宇宙でコーヒー豆をローストする、不思議スタートアップが誕生
現在のところ、“宇宙コーヒー”といえる飲み物を味わった経験を持つ人物といえば、ESA(欧州宇宙機関)のサマンサ・クリストフォレッティ宇宙飛行士だ。2015年、イタリア企業ラバッツァなどが開発した国際宇宙ステーション専用のエスプレッソメーカーを使用し、宇宙で淹れたてのコーヒーを飲んでいる。加えて、「宇宙で焙煎したコーヒー」を宇宙コーヒーの仲間に加えようと計画している企業がある。
米カリフォルニア州のサンディエゴで創業したスペース・ロースターズ社は、ロケットに搭載した生コーヒー豆を宇宙で放出し、大気圏再突入の熱で焙煎しようという計画を持っている。ハテム・アルカフジCEOはアラブ首長国連邦出身で、ドバイにも拠点を構える予定だ。宇宙ローストコーヒーはドバイの新たなグルメ体験となるかもしれない。開発はオービタルATK(現ノースロップ・グラマン)社の経験を持つ宇宙分野のエンジニア、アンダース・カヴァリーニCTOが担当する。
2018年秋に世界最大の宇宙関係の国際学会である国際宇宙会議(IAC)で計画を発表したスペース・ロースター社の資料によると、同社は「スペース・ロースティング・カプセル(SRC)」と呼ばれる専用のカプセル型容器に300キログラムの手摘みオーガニックコーヒーの生豆を詰めて打ち上げる。SRCは高度200キロメートルでロケットから切り離され、大気圏再突入の熱で回転しながら焙煎される。大気圏再突入熱はコーヒー豆の焙煎に非常に適しており、容器の中で200度を保ったまま全体が均一に加熱されるという。
コーヒー豆を積んだSRCは海上に着水し、回収される。スペース・ロースターズの計画によれば、2019年第3四半期に試験打ち上げを行い、2020年には本格的な打ち上げを開始する予定だ。2019年2月末に同社のサイトで先行販売を予定する告知が表示されており、宇宙コーヒー1杯あたりの価格が明らかになるとみられる。
気になるコーヒーの値段だが、ロケット搭載の費用を考慮してもペイするものだろうか? 米宇宙開発専門誌spacenews.comのベテラン記者も「経済的、技術的に意味があるのだろうか?」と困惑している。
搭載するコーヒー豆は75キログラムの容器が4個で合計300キログラム。コーヒー豆は焙煎すると重量が1割ほど減るため、270キログラム程度のロースト済コーヒー豆ができあがる。ドリップコーヒーは1杯あたり10グラム程度の豆を使用する。仮に宇宙という付加価値付きコーヒーを1杯1万円で提供するとすれば、2億7000万円の売り上げになる計算だ。
一方で、現在のロケット打ち上げ費用は、スペースX社のFalcon 9ロケットで1キログラムあたり約66万円が最も低コストのラインだ。300キログラムのコーヒー豆では約2億円程度になる。人工衛星が目的とする軌道よりはるかに低い高度200キロメートルで切り離してしまうため、別の衛星の打ち上げの際に余剰の重量があればどんなロケットでも「相乗り」ができそうだ。人工衛星よりも条件が緩やかであることから、多少の割り引きは交渉できるかもしれない。むしろ海上からのカプセル回収費用を低コストに抑え、かつ確実に回収する費用を考慮する必要がありそうだ。
宇宙でコーヒー豆を焙煎するという他にない付加価値があるとはいえ、コーヒーが1杯1万円以上になるビジネスが成立するかどうかはわからない。だが、スペース・ロースターズが本格サービスを開始するとされる2020年は、ドバイ国際博覧会開催の年だ。万博のような大規模な国際イベントの機会と合わせれば、宇宙技術を駆使したコーヒーにも需要があるとも考えられる。