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○○ペイで給与支払い可能となるそうだが、これが現実的ではない理由

久保田博幸金融アナリスト
(写真:當舎慎悟/アフロ)

 企業が賃金の一部をキャッシュレス決済口座などに振り込む「デジタル給与払い」が、来年度にも可能になる見通しとなった。デジタル口座の残高の上限は100万円で、それを超える分は従来通り銀行口座などに振り込む。厚生労働省の審議会が13日に大筋で合意した。年度内に必要な省令改正が行われる予定だ(13日付朝日新聞)。

 これについてはデジタル口座の安全性や業者が経営破綻したときの対応策などが問題視されていた。しかし、どうやら実現する方向に向かっているようである。

 「ペイペイ」「d払い」「楽天ペイ」といったキャッシュレス口座は若者を主体に保有している人も多く、これによりキャッシュレス決済がさらに普及するとの期待もあるかもしれない。

 しかし、これは本当に使われるものなのか。根本的なところで疑問を持たなかったのか気になる。

 そもそも給与の一部といっても、キャッシュレス口座での月額利用はそれほど多くはないであろう。それよりも給与から、家賃もしくは住宅ローン、光熱費などの銀行引き落とし、子供の学費振り込み、そしてクレジットカート利用分の引き落としなどの割合が大きいであろう。これらは現状、キャッシュレス口座では引き落としができない。

 それ以前に、いまあげた口座引き落としなどは単一口座ではなく、複数口座で行われている人も多いのではなかろうか。それならばキャッシュレス口座を加えるのではなく、複数の銀行口座に給与振り込みをしてもらいたいとのニーズのほうが高いのではなかろうか。

 従業員から、複数の銀行口座への給与振り込みを求められた場合に、会社はこれに応じる義務はない。それでも例外的に複数の銀行口座への給与振り込みを行っているところもあるかもしれない。しかし、会社側にとっては振込手数料の負担があらたに生ずる。労働基準法では賃金の全額払いの義務があり、振込手数料を差し引いて支払うことは許されない。

 これと同様のことが賃金の一部をキャッシュレス決済口座などに振り込む際に生じることとなる。仮に振込手数料が抑えられたとしても、会社にとっては事務負担が増加することはたしかであり、あまり現実的ではない。

 記事には「労働者の意に反してデジタル払いをすることを防ぐため、労働者が同意書を提出することを条件とし、守らない場合には労働基準監督署が指導などを行う」とあったが、労働者の意に即してデジタル払いをする会社側にこそ、インセンティブはなく、いったい何のためにこのようなことを行おうとしているのか疑問である。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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