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ジョセフ流のキックなんか使うな! ジャパンは蹴らない方が強い!

永田洋光スポーツライター
26分間の出場ながら、トライも挙げて大活躍の流大。(撮影/齋藤龍太郎)

こんなキック、いらない!

果たしてジャパンにキックは必要なのか?

17日に静岡・エコパスタジアムで行なわれた日本代表対アイルランド代表の第1テストマッチを見て、心からそんな疑問を抱いた。

ジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ(HC)が就任して以来、ジャパンは「キックを効果的に使い、アンストラクチャーな状況からアタックを仕掛ける」ことを戦術の柱に据えてきた。

しかし、昨秋のアルゼンチン戦で初采配を振って以来、ヨーロッパ遠征、今春のスーパーラグビーでのサンウルブズのパフォーマンス、アジアラグビーチャンピオンシップ(ARC)、先週のルーマニア戦と、現体制でいくつもの試合をこなし、強化を続けてきたにもかかわらず、アイルランド戦では、この戦術がまったく通用しなかった。昨年11月から8か月間、いったい何をやってきたのか、と首を傾げたくなるぐらい、キックがジャパンの足を引っ張った。

これでは、強化の方向性そのものに、大きな疑問符をつけざるを得ない。

以下、22―50と大敗した試合で、くっきり見えたジャパンの課題と、発揮された良さを比較しながら、“こんなキック、いらない!”と考える理由を述べる。

本気だったアイルランド!

前半から、アイルランドは本気だった。

ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズに主力選手を11人取られた状況で、高温多湿な気象条件のもと、ジャパンが金星を狙ってくるのは織り込み済みだ。

しかも、ジャパンの“傾向と対策”を学ぶために、ハイランダーズ時代にまでさかのぼって、ジェイミー・ジョセフが意図するラグビーを分析している。

だからこそ、愚直にセットプレーで圧力をかけ、全員が休むことなく走り続けた。

7分にジャパンは、ターンオーバーからリーチ・マイケルが突進し、できたラックから田村優がゴールライン手前の左タッチライン際にキックを落とし、ウィリアム・トゥポウが追走してチャンスを作ったが、このときもアイルランドは懸命に駆け戻った。しかも、続くジャパン投入のラインアウトに激しく圧力をかけ、いったんはジャパンが確保したボールをもぎ取った。

世界ランキング4位といった曖昧な数値よりも、必死にバッキングアップに戻り、セットプレーに全力を尽くす姿に、チームとしての「強さ」がくっきりと見て取れた。

そんなアイルランドに対して、ジャパンはキックでボールを与え続けた。

たとえば、15分過ぎに野口竜司が相手キックを好捕。松島幸太朗→徳永祥尭とつないでゲインを切ったが、2フェイズ目で田村がジョセフ流の小さなキックを蹴る。このとき、リーチが大外でパスを待っていたが、田村が蹴ったので、チェイスに加われなかった。

リーチがチェイスに加われなかったのはジョセフ流のラグビーに慣れていないからかもしれないが、相手防御が崩れかけているのだから、パスでアタック継続と判断するのに不思議はない。守るアイルランドにしても、リーチに深い位置からスピードをつけて走り込まれる方が嫌だっただろう。

なんのためにキックを蹴るのか――その認識が徹底されていないのだ。

しかも、ジャパンは練習通りの動きをすることに忙しく――つまり、ブレイクダウンとなったときに次に備えてポジショニングすることばかりを考えて――19分過ぎにマフィが前進を図ったところでは、サポートがリーチ1人になって、チャンスを逸した。27分にも、田中史朗のボックスキックを松島がスーパーキャッチしたが、サポートに寄ったのは徳永とヘル・ウヴエだけで、SH役となってボールを出そうとしたヘルが潰されてボールを失った。

ここは何が何でもラックに駆けつけてボールを確保、という意識が薄かったのだ。

キックチェイスにも問題が多々あった。

26分に田中のボックスキックを追った松島がタックルを決めて相手を倒したが、サポートする選手は誰もおらず、堀江翔太があわてて駆けつけた。その間、実に4秒! アイルランドFWは、当然のように5人が駆け戻り、ボールを確保した。

アイルランドは、相手のキックに対しては全力で駆け戻り、味方のキックには、基本通り横一列になって全力で前に出る。ムダ走りを覚悟で、全員が次の一手に有効なポジションを取ろうと懸命に足を動かす。対照的にジャパンは、チェイスのスピードに欠け、しかも、アイルランドのようにワンラインをキープできないから相手のカウンターをいい位置で止められない。

次の一手に対する想像力――そこに両者の大きな違いがあった。

流大が救った惨敗のピンチ!

ハーフタイムで3―31と大差がついたゲームを救ったのは、後半14分に田中に替わって投入された流大だった。

流は、ラックに手を突っ込んででも早くボールをさばくことで、チームを活性化させた。

19分の野口のトライは、スクラムの脇に松島が走り込むサインプレーから福岡が抜け出し、そこからフェイズを7つ重ねたもの。その間、流はひたすらテンポ良くボールをさばくことに専念した。

36分の福岡のトライは、アイルランドの反則に素早く反応してタップキックから仕掛け、そこからフェイズを連続した。

そして、終了間際の38分には、自陣からのキックオフリターンで粘り強くボールをつなぎ、のべ14人の手を経て、ノーホイッスルで流が自らトライで締めくくった。

興味深いのは、キックを使わず、パスをつなぎ、フェイズを重ねてアタックすればトライが取れて、あれだけHCのプランに忠実だった前半がわずかに1PGで終わったことだ。

左に福岡、右に松島を配し、FBの野口も力強いランニングを持っている。

こうした強みがジャパンにあるのに、前半は彼らを、チェイスも含めたキック処理要員として使う場面が多く、有効に活用できなかった。

ジャパンの強みがどこにあるのか――それは、こうしたボールをキープして攻め続けるアタックであり、最後のノーホイッスルトライに見られるように、大胆にボールを動かすアタックだ。やはり後半途中から出場した松田力也も、SOとして積極的にボールを動かす能力を備えている。これだけのメンバーがいるのに、なぜキックを使って相手にボールを渡すのか。本当に理解ができないのだ。

しかも、流がピッチに入ってからの26分間、ジャパンは3本のトライを奪い、2本を奪われたが、奪われたトライの起点がすべてキックだったのである。

25分に奪われたトライは、アイルランドがフェイズを重ねて攻め切ったものだが、そもそもの起点をたどれば、その2分前に、デレック・カーペンターがアタックの最中に不用意にキックを蹴って相手にボールを渡したことにさかのぼる。

アタックを継続しているさなかになぜボールを手放す必要があるのか。

さらに32分に奪われたトライはもっと決定的だ。

圧力をかけられて球出しが遅れたラックから出たボールを、松田が(なぜかこの場面だけ)小さく防御の背後に蹴り、それを捕ったアンドリュー・コンウェーに、そのまますれ違われてゴール前に攻め込まれたのが起点となった。

26分間でキックを使わずに攻めて3トライを奪いながら、不用意なキックで2トライを奪われた事実は、現在のキックを使って云々というプランが、いかにチームに根づいていないかを雄弁に物語る。

おそらくジョセフHCにすれば、前任者エディー・ジョーンズ流のラグビーとは一線を画したい気持ちが強いのだろうが、その結果が失トライの山ではあまりにも救いがない。

しかも、「チームジャパン2019の総監督」まで兼ねているのだから、こんなキックが蔓延したら、これまでジュニアレベルで指導者たちが血のにじむような努力で築いてきた日本ラグビーの伝統そのものが揺らいでしまう。

ジョセフ流のキッキング・ラグビーに未来はない。

せめて今週土曜日の第2テストマッチには、ジャパンがサポーターが誇りうる本来のジャパンであることを証明するためにも、しょぼいキックを使わずに堂々とアタックを積み重ねて欲しい。

また、そうしたラグビーを貫徹するからこそ、時折使うキックが相手防御に対して絶大な効果を上げることになる。

キックが先かパスが先か――この国ではいつでもパスが先にある。それが、日本ラグビーの本来の姿なのである。

スポーツライター

1957年生まれ。出版社勤務を経てフリーランスとなった88年度に神戸製鋼が初優勝し、そのまま現在までラグビーについて書き続けている。93年から恩師に頼まれて江戸川大学ラグビー部コーチを引き受け、廃部となるまで指導した。最新刊は『明治大学ラグビー部 勇者の百年 紫紺の誇りを胸に再び「前へ」』(二見書房)。他に『宿澤広朗 勝つことのみが善である』(文春文庫)、『スタンドオフ黄金伝説』(双葉社)、『新・ラグビーの逆襲 日本ラグビーが「世界」をとる日』(言視舎)などがある。

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