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お花見気分・泥酔の日本は目を覚ませ 英国では新型コロナと戦う医師や看護師をみんなでチアアップ 

木村正人在英国際ジャーナリスト
増設された遺体安置所(ロンドンで筆者撮影)

戦う手段は2つしかない

[ロンドン発]イギリスのボリス・ジョンソン首相がTV演説で国家非常事態を宣言したのは23日夜。「1人から3人に感染する」(英インペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授)という強い感染力を持つ新型コロナウイルスと戦う手段は2つしかありません。

人の接触を遮断する都市封鎖(ロックダウン)と、重篤患者を死から救う集中治療室(ICU)と人工呼吸器、医師や看護師の補強です。ワクチンや治療薬開発の目処は立っていません。スーパースプレッダーの無症状病原体保有者を探知するPCR検査の実施能力にも限界があります。

イギリスの医療制度は原則、無料。税金と国民保険料で運営されています。“対ウイルス戦争”の最前線に立つNHS(国民医療サービス)の医師や看護師を励ますため26日午後8時、自宅待機しているイギリス中の市民がバルコニーや窓、玄関から拍手と歓声を送り、車もクラクションで応えました。

キーワーカーのジャーナリストは外出して取材することが認められており、筆者もロンドン外国特派員協会(FPA)のプレスカードをぶら下げて自宅周辺を見てきました。鍋を鳴らす音、指笛や拍手、歓声が夜空に響き渡ると涙がこみ上げて来ました。

国難に際し、ジョージ王子、シャーロット妃、ルイ王子の3人もお休みの前に可愛らしい拍手でチアアップ。

この戦いは新型コロナウイルスを克服したあとも、2008年の世界金融危機を上回る傷跡を経済と社会に残す恐れがあります。NHSの医師や看護師に送られたはずの声援は「私たちは独りじゃないんだよ」と胸に迫ってきました。

わずか24時間でボランティアに50万人応募

マット・ハンコック英保健相は24日「国が一つにまとまる時だ」と12週間にわたって自己隔離を強いられる高齢者や基礎疾患のある人計150万人に必要な食料や医薬品を届けたり、病院への搬送や電話での話し相手を引き受けたりするボランティア25万人を募集しました。

入場制限のためスーパーマーケット前には列ができている(筆者撮影)
入場制限のためスーパーマーケット前には列ができている(筆者撮影)

わずか24時間で目標の倍の50万4303人から応募があったため、英政府は目標を75万人に引き上げました。引退した高齢の医師1万1000人が現場復帰し、最終年度の看護・医学生2万4000人も第一線の医療に参加します。まさに”志願兵”です。

医療従事者は命の危険にさらされています。イタリアでエビデンスに基づく医療を提唱するNPO(非営利団体)GIMBE財団のニノ・カルタベロッタ代表は「新型コロナウイルスから私たちを守らなければならない医師や看護師を適切に守りましょう」とツイッターで呼びかけています。

25日午後6時時点で、イタリアで確認された医療従事者の感染は6205人。全体の感染者は7万4386人なので医療従事者はその8.3%。37人の医師が命を落としました。スペインでも医療従事者の感染は全体の実に13%にのぼっています。

主な理由は金融危機・債務危機で医療費が削減され、ゴーグルやN95 マスク、防護服が医療現場に十分行き渡っていないからです。病院という密閉された空間で重症・重篤患者の大量のウイルスに曝露(ばくろ)されるため、感染した医療従事者が重症化した例は中国でも報告されています。

感染が疑われても医療従事者でさえ重症化しない限りPCR検査すら受けられないのがイタリア、スペインの現実です。イギリスの実施能力にも限りがあります。

第二次大戦後に生まれたイギリスのNHS

第二次大戦で疲弊しきった国民を支えたのが労働党政権下で発足したNHS。万人に平等な医療を提供するという崇高な理念に基づくNHSのストーリーは2012年ロンドン五輪・パラリンピックの開会式でも紹介されました。

ガラガラのロンドン地下鉄(筆者撮影)
ガラガラのロンドン地下鉄(筆者撮影)

ロンドン特派員だった筆者が28年勤めた新聞社を辞めて独立したのは現在の妻(当時は交際中)が乳がんと診断され、両側乳房全摘出・同時再建手術を受けたのがきっかけでした。1年に及ぶ化学療法は自宅看護していた筆者にとっても地獄のような思い出です。

八方塞がりで苦しい時にそっと手を差し伸べてくれるのがNHSです。独立してほとんど収入がなかった時も医療費が原則無料というのは本当に心強かったです。その代わり放って置いても治る病気は本当に放ったらかし。

鼻血が止まらなかった時や妻の骨盤にヒビが3カ所入った時も「これでは“ナチュラル・ヒーリング・サービス(NHS、自然治癒サービス)”やないか」と恨み言をこぼしたくなるほど何もしてくれません。全て統計に基づき、ぎりぎりの医療資源が配分されているからです。

「ロバに率いられたライオン」

イギリス人には脳天気なところがあります。新型コロナウイルス対策用の防護服が足りなくて、ペットボトルの簡易製ゴーグルやゴミ袋の防護服を作る姿を見ているとイタリアやスペインの二の舞になるのではと心配になってきます。

閑散とした繁華街ピカデリー・サーカス(筆者撮影)
閑散とした繁華街ピカデリー・サーカス(筆者撮影)

第一次大戦で志願兵を募集した時、267万人が馳せ参じましたが、徴兵の277万人も合わせると、88万6000人が塹壕戦で犠牲になりました。今でも第一次大戦の戦いぶりは「ロバ(無能な将軍)に率いられたライオン(勇敢な兵士)」とよく皮肉られます。

今回の戦いは一つ間違えると大惨事になりかねません。イギリスは2009年の新型インフルエンザ以降、周到にパンデミック行動計画を練り、日々NHSや世界中の情報を吸い上げ、対策を修正しているので、きっと大丈夫だと信じています。

NHS病院は緊急を要する患者以外の治療は全て取りやめ、新型コロナウイルス・シフトを敷きました。ロンドンのエクセル展覧会センターに臨時病院が設けられています。掃除機やヘアドライヤーで知られるダイソンやF1に参戦する自動車メーカーも人工呼吸器の開発を急いでいます。

NHSはイギリスの誇りであり、魂です。“対ウイルス戦争”の最前線であり、最後の砦であるNHSを守るためイギリス中の市民が力を合わせようとしています。

日本も不要な外出を避け、Stay Homeを

イギリスの合言葉は3つです。

Stay Home(不要な外出はしない)

Protect the NHS(一つしかないNHSを守ろう)

Save Lives(命を救おう)

日本は今、感染、感染の連鎖、クラスター(感染者の集団)、クラスターの連鎖を虱(しらみ)潰しにすることで、オーバーシュート(感染爆発)の発生を何とか未然に防いでいる状態です。

小池百合子東京都知事が外出自粛を要請したその夜、高田馬場駅前では若者、学生たちが泥酔、合唱、大縄跳びの大騒ぎを繰り広げたそうです。目黒川周辺の花見客も減っていないそうです。

対国内総生産(GDP)比の政府債務残高が240%近い日本がロックダウンに追い込まれると財政がいつまで持ちこたえられるか心配です。厚生労働省のクラスター対策班から助言されたら、素直に不要不急の外出を控えることぐらい大したことではないのではないでしょうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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