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国民の景気回復の実感がないのはなぜか?

津田栄皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト
経済3団体新春祝賀会で賃上げ訴え(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

日本の景気は?

政府は、日本経済は回復していると言う。しかし、国民の多くは、景気回復を実感していない。このギャップはどこから来るのか?それは、マクロとミクロの違いなのか?

マクロ経済指標で見る日本経済

確かに、マクロの数字はいいものが多い。1-3月期の実質GDP(国内総生産)は、改定値で原油在庫の削減による押し下げで季節調整済前期比0.3%(年率1.0%)となった(速報値では同前期比0.5%(実質2.2%))もののプラス成長を維持、そして5四半期連続のプラス成長を実現している。

雇用統計でも、5月の有効求人倍率(働きたい人1人に対して企業からの求人数)は1.49倍と1980年代後半~90年代前半のバブル期前後をも超えて1974年2月以来43年3カ月ぶりの高さを記録している。正社員の有効求人倍率に至っては、0.99倍と調査開始以来最高となっている。完全失業率も、5月は3.1%と、4月の2.8%から0.3ポイント悪化したものの、より良い条件を求めての失業の増加が要因と見られ、完全雇用状態と言える。

また、3日に発表された日銀短観でも、企業の景況感を示す業況判断指数は、大企業製造業でプラス17と3期連続の改善、大企業非製造業でもプラス23と2期連続改善、中小企業の製造業、非製造業も改善が見られ、企業の景気の見方は全体として良くなっていると言える。そして、日銀は、景気が企業収益増加から雇用回復・拡大、個人消費の増加、物価上昇という好循環に入りつつあると見ているようだ。

それは、10日に発表した日銀の7月地域経済報告でも、5地域で景気判断を引き上げ、景気拡大が地方にも波及しているとしている。個人消費でも、6月の景気ウオッチャー調査で、現状を示す指数が3カ月連続で改善して50.0に達し、先行き判断指数が50.9と上昇していて明るさが見られる。

マクロ指標での景気回復の背景は?

こうしたマクロの数字でみられる景気改善は、やはり輸出が伸びていること、海外からの観光客の増加があげられる。背景には、世界経済の回復がある。アメリカの景気が、リーマンショック後、大胆な金融緩和によって景気が回復、その後長期に拡大し続けている。また欧州もようやく持ち直しの動きが見られ、中国も政府の景気対策で悪化が避けられ、改善している。

それが、電子部品や精密機器、自動車関連などの輸出の伸びにつながっている。しかも、思ったほど円高にならず円安の水準が続いている。世界経済の回復により欧米や東南アジアなどの国民の懐が潤い、日本ブームに加えて円安から、訪日する海外観光客が増加、国内での消費が伸びている。そのことで企業の業績が堅調に推移し、企業の景況判断が良くなっていると言える。

国民から見る経済実態は?

しかし、景気回復を実感している国民は多くないようだ。その答えは、多くの人が指摘するように、賃金の伸びが鈍いことにある。確かに、経団連の調べでは、大企業の賃上げ率は2.34%で高かったものの、約8割弱が定期昇給で純粋なベースアップはわずかであったことや、連合調べでの中小企業も含め賃上げ率は1.98%と4年ぶりに2%を下回るなど、政府が思ったほど賃上げが行われていない。

そのことは、5月の毎月勤労統計調査で、名目賃金(前年同月比0.7%)から物価上昇分を引いた実質賃金は5か月ぶりのプラスの0.1%となったが、ほとんどゼロ近辺で、回復しているとは言えない。その結果、5月の家計調査で、実質消費支出は、前年同期比0.1%の減少(物価分は+0.4%)と消費を控えている。それは、コンビニや食品スーパーの業績にも反映され、3~5月の売上高も前年同期比マイナスから3、4%の伸び、経常利益では0.6%どまりと低迷していることに表れている。しかも、今夏のボーナスはわずかだが前年比0.44%のマイナスとなっている。結局、所得の伸び悩みが、国民の節約志向を強め、今後も続きそうだと言える。

国民が景気回復を実感しない理由は?

こうして見てくると、個人消費が思うように回復しないのは、収入となる給料・ボーナスで、業績を拡大している企業が従業員に分配していないことに尽きる。その結果として、企業の内部留保は3月末で390兆円にまで膨らんでいる。その1割でも従業員に分配すれば、景気は大きく改善する。もちろん、企業に言い分はある。バブル崩壊時資金面で金融機関の厳しい引き締めに苦しんだ経験から、できるだけ金融機関に頼らないように内部留保に注力してきた。しかし、ここまで膨らむと、国民の理解は難しい。もはや、個人消費の回復のために、企業の自主的な従業員への分配が期待できなければ、内部留保への課税等の圧力は国民から上がるかもしれない。

もう一つ、個人消費が回復しない理由がある。それは政府にある。そのうちの一つは、国民への負担増である。従業員の払う社会保険料は、今年は給与の15%前後、10年で2割以上も増加すると言われている。厚生年金だけでなく国民年金の掛け金も上昇し続けている。そして健康保険も、財政的に悪化し続けその補填が値上げで対処する恐れがある。これでは、いくら収入が増えても、税と社会保険料を引いた可処分所得は増えるどころか減ってしまう。しかも、東京などはいいとして、地方の財政は、少子高齢化、人口減少で悪化しており、その分を住民への各種の利用料などで負担を増やしている。将来こうした負担が増加するならば、国民は、将来に備えて貯蓄に励み、消費では節約志向をせざるを得ないのは当然である。

二つ目は、将来への国民の不安に政府が応えていないことである。今後も、益々少子高齢化は進展することは確実である。しかも、減少し始めた人口は、さらに加速する。こうした将来の状況の前に、負担が増えるだけでなく、これまでの行政サービスや年金・医療などが受けられないのではないかと思う国民が多い。それに対して、政府は答えず、国民負担を増やして従来の仕組みを維持しようとしている。それでは、国民は、特に若い人たちは、将来に希望を持てない。それが、個人消費を委縮させているともいえる。

国民が景気回復を実感するには

結局、これまでのマクロでの景気回復の恩恵は、企業にとどまり、また政府は現状維持するために国民へ負担を増やしている。その結果、国民に恩恵が届かず、景気回復の実感がないのである。今は世界経済が堅調だから、まだいい。しかし、もし世界経済が変調をきたせば、今の国民のままでは日本経済は支えられず、危機的な状況に陥るのではないだろうか。したがって、将来の日本経済のために、個人消費を回復させ、景気をしっかりしたものにすることが必要である。そのためには、企業の従業員への分配を増やすこと、そして所得の増加だけでなく将来への不安を取り除く根本的な制度や仕組みの改革を政府が真剣に取り組むことが求められるのではないだろうか。

皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト

1981年大和証券に入社、企業アナリスト、エコノミスト、債券部トレーダー、大和投資顧問年金運用マネジャー、外資系投信投資顧問CIOを歴任。村上龍氏主宰のJMMで経済、金融について寄稿する一方、2001年独立して、大前研一主宰の一新塾にて政策立案を学び、政府へ政策提言を行う。現在、政治、経済、社会で起きる様々な危機について広く考える内閣府認証NPO法人日本危機管理学総研の設立に参加し、理事に就任。2015年より皇學館大学特別招聘教授として、経済政策、日本経済を講義。

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