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500人死亡? ガザの病院攻撃「イスラエル空爆の線」薄まるも地域の緊張高まる

木村正人在英国際ジャーナリスト
爆発が起き、約500人が死亡したとされるガザのアル・アフリ・アラブ病院(写真:ロイター/アフロ)

■ハマスは民間施設の隣接地域からロケット弾発射

[ロンドン発]パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム武装組織ハマスの奇襲で火を吹いたイスラエル・ハマス戦争で17日夜、ガザ市のアル・アフリ・アラブ病院で爆発が起き、約500人が死亡したとされる。ガザ保健当局は「イスラエル軍の空爆」と非難し、イスラエル国防軍は武装組織パレスチナ・イスラム聖戦がロケット弾発射に失敗したと発表した。

ハマスやパレスチナ・イスラム聖戦のロケット弾の軌道と病院(イスラエル国防軍発表)
ハマスやパレスチナ・イスラム聖戦のロケット弾の軌道と病院(イスラエル国防軍発表)

イスラエル国防軍のダニエル・ハガリ報道官によると、17日午後6時15分、ハマスがイスラエルに向けロケット弾を発射。同6時59分、“弟分”のパレスチナ・イスラム聖戦が近くの墓地から約10発のロケット弾を発射し、アル・アフリ・アラブ病院で爆発が起きた。誤爆したのはパレスチナ・イスラム聖戦のロケット弾だと話すハマスの会話を傍受した。

映像分析の結果、ロケット弾の病院への直撃はなく、被害を受けたのは病院の外の駐車場だけだった。近隣の建物にも構造的な損傷はなく、空爆による被害とは性質が異なる。ロケット弾の飛翔時間が短かったため、推進燃料の大部分が残っていた。ロケット弾発射が失敗し、病院の敷地内に落下する様子を映した証拠のビデオも2本あるという。

ハガリ報道官は「この戦争でガザに落下したハマスやパレスチナ・イスラム聖戦のロケット弾は約450発。イスラエルに対する疑惑(テロリストによる虚偽で根拠のない疑惑)がいかに広がり、地域の緊張を煽るかを示している」と“無実”を訴えた。ハマスがロケット弾を発射するのは病院、モスク、レストラン、ホテルなど民間施設の隣接地域からだ。

ハマスやパレスチナ・イスラム聖戦のガザでの誤爆(イスラエル国防軍の発表資料)
ハマスやパレスチナ・イスラム聖戦のガザでの誤爆(イスラエル国防軍の発表資料)

■着弾点の状況はイスラエルの空爆と一致しない

オープンソース・インテリジェンスを使ってこれまで何度もロシアの嘘を見破ってきた市民監視団体「ベリングキャット」は映像や画像を分析した結果、着弾点を特定。病院駐車場で撮影された画像では車両に広範囲の損傷が見られ、屋根の上にひっくり返った車両もあった。近くの車両にも大きな損傷が見られた。

着弾点の片側には円錐状の傷跡と穴があり、ここで弾薬が爆発したことが分かる。この着弾点の状況はイスラエル空軍が空爆に使用する重量500ポンド(約227キログラム)、1000ポンド(約454キログラム)、2000ポンド(約907キログラム)の統合直接攻撃弾(JDAM)とは一致しないという。

動画を総合すると爆発当時、着弾点の周辺で休んでいたり、寝ていたりしていた人々がいた可能性が高い。別の市民監視グループ「オシントテクニカル」はX(旧ツイッター)に「犠牲者についてだが、おそらく30~50人の国内避難民が病院駐車場のそばに避難していたことが確認できた。彼らは爆風による最悪の被害を受け、焼けただれたとみられる」と投稿。

着弾点の大きさはタテヨコ約1メートル、深さ30センチ。オランダの平和団体「PAX プロテクション・オブ・シビリアンズ」のマーク・ガラスコ軍事アドバイザーもXで「病院を攻撃したものが何であれ、空爆ではない。最も小さなJDAMでも3メートルのクレーターが残る。広範な表面損傷とクレーターの欠如は空爆とは矛盾する」と指摘した。

■イスラエルは6日間で6000発の爆弾を使用

イスラエル側は戦争が始まってから6日間で6000発の爆弾を使用したとされる。英紙ガーディアンによると、米国がアフガニスタンでの作戦で1年間に使用した爆弾よりも多く、米国主導の有志連合がイラクとシリアで過激派組織「イスラム国(IS)」に対して1カ月間に使用した量の2倍だという。

しかし2003年のイラク戦争で重要標的を攻撃する米国防総省の責任者だったガラスコ氏はガーディアン紙に病院攻撃について「犠牲者数は天文学的に多い。もし本当なら史上最高の数字だ」との疑念を示し「着弾点の状況は空爆とは一致せず、失敗して広範囲に放出された兵器の可能性が高い。地面に開いた穴は運動エネルギーによるものだ」と指摘している。

一方、イスラエルを訪問したジョー・バイデン米大統領はイスラエルとの連帯を世界に示すことを誓い、病院攻撃について「私が見たところではあなた方(イスラエル国防軍)ではなく、他のチームがやったように見える。しかし確信が持てない人々が大勢いる。だからわれわれは多くのことを克服しなければならない」と述べた。

病院攻撃でヨルダン政府が紛争に関する緊急首脳会議をキャンセルしたため、バイデン氏はヨルダン訪問を取りやめた。パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長も出席を辞退していた。病院攻撃とは別にガザに対するイスラエル軍の攻撃で約2800人のパレスチナ人が死亡し、さらに1200人が瓦礫の下に埋もれ、生死をさまよっているとみられている。

■ガザ封鎖で高まる人道的危機

イスラエルによるガザ完全封鎖で人道的危機が高まっている。バイデン氏はガザとヨルダン川西岸のパレスチナ人に1億ドルの人道支援を行なうと発表した。100万人以上の避難民や紛争の影響を受けた人々に対して清潔な水、食料、衛生面のサポート、医療、その他必要不可欠なニーズに応えるという。

ワシントンに戻る機中、バイデン氏はエジプトのアブデルファタハ・シシ大統領と電話会談し、ガザと接する国境を開き人道支援物資を積んだトラック20台までの通行を許可することで合意した。バイデン氏にとってはパレスチナ人を支援しながら、ハマスをたたくイスラエルの地上侵攻を制御するという綱渡りが続く。

一歩間違えばイスラエル・ハマス戦争は中東全域に広がる危険性がある。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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