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もうひとつのW杯CONIFAレポート。ジダン、ベンゼマ、ナスリのルーツ、カビリア人代表の現状

木村元彦ジャーナリスト ノンフィクションライター
ベルベル人の旗を振るカビリア代表サポーターたち。撮影木村元彦

 2年前にCONIFAワールドフットボールカップ第二回が行われたアブハジアでは、各参加チームの旗がメインスタジアムに翻った。クルドは多色旗、タミール・イーラムはスリランカからの分離独立を戦っていた解放のトラをモチーフにしたもの、北キプロスはアイデンティティーに近いトルコ国旗の赤白を反転された三日月と星というように、それぞれを象徴する旗を掲げた。在日コリアン代表のチーム(UKJ)は38度線の無い朝鮮半島の統一旗であった。今回の第三回大会も開会式会場には、参加16チームのシンボルフラッグが翻る予定であった。それが、急遽取りやめになった。理由は初出場のカビリア代表を取り巻く環境にあった。

 カビリアはアルジェリア北東部の山岳地域である。ここにはマジョリティであるアラブ人とは異なる文化を保ち、固有のタマジグト語を話すベルベル人が多く暮らしている。アラビア語を公用語とするアルジェリア政府の同化政策に抗って、自由化運動を繰り広げている。対してアルジェリア政府の弾圧はすさまじく、治安部隊などによる逮捕や虐殺が2000年代から続いていた。2001年4月には拘置中だった10代の青年マッシニッサ・ゲルムーが警官に射殺されている。ベルベル人、すなわちカビリア人は独自の旗を持っているが、これがアルジェリア国内では御法度となっている。今回、カビリア人がCONIFAに出場するとなると、開催地ロンドンへの出国を前に警官が選手に何度も任意同行を求め、詰問を繰り返したという。「お前たちはベルベルの旗を出しに行くのか?」こういった事態を配慮してCONIFAの事務局は、開会式には会場には旗を掲げず、選手入場時の行進に使用することのみに留めたというわけである。

 

 厳しい政治情勢の中、登場してきたカビリア代表であるが、それ故に注目度は高く、試合会場のラージスレーンスタジアムには在外の同胞たちがサポーターとして大挙して押しかけて来た。もちろん、旗をたくさん持って。アルジェリアから逃れ、ディアスポラとなり、国外で暮らすカビリア人たちである。イギリスはもちろん、ドイツ、フランス、遠くはカナダのコミュニティから駆けつけた家族もいた。フランクフルトから、ロンドンまで応援に来たというマフィームは、現在66歳。1978年から祖国を離れているが、CONIFAへの出場を聞きつけてドーバー海峡を渡って来た。「カビリアの民、ベルベル人の存在を世界に知らせるこんな機会を待っていた。アルジェリア政府からの迫害がいかに酷いか、知っているか?フランスから独立するために我々の祖先がどれだけ血を流したのか、アルジェリア人は忘れてしまっている」アルジェリアがフランスの植民地からの解放を求めて1954年に蜂起した独立戦争において、カビリア人は主要な戦力として活躍していた。ところが、解放後、現在はそのアルジェリアのコロニアルにされてしまっているという。「カビリア人はアルジェリア独立のために戦った。その代償が何であったか。支配者が変わったに過ぎないではないか」だから皮肉なことにかつての宗主国フランスに亡命するカビリア人も多い。(少し話がそれるが、ハリルホジッチはまさにこの宗主国からアルジェリアの代表監督になってW杯で結果を残した。反発もある中、コミュニケーション能力が無ければ出来る仕事ではない)

 マルセイユから二人の子どもを連れて応援に来たアレックスは、ベルベル人の旗について説明してくれた。「下地の青は海、黄色は太陽を表す。そしてその上にあしらわれているのが、オリーブの葉だ」

 マルセイユと言えば、ジダン。ふと思い立ってアレックスに聞いてみた。「ジダンはマルセイユ出身の英雄だけれど、アルジェリア人ということで素直に応援はできなかった」

 途端にアレックスの顔がほころんだ。「何を言っているんだ。ジダンこそカビリア人だ。俺らの誇りだよ」うかつだった。ジダンはアルジェリア系フランス人という認識はあったが、ヨーロッパの重層的な民族構造にまで頭が回らなかった。「カビリア出身の偉大なフランス代表選手はあと二人いる」と言われて調べてみると、カリム・ベンゼマ(レアル・マドリード)とサミル・ナスリ(元アンテルヤスポル)がそうであった。チャンピオンズリーグでゴールを決めたストライカーを3人も輩出しているとは、カビリア人恐るべし。

 残念ながら、今回のCONIFAの大会においては、先述した理由により、国内からの選手招集が困難になってしまったために、在外のアマチュア選手が中心となり、寄せ集め感は否めなかった。グループリーグの結果も西アルメニア、パンジャブ、UKJと並ぶD組で最下位。日本人の妻を持つイズヒルは悔しさを隠さずに言った。「アルジェリアにモブベヤヤというカビリア人のクラブがある。そこから選手を呼べたら、良かったのだが。次回大会には雪辱を晴らしたい」

 カビリアがCONIFAに向けて最強チームを構成できるか否か。それはアルジェリアの民主化のひとつの尺度と言えるだろう。

ジャーナリスト ノンフィクションライター

中央大学卒。代表作にサッカーと民族問題を巧みに織り交ぜたユーゴサッカー三部作。『誇り』、『悪者見参』、『オシムの言葉』。オシムの言葉は2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞、40万部のベストセラーとなった。他に『蹴る群れ』、『争うは本意ならねど』『徳は孤ならず』『橋を架ける者たち』など。

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