斎藤隆、中村紀洋、そして川崎宗則が今年も「招待選手」からメジャーを目指す
「スプリングトレーニングは希望の一語につきる」
これは、野球に関する名作が多い『ニューヨーカー』誌の元エディターのロジャー・エンジェルの言葉だ。全く同感で、ぼくは公式戦を見る以上にスプリングトレーニングが好きだ。実際には、多くの選手にとって厳しい生き残りを掛ける場なのだが、全ての選手や球団、ファンが夢を抱くことが許される季節でもある。この時期アリゾナ州フェニックスの空港からレンタカー会社の合同配車センターに向かう無料シャトルバスは、全米各地から訪れた贔屓球団のジャージを着たファンで一杯になる。バスの中では、見知らぬ者同士が「オレはシカゴから来たんだ」などと話が弾み、とても良い雰囲気だ。
メジャーリーグは今週からこのスプリングトレーニングに入る。ここでは、この時期よく耳にする「ノンロースター・インバイティー(non-roster invitee)」についてお話ししたい。
スプリングトレーニングに入る現時点では、各球団とも選手は60名前後の大所帯。これは、メジャー契約の40人ロースターと人数は各球団まちまちだが概ね20人のノンロースター・インバイティーに分かれる。そして、開幕の4月上旬までに25名まで絞り込まれまる。
ちなみにインバイティーとは「招かれた者」という意味なので日本のメディアにおいても「招待選手」と訳されることが多い。しかし、これだと国際マラソンなどで主催者から招待された大物選手と表現が被っており、あまり適切とは思えない。彼らの立場は「招かれた選手」というより「参加を許可された選手」で、意訳するなら「枠外参加選手」だ。
NPBのキャンプの多くが一軍組と二軍組に分かれて開催され、途中の入れ替えで競争をあおる「引っ張り上げる」タイプであるのとは異なり、メジャーの場合は大人数でスタートし半分以下まで「ふるいに掛ける」スタイルだ。日本のキャンプの厳しさはコーチのカミナリや地獄の?ノックに象徴されるが、メジャーの場合は「君の代わりはいくらでいる」と突き放される厳しさだ。それはそれで、限られたエリート集団だけで形成されるNPBと果てしなく広がる下部組織に支えられるMLB、それぞれの状況を反映していると言えるだろう。
日本人選手では、川崎宗則は今季もインバイティーからの生き残りに挑む。06年にドジャースのキャンプに参加しそこからオールスター選手まで登りつめた斎藤隆や、10年にメッツで10勝を挙げた高橋尚成などは、いずれもインバイティーから成功を勝ち取った例だ。
しかし、インバイティーからのメジャー昇格は大変厳しい。
05年にマイナー契約でドジャースのキャンプに参加した中村紀洋は、それなりの結果を出しながら開幕メジャーは成らず。すると「残った選手よりオレの方が結果を出した」と不満を露わにした。しかし、マイナー契約の彼を残すには、その枠を空けるため他のメジャー契約選手を事実上の戦力外にしなければならない。これが契約上は同じ支配下選手で単に調子の良し悪しで一二軍の入れ替えが煩雑に行われるNPBとの決定的な違いだ。中村はその時点でこの事情を認識していなかったと思われる。本人も不勉強だが、「マイナー契約で渡米するとはどういうことか」ということを彼にしっかりインプットできなかった彼の代理人も怠慢だったと思う。中村は開幕直後に故障者の穴埋めで昇格したが5月には降格。3Aでは101試合で22本塁打と最低限以上の結果を出しながら、再昇格の機会は二度と廻ってこなかった。春先のいきさつで首脳陣への心証を悪くしたことも影響したかもしれない。閉幕後中村はこう語った。「罰ゲームが終わった」。これは、本人にとっても球団にとっても不幸なことだった。
また、2014年の松坂大輔(メッツ)はこのスプリングトレーニングでチーム内No1の23.2回を投げ、イニング数を上回る奪三振25、K/BB(奪三振と与四球の比率)6.25という素晴らしい結果を残したが、それでも開幕ロースター入りは成らなかった。これも、彼がメジャー契約の40人枠に入っていないインバイティーだったためだ。この時は、メジャー固有のこの事情を良く理解していない一部の日本メディアが3月頭の時点で早くも「昇格&開幕ローテ決定的」と報じていた。
このように、インバイティーからの生き残りはとても厳しいのだけれど、それゆえ前述の斎藤や高橋のサクセスストーリーは輝いている。日本でも同様の制度があれば、松中信彦あたりも少なくともテストの俎上には上がることができただろうに、とも思う。