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台湾の国民党は中国共産党に降伏宣言をするのか?――洪秀柱・習近平党首会談

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
台湾総統選挙に国民党候補として立候補していたときの洪秀柱氏(写真:ロイター/アフロ)

10月30日から大陸を訪問している台湾の洪秀柱国民党主席は、11月1日午後、習近平総書記と会談する。1945年から始まり未だ停戦協定を結んでいない国共内戦の和平協議を討議するとされているが、政権与党ではないので両岸統一への法的効果はない。しかし中国の軍事覇権を正当する口実につながる。

◆国共内戦はまだ終わっていない

国共内戦とは、「中華民国」時代、国民党と共産党が中国大陸で戦った内戦で、第一次国共内戦(1927年~1937年)と第二次国共内戦(1945年~)とがある。

第二次国共内戦は、1949年10月1日に毛沢東率いる共産党軍(中国人民解放軍)が勝利して中華人民共和国誕生を宣言すると、その年の12月に蒋介石率いる国民党軍と「中華民国政府」が台湾に撤退することによって、勝敗が決まったかに見えた。

それでも、1971年10月までは「中国」という国家の代表として国連に加盟していたのは連合国側の一員として日中戦争を戦った国民党の「中華民国」であって、その国民党を倒して誕生した中華人民共和国ではない。しかしキッシンジャーの忍者外交などによる米中接近によって、1971年10月に中華人民共和国が「中国」という国の代表として国連に加盟すると、「中華民国」は国連から脱退し、大陸と台湾は台湾海峡を挟んで対峙したままである。つまり、1949年以降、分断されたままの状況が続いている。

その意味で、国共内戦は、まだ終わっていないのである。

国連に加盟すると、中国(中華人民共和国)は「一つの中国」を絶対条件として日米など、多くの国との国交を正常化していった。

つの国」を、中台双方で「一中」という呼び方をする。

1992年に大陸と台湾の両岸政府で交わされた「92コンセンサス」は、「一中各表」という言葉で表現されている。これは「一つの中国を認めるが、どれがその『中国』なのかは、各自が表明する」という、非常に欺瞞に満ちた、あいまいなものだ。しかし少なくとも、「台湾独立を主張しない」という意味では「一つの中国」の方向性を持ち、国連加盟国であることと経済規模、国土面積、人口などから考えて、「一つの中国」が実現されれば、台湾は中国に組み込まれることになろう。

◆「和平協議」を国民党綱領に

それに対して、台湾の現政権の民進党は、党綱領に「台湾独立(台独)」を謳っている。したがって、「独立」を実行しないものの、「92コンセンサス」を積極的に認めようとはしていない。

一方、国民党の馬英九政権時代には「92コンセンサス」を積極的に支持して、2015年11月7日にはついに習近平国家主席と当時の馬英九総統がシンガポールで中台トップ会談を行なうなど、分断以来、最接近の事態さえ起きた。それは人気がなくなった国民党政権が、大陸との経済交流を望む経済界を国民党側に惹きつけようと、総統選挙に備えての下準備でもあった。

民進党の蔡英文政権が誕生する前の総統選期間中、国民党の立候補者として総統戦に挑んでいた洪秀柱氏は、経済界の人々の票を呼び込むため、「中国大陸と和平協定を結ぶ」という過激な発言までした。それは「国民党が(中国)共産党に降伏宣言をする」のに等しので、台湾国民の激しい反発を買い、国民党内にさえ反対意見を表明する者が現れた。

このままでは総統選において民進党に敗北することを恐れた国民党は、朱立倫氏を主席に選んで選挙を乗り切ろうとしたが、総統選(2016年1月)で大敗。朱立倫氏は責任を取って辞任し、2016年3月28日に洪秀柱氏が国民党主席に選ばれたのだった。

こうして2016年5月20日に、民進党の蔡英文政権が誕生したのである。

すると、巻き返しを図ろうとする国民党の洪秀柱主席は、蔡英文政権誕生後に冷え込んでしまった両岸(中台)経済関係に不満を抱く経済界を味方につけ、蔡英文総統との差別化を鮮明にしようと、親中路線をいっそう強化しようとし始めた。

今年9月4日、台湾の国民党第19回党大会(全国代表大会)第4次全体会議は、党綱領に「積極的に和平協議を討議することによって、両岸の敵対状態を終わらせる可能性」という文言を新たに入れることを決議したのである。総統選のときには、「和平協議」を唱えたために立候補者から降ろされたのに、党主席に選ばれると、その力を利用して、結局「中国共産党との和議」の方向に動いたわけだ。

ちなみに、中国共産党の党大会と全体会議は、すべて国民党の政治制度に倣(なら)ったものである。国民党は1919年に誕生し(孫文が中華革命党を改組して結党)、中国共産党は1921年に誕生している。そのため、「党大会(全国代表大会)」とか「(中央委員会)第○次全体会議」などの呼称が、国民党と共産党との間で対応しているのである。中国共産党が来年ようやく第19回党大会を迎えるのは、建党が2年ほど遅いからだ。

さて、国民党第19回党大会・第4次全体会議で党綱領に「和平協議」という文言を書き入れることに成功した洪秀柱主席は、「和議協議」という党綱領を持つ党の主席として、中国共産党の習近平総書記と、「党首会談」を行なう決意をすることによって、「和議協議」実現の方向に一歩、踏み出したことになる。

ただし、「和平協定」を締結してしまうと、「92コンセンサス」の「一中各表」は意味を成さなくなり、新たな両岸関係が生まれ、実質上は「中台統一」に至ってしまう。

◆野党である国民党党首には「国家」としての権限はない

11月1日午後(このコラムが公開されるであろう日の午後)、洪秀柱主席は習近平総書記と、「国共党首会談」を行なうことになるが、その会談の場において、「両岸和平協議」に触れ、かつ国民党の綱領に「和平協議」という文言を入れたことを紹介するであろうと言われている。

「和平協議」は、「国共内戦の講和条約」のような意味を持ち、「内戦は終わりましたね」ということを確認し、実質上、「国民党軍が共産党軍に敗北した」ことを認めることになる。

ただ、国民党はいま政権与党ではないので、野党がどんなに討議したところで、それは「党同士」の「党首会談」の域を出ない。「国家」として、何かを決議する権限は、国民党にはないのである。したがって、中台間において法律的な効果を発揮することはないと言っていい。

◆中国の軍事覇権を正当化させる台湾国民党の親中路線

台湾の世論では、「敵の軍門に降るのか?」とか「チャイナ・マネーに心を売るのか?」といった批判がある。

そもそも、「日中戦争の時に勇猛果敢に戦ったのは中国共産党軍であり、国民党軍は逃げ回っていた」とする現在の中国共産党に対して、国民党が抗議をすべきなのに、その共産党に迎合するというのは何ごとかという民意がある。

しかし、党としての立場となると、そこは微妙に違ってくる。

民進党は国民党を礼賛したくはないので、「いや、国民党こそが中心になって戦ったのであって、共産党軍を率いていた毛沢東は、日本軍と共謀していたではないか」とは言いたくない。国民党に有利になるからだ。

国民党自身が中共政権に向かって「お前はおかしいだろう!歴史を捏造している!」と叫ばないとすれば、習近平政権としては嬉しくてならないだろう。ますます中国人民および国際社会に向かって、「抗日戦争の中流砥柱(中心となって支える大黒柱)は、中国共産党軍であった」という歴史の捏造を、堂々と行う環境が整ってくるからだ。

中流砥柱となって戦った国民党がそれを否定しないのなら、他の国が何を言っても怖くない。

「中国共産党軍こそが、反ファシズム戦争のチャンピオンだった」として、昨年は建国後初めての軍事パレードを行った。

その先にあるのは、「反ファシズム戦争における戦勝国国としての中国の軍事拡大は正当である」という軍事強国を正当化する中国の覇権戦略なのである。

洪秀柱主席と習近平総書記の国共党首会談で「和平協議」が討議されようとされまいと、民進党の蔡英文政権に対抗した国民党の親中路線は、中国の軍事力強化に正当性を与えるものであり、日本と無関係ではないことに注目したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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