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富士通の会計システム欠陥で英史上最悪の冤罪 736人起訴中45人の有罪破棄 和解金87億円

木村正人在英国際ジャーナリスト
英郵便局に導入された富士通の会計システムが史上最悪の冤罪を起こしてしまった(写真:ロイター/アフロ)

信頼できない会計システムが引き起こした悲劇

[ロンドン発]英郵便システムを支えてきた元準郵便局長736人が2000~14年に富士通の会計システム「ホライゾン」の欠陥で不正会計や窃盗の罪で起訴された事件で、39人の有罪判決が23日、控訴裁判所で破棄されました。これで有罪判決の破棄は計45人。

準郵便局長はポストオフィスのフランチャイズとして地域の郵便事業に携わっています。分かりやすく言えば郵便局の窓口業務を担っています。この事件をずっと追いかけてきたジャーナリスト、ニック・ウォーリス氏のブログ「ポストオフィス裁判」に詳しく事件の経過が報告されています。

「信頼できない会計システムによって示された会計上の不足を、疑いのない損失とみなし、損失が発生しなかったことを被告人に証明するよう糾弾するかのように裁判は進められた」と3人の判事は裁判所の非を全面的に認めました。英史上最大の冤罪事件であることを司法が認めたのです。

判事は、ポストオフィスの責任者には「法的義務を回避しようとする文化がある」と指弾しました。元準郵便局長の弁護人は「生計を立てるため準郵便局長になった誠実な人たちなのに、ある日突然不正を働いたと糾弾された」と述べました。今後、懲罰的損害賠償を求めていく方針です。

元担当相「富士通の役割を忘れるわけにはいかない」

ボリス・ジョンソン英首相も「恐ろしい不正義が覆された。二度と間違いを繰り返さないようこの教訓から学ぶ必要がある」とツイートしました。

2018~19年にデジタル・創造的産業担当相を務めた保守党のマーゴット・ジェームズ元下院議員は英TV、チャンネル4ニュースで富士通の責任に言及しました。

「富士通の役割を忘れるわけにはいかない。明らかに欠陥のあるシステムをポストオフィスに売ったのは富士通だ。同社はその欠陥を隠すため多大な努力を払い、システムは十全に機能しているように装ってきた。しかし実際にはそうではなかった」

前出のウォーリス氏によると、刑務所から釈放された後、夫と一緒にバンで暮らし、ホームレスになってしまったルビーナ・シャヒーンさんは「私は月を飛び越したように興奮しています。判決が下された時、最初は信じられませんでした」と涙を流したそうです。

夫のモハメド氏も「私たちの生活は完全に破壊されました。妻は私よりも多くの困難を経験しました。彼女は現在、ストレスによる腎臓不全で透析を受けています」と話しました。準郵便局長の中にはホライゾンによる会計上の不足を埋めるため自宅を抵当に入れた人もいたそうです。

2019年12月、ロンドン高等裁判所で、ポストオフィスは元準郵便局長555人に対して和解金5800万ポンド(約86億8270万円)を支払うことで和解しました。しかし、その多くは訴訟費用にあてられ、元準郵便局長が手にしたのは1200万ポンド(約18億円)でした。

ロンドン高裁判事は「ホライゾンは最初の10年間は完璧には程遠く、バグ、エラー、欠陥が含まれており、その後も問題を抱えている」と結論付けました。

ポストオフィス「ホライゾンに何の問題もなかった」

ホライゾンは英コンピューター企業ICLが開発。ICLは2002年に富士通に買収されました。ホライゾンにはかなりのバグやエラー、欠陥があったにもかかわらず、ポストオフィスは「ホライゾンに何の問題もなかった」と主張してきたことが、問題をここまで大きくしてしまいました。

富士通は今のところ責任は問われていませんが、ロンドン高裁判事は「富士通の従業員が他の裁判所に提出したホライゾンのバグやエラー、欠陥に関する証拠の信憑性に重大な懸念ある」として裁判資料を検察当局に送付しています。

ロンドン高裁判事は「富士通はこれら無数の問題を適切かつ完全に調査したようには見えない。富士通はそのような事故を正しく分類していなかった。調査の結果、証拠にかかわらず、ソフトウェアに問題があったとの結論から遠のいたようだ。それが裁判所に提出された」と厳しく指摘しています。

富士通の上級副社長は英下院ビジネス・エネルギー・産業戦略特別委員会の質問に対しても裁判と同じ主張を繰り返しています。「裁判におけるすべての決定はポストオフィスによって行われた。証人の選択、証拠の性質、関連文書など、事件のあらゆる側面を決定したのはポストオフィスだった」

富士通は同委員会に対し「複雑なITシステムにエラーやバグが100%ないわけではない」として、ホライゾンの端末にアクセスして準郵便局長が知らないうちに取引を変更できる恐れがあることを認めています。

ホライゾンではこれまでに何千もの事故を記録されているものの、重大事故について富士通はロンドン高裁判事が認定した29件に言及するにとどめています。

今後、富士通の責任が問われるのか、それともお咎めなしで済まされるのか――一義的な責任はポストオフィスにあるにしても、前代未聞の大規模冤罪を引き起こした責任は免れようがないような気が筆者にはするのですが…。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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