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英国・公共サービス職員の給与どう決まる?  交通、郵便、医療機関で働く人が大規模スト

小林恭子ジャーナリスト
2月6日、ロンドンでストを行うNHS職員(写真:ロイター/アフロ)

 (在英日本人向け雑誌「英国ニュースダイジェスト」に掲載された、筆者コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 ロンドンのスーパーの棚に並ぶ食品やそのほかの物品の価格高騰がお財布に響くこのごろとなってきた。

 牛乳、ヨーグルト、果物、魚や肉に加え、全体的に価格が上がっている。先日は、卵が6個入りで約700円。普通のスーパーでの価格である。その後、少し下がったので、ようやく息をついた。

 市民の生活をさらに直撃するのが、昨年来、次々と発生中のストだ。鉄道やバス、空港、学校、郵便サービスで働く人ばかりか、看護師もストを決行。46万人を超える看護師らが加盟する労働組合「ロイヤル・カレッジ・オブ・ナーシング」(RCN)にとっては初のストとなった。

二ケタ台のインフレ率、続く

 ストが連鎖した理由として、まず挙げられるのは記録的な物価高だ。10月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比で11.1%上昇し、41年ぶりの高い数字を記録。今年1月は10.1%上昇し、伸び率は3カ月連続で鈍化しているが、実際に商品価格が下がったのは見たことがない。住宅・水道光熱費は26.7%の上昇だ。

 特に公共部門で働く人にとって急激な物価高が打撃となるのは、2007~8年の世界的な金融危機を受けて、09年以降賃金額が凍結されたり、上昇しても1%の微増だったりというパターンが繰り返されてきたためだ。

 昨年4月時点で、公共部門でフルタイムで働く人の週ベースの賃金中央値は、民間企業の賃金中央値よりも12%上だった。でも、民間と比較すると賃金の伸び率は低い。国家統計局(ONS)の調べによると、昨年8~10月の平均賃金上昇率が、民間部門では前年同期比で6.9%増で、公共部門では2.7%増。両者の賃金伸び率の差はこれまでで最大となった。

 公共サービスに従事する人は全国で約570万人を数える(ONS)。シンクタンク「財政問題研究所」(IFS)の試算では、給与総額は国の歳出の20%に相当する。賃金の原資は私たちが納める税金だ。雇用主となる政府がその賃金を決定するが、どのような仕事に就いているのかで決定過程が異なる。

 教師、看護師、医師、警察官、軍隊所属者、高級官僚など、全体の45%の人員の賃金については独立組織となる8つの「給与検討機関」(Pay Review Bodies=PRB)による推奨後、該当する部門の大臣が決定する。

 PRBは公共部門で働く45%に相当する250万人の賃金額を政府に推奨するために設置された独立組織だ。軍隊、医師・歯科医、国民保健サービス、刑務所、学校教師、高級官僚、警察、国家犯罪対策庁のそれぞれの領域で査定する。

 中央政府の一般公務員の給与は、内閣府が指定する検討事項に基づいて個々の省庁が決定し、地方自治体職員の場合は、雇用者と労働組合の両者がメンバーとなる「合同委員会」(NJC)での交渉によって賃金が決まる。消防士の賃金額もNJCを通して交渉される。

 北アイルランド、ウェールズ、スコットランド自治政府の職員の賃金は同政府内で決めている。

どうやって、決まる?

 PRBによる決定過程は、まず該当大臣がPRBに査定を依頼し、妥当性、職員の継続雇用、新規雇用、労働市場全体への影響など考慮するべき点と今後の予定を伝える。

 労組代表や組合員、雇用主などがPRBに対して賃金額を決定するための基礎情報を提出する。通常、PRBは職員らを訪ね、懸念や意見に耳を傾ける。

 このころまでに政府が予定の賃金額を関係者に提示し、全ての関連情報が集まった時点で、PRBが最適と思われる賃金レベルを政府に提出。最後に、政府が議会で決定額を発表する。

 政府が提示する金額に労組側が納得しなかった場合、ストライキが一つの選択肢になる。

 鉄道、バスや郵便業は国営ではないが、公共交通機関あるいは全国的な通信体制は私たち誰もが利用するサービスのため、その労使交渉やストの行方が大きなニュースとして報道されている。

ロンドンでストを行う鉄道職員たち
ロンドンでストを行う鉄道職員たち写真:ロイター/アフロ

 昨年11月、ジェレミー・ハント財務相は大幅な歳出削減計画を出した。公共サービスの職員にインフレ率に上乗せした金額の賃金レベルを設定すれば、さらにインフレを上昇させる、国民の納税負担が増えるとハント氏は主張している。インフレ率はそれほど上昇しない、上乗せした賃金額にした方が国民への恩恵は大きいと主張するエコノミストもいる。

 二ケタ台でインフレ率が上昇する中、実質減額の給与で働いてきた公共サービスの職員がストに訴えるのも無理はない。政府は妥協しない方針を示しており、しばらく「長い冬」が続きそうだ。

ドイツでもスト

 英国だけの話ではない。

 2月17日、ドイツでは空港で働く職員らを中心に大規模ストが発生し、フランクフルト、ミュンヘン、シュトゥットガルト、ブレーメン、ハンブルクの空港で飛行機が運航停止。2300便以上がキャンセルされ、30万人の旅客が影響を受けている。

 労組側は10.5%の賃上げを求めているという。

ドイツの空港ストの様子
ドイツの空港ストの様子写真:ロイター/アフロ

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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