ、探す側に選択肢がある方がいい。思いもよらないイノベーションが起こるかもしれない。relayでその可能性が広がればいいなと。間に入る側が、そんなお店は売れませんよと、判断しない方がいいと思っています」
■継承するものはさまざま
とくに地域の小規模事業者にとって、仕入先や取引先は、これまでに築いてきた関係性そのもの。地域の暮らしや経済を支える上でも、重要な企業が多い。その企業がもつ技術やレシピに価値があったりもする。
relayでは、事業者側が、譲渡するものを選択できる。
たとえば、宮崎県高原町のパン屋「天然酵母 田舎のパン屋」では、お店の物件は譲渡内容に含まれないが、オーブンなどの機材、レシピの一部、仕入先や卸先が「0円」で譲渡される。雑誌とのコラボを通してこの案件を知り、継ぐことになったのは千葉県に住むパン屋勤務の女性だった。偶然にも高原町の隣町の出身者で、すぐに移住する予定はなかったが、この応募が後押しし、まずは「地域おこし協力隊」として高原町に移住し、パン屋で開業すべく準備を進めるという。
こうした事業承継は、「まちのインフラ」にも関わると齋藤さん。
「小さなまちの一軒しかないパン屋やスーパーは、住民にとって大切なインフラです。店を閉める閉めないは店主が決めることですが、本当に周りは黙って見ているだけでいいのか。そんな状況が各地にあります」
そこで高原町のように、地域おこし協力隊の制度を用いて、入り口のハードルを低くし、事業承継を後押しする「relay the local(リレイザ・ローカル)」という自治体との協業も始まっている。
■継いでほしかったのは、屋号とレシピ
冒頭で紹介した宮崎県美郷町の「村の果菓子屋」でも、メンバーの高齢化により、製菓を受け継ぐ人を公募した。代表の葛城さんはこう話す。
「私が今78歳で、80歳には辞めようと思っていて。元気なうちに後をちゃんとしたかったんです。お客さんに迷惑がかからんよう『村の果菓子屋』という屋号と、お菓子の作り方は変えんことを一番に望みました」
人気があり25年間続いてきた「村の果菓子屋」は年間売上が2700万円ほどある。地元産の栗などを多く使用するため、生産者、一次加工、二次加工と地域への影響が大きい。事業は地元の企業に譲渡されることが決まったが、実際に菓子づくりを担う人材がいなかった。そこで、relayで募集をした。
relayを通じてこの公募を知った世田谷在住の女性は、こう話した。
「田舎が好きで、移住先を探していたんです。relayで見るまで美郷町という町は知りませんでした。東京にはたくさん仕事があるけど、自分が好きな仕事をして、少しでも誰かの役に立つならその方がいいなって」
この女性もまずは地域おこし協力隊として製菓に携わり、3年後に社員か、独立かなどの形を正式に決めるという。
■従来のM&Aにとどまらない「承継」
M&A(Mergers and Acquisitions)とは、直訳すると「合併と買収」の意だ。
当然だが「利益が出るか出ないか」をものさしに話が進む。
ただ現実には「継いでほしい」ものの範囲は広い。relayは「事業承継」をM&Aのイメージから解き放つもののように感じた。
従来の事業承継支援の仲介者であるM&A事業者や銀行は、小規模案件ではうまみが少ないため、着手金の額などで切り捨てているところが多い。
そこで中小企業や小規模事業者の事業承継支援としては、国の後押しで「事業承継・引き継ぎ支援センター」が各都道府県に設置されている。(*2)
各センターでは、中小企業診断士や金融機関OBなどが相談に応じ、事業引継ぎ支援データベース(ノンネームで登録機関に開示)などをもとにマッチングするが、そもそも認知度が低いことが課題としてあり、相談件数は年々増えていても成約数は8%程度にとどまっている。(*3)
ほか、民間のM&A企業では「TRANBI」や「BATONZ」などがあるが、それらは「できるだけスピーディーに、コストをかけずに効率よくM&Aできる支援サービス」が売りで、従来のM&Aの思想の域は出ない。
従来型のM&Aが悪いという意味ではまったくない。経済重視の事業承継を進める意義は大きい。ただそこからこぼれてしまう多くの小さな「承継」にも価値はあり、relayではマッチング対象になっているという意味である。
■エリアパートナーとの協業で全国展開へ
relayを立ち上げた齋藤さんは、今や全国に広がる地域版クラウドファンディング「FAAVO」を立ち上げた人でもある。
8年前に株式会社サーチフィールドの一事業として「FAAVO」を開始し、全国展開のしくみを構築。掲載数約3,000、流通総額約30億円の実績をあげている。2018年には事業ごと「CAMPFIRE」に譲渡。その後齋藤さんは独立してrelayを立ち上げた。
「FAAVO」でも、齋藤さんの地元である宮崎県からスタートし、実績をつくりながら全国へ広げていった。
全国展開のキーになったのが、エリアパートナーの存在だ。自治体、地方銀行、通信会社など200以上の地域のパートナーと契約を結び、実質的な運営や広報支援を任せてきた。そのおかげで地域密着型の展開が活性化してきたといっていい。
今回のrelayでも、今のところ掲載されているのはほとんどが宮崎県内の案件。この後FAAVOと同様、全国に広げていく。2021年3月にはパートナープログラムを開始。各地で広報や記事化、マッチングサポートするパートナーを募集し始めたところだ。
「『ハゲタカ』というドラマが流行ってM&Aって怖いものというイメージがついちゃったと思うんですね。事業承継そのものがネガティブに捉えられて、情報もクローズドになりがち。それをオープンでポジティブなものに変えていきたいんです。
既存の事業を残しつつ新しい展開もできれば、地元の人たちは、たとえば従来のパン屋さんの恩恵に預かりながら、新しいサービスも享受できる。“事業のイノベーション”が起こる可能性をおおいに秘めていると思います」
飲食業だけでなく、農業やものづくりの世界でも後継者不足は深刻だ。relayによって、情報を気軽に探せるようになれば、より多くのマッチングが生まれ、まちにさまざまな承継が成立するかもしれない。
事業承継を、新しいものさしでアップデートする。サービスとしてはまだ生まれ立てだが、全国に求める人の多い、大きな可能性を秘めたサービスのように思う。
(*1)経営者の年齢分布は60代以上が58.4%。(60代が30.3%、70代以上が28.1%)。40代は23.3%、30代以下は15.3%。「中小企業白書2020年版」より。
(*2)令和3年4月より「事業引継ぎ支援センター」は「事業承継・引継ぎ支援センター」にリニューアルされた。
(*3)2018年の調査によると、2016年の時点で事業引継ぎ支援センターを知らないと答えた事業主は77.1%。「後継者人材バンク」のニーズに対するアンケート結果も「利用してみたい」15%に比べて「利用したいと思わない」は約85%。中小企業庁委託「小規模事業者の事業活動の実態把握調査」(2016年1月、日本アプライドリサーチ研究所)
(*4)日南酒造会館は、日南市・串間市の蔵元13社で直営する酒屋。日南市のまちづくり会社「LocalLocal」が運営している。
※この記事は『下北沢、線路と街』に同時掲載の(同著者による)記事です。連載「これからのまちづくりの話をしよう」より