八街市の児童死傷事故 8年前、同市で弟を失った姉が語る「再発防止」への願い
千葉県八街(やちまた)市で集団下校の列に飲酒運転のトラックが突っ込み、児童5人が死傷した事故。発生から1カ月余りたった8月上旬、事故現場には「通学路の安全対策」として、約800メートルにわたって車道と歩道を分けるための白線が引かれました(以下のニュース参照)。
<千葉・八街の事故現場に白線設置 8月下旬に減速促す「ハンプ」も >
白線が引かれた直後、私は実際に現場を歩いてみました。
このような大事故が発生した危険な通学路を、少しでも早く改善したいという切実な思いは十分に伝わってきました。
現場の法定速度は時速60キロですが、8月13日からは最高速度が時速30キロに規制されることが決まっています。交通安全を呼びかける看板も、市内全域の通学路に新たに100枚が設置されるそうです。
しかし、率直な感想を述べれば、たとえ白線が引かれても、速度が規制されても、この道を歩くのは大人でも怖い、ということです。
もし、ドライバーがハンドル操作を誤るようなことがあれば、たとえ白線の内側を通っていても事故を避けることはできません。
歩行者にとってみれば、まさに命懸けです。
上記記事によれば、
とのことで、すでに亡くなった児童が通っていた小学校付近では工事が始まっていました。しかし、「歩道の設置や道路拡幅」といった抜本的な対策は、いったいいつになれば実現するのでしょうか。
これは八街市だけの問題ではありません。全国各地にはこうした危険な通学路が無数にあります。
事故現場に設置された献花台の前を通りながら、思わず考え込んでしまいました。
■8年前、八街市の国道で起こった飲酒死亡事故
実は8年前、この現場からほど近い八街市内の道で、歩行者が死傷する事故が発生していました。
現場は国道ではありますが、以下の写真の通り、道路の端に白線が1本引かれているだけ。歩道らしい歩道はなく、歩行者は普段から常に危険にさらされている道でした。
事故が起こったのは、2013年8月20日午前0時過ぎのことでした。
福岡県に住む宇都宮裕さん(当時27歳)は、この日、八街市に出張しており、同僚2人とコンビニへ行く途中、後ろから走ってきた車にはねられたのです。
同僚の一人は重傷、一番後ろを歩いていた裕さんは十数メートル飛ばされ、外傷性くも膜下出血で死亡しました。
加害者は、現場近くに住むタイ国籍の主婦・A(当時41)でした。
Aはその夜、車で近所の飲食店に出向いてウイスキーの水割りを4杯飲み、夫に迎えを頼みました。ところが、夫がその店の女性従業員と親しげに会話したことに腹を立て、車のハンドルを握って一人で帰宅したのです。
事故はその途中に発生しました。
2人をはねたAは停止することなくそのまま逃走。一緒に歩いていた宇都宮さんのもう一人の同僚が車を追いかけ、約100メートル先でなんとか停車させたのです。
■3人の子供を残し27歳で逝った優しいパパ
加害者は飲酒運転で死亡事故を起こしました。しかし、Aのアルコール濃度が1時間半後に検知され、酒気帯びの判断基準に達していなかったことなどから、検察は自動車運転過失致死傷罪で起訴。
遺族は、危険運転致死傷罪での起訴を求めましたが、訴因は変更されず、事故から11か月後、千葉地裁は禁固2年の判決を言い渡しました。
この事故で亡くなった裕さんには、当時、6歳、2歳、1歳の、可愛い盛りの子どもが3人いました。
私は千葉地裁の証言台で、妻の佑季さん(当時26)が声を詰まらせながら読み上げた陳述書の内容を今も忘れることができません。
なぜ、お酒を飲んでいたのに運転したのですか?
なぜ運転代行かタクシーを呼ばなかったのですか?
あなたのせいで、人生が変わりました。
私の心は疲れ果ててしまった。
でも、子どもがいるので死ぬわけにもいきません。
どんなに苦しくても死ぬこともできない……。
これが生き地獄です。
■白線だけで歩行者の命が守れるのか?
裕さんの死亡事故から8年目となる今年、八街市で起こった飲酒運転による事故の報道を目にした実姉の福原愛さん(38)は、そのショックをこう語ります。
「八街市で弟を亡くした私は、今も『千葉県』と聞くだけで動悸がします。それだけに、同じ八街市で起こった死亡事故のニュースを見る……、こんな辛いことはありません。事故現場の近くにお住まいのご遺族は、どんな気持ちでおられることでしょう」
また、福原さんは、現場に引かれた白線を「通学路の安全対策」としていることについて、やりきれなさを感じたと言います。
「あの白線で命が守れると、本当に思っているのでしょうか? 私の弟も八街市の、道路の端に白線だけが引かれただけの道で飲酒運転の車に殺されました。あれから8年、その八街市の対応がこれだとは……」
実際に、裕さんが事故に遭った国道409号線は、今も当時のままの道幅です。下の写真のとおり、バス停にも人が安全に待てる場所はありません。
「道路は皆が安全に歩けることが前提です。これからもこの道を、同じ学校の生徒が歩いて帰るんです。大人たちは、国は、市は、何も思わないのでしょうか。このままでは弟の死が無駄になってしまいます。命は失ったけれど、せめて少しでも良い方向に何かが変わること、遺族として気持ちを落ち着かせられることがあるとすれば、それしかないのです」
■事故の再発防止を願う遺族の思い
「八街市の事故現場の写真を見ましたが、あの場所で路肩に白線を引くだけでは、事故防止対策にならないと思います」
そう語るのは、自身も飲酒運転の事故で長男(当時31)を亡くした福岡県在住の松原道明さん(74)です。
松原さんは、宇都宮さんの遺族を事故直後から支援し、八街市の事故現場にも足を運んでいました。
「子どもの命を確実に守るためには、例えば、通学時間帯は一方通行にして、歩道のスペースを十分に確保するなどさらなる対策が必要でしょう。また、万一、歩道に車が突っ込んできたときのダメージを少なくするため、歩道部分を一段かさ上げするなど工夫が必要だと思います。特にこのような直線道路の場合、速度を出す車が多いので、ハンプなどが設置されるまでは車での送迎という方法が最も安全かもしれません」
事故から8年、宇都宮さんが残した3人のお子さんは、皆元気に成長しています。
事故当時1歳だった末の女の子は、今年、小学校3年生になりました。
でも、あれほど可愛がってくれたお父さんとの思い出は、わずかな写真の中にしか残っていません。
福原さんはこう訴えます。
「道路の整備はもちろんですが、飲酒事故の遺族の一人として思うのは、アルコール検知の数値が高いとか低いとか、そんなことは関係がないということです。たとえ数値が基準値より低くても、飲酒して運転したことに変わりがないのですから、もっと厳しく罰するべきです。車という鉄の塊で突っ込んでこられる被害者の恐怖、そして、一瞬で最愛の人を奪われ、引き裂かれてしまう家族の苦しみがどれほどのものか……。飲酒運転をする人はその現実を知るべきだと思います」