「ママごめん。私は死ぬ。息ができない」英国の冷凍コンテナ死 密航者39人のうち6人はベトナム人か
26歳のベトナム人女性が残したダイイング・メッセージ
[ロンドン発]英テムズ川河口のパーフリート港近くの工業団地で23日未明、トレーラーの冷凍コンテナから中国人密航者とみられる39人の遺体が見つかった事件で、少なくとも6人はベトナムからの密航者だった可能性が出てきています。
2016年に設立されたベトナムの人権団体HRSの関係者がこうツイートしています。
「“ママ、ごめんなさい。私の海外渡航は失敗する。ママをとても愛しているわ。私は死んでいく。息ができないから。私はベトナム中北部ハティン省カンロックを出発した。ごめんなさい、ママ”。26歳の女の子から発信された最後のテキストが、娘があの39人の中にいると家族を心配させている」
「テキストは10月22日午後10時半(英国時間)に送られた。ファン・チー・チャー・ミー(Pham Thi Tra My)は中国に渡り、フランス経由で英イングランドに行くことを計画していたと彼女の家族は私に語った。家族は39人の中に彼女が含まれているか確かめたがっているから助けてあげて」
「39人はすべて中国人だと報道されているが、チャー・ミーの家族は彼女がその中にいるのか確かめようとしている。最期を知らせる彼女からの死のテキストはタイミングがピッタリだからだ。私たちに提供された情報では冷凍コンテナの中に他にもベトナム人が乗っていた恐れが膨らんでいる」
死のテキストが送られてきたのはコンテナがベルギー・ゼーブルッヘ港を出発してテムズ川河口近くのパーフリート港に到着するちょうど2時間前でした。
英国への密航費用は418万円
エセックス警察の発表によると、これまでに殺人や過失致死、人身売買の容疑で逮捕されたのは次の4人です。
(1)北アイルランド出身のトレーラー運転手(25)=殺人容疑
(2)イングランド北西部ウォリントン出身の男(38)をチェシャーで逮捕=過失致死と人身売買容疑
(3)イングランド北西部ウォリントン出身の女(38)をチェシャーで逮捕=過失致死と人身売買容疑
(4)北アイルランドの男(48)をロンドン・スタンステッド空港で逮捕=過失致死と人身売買容疑
英BBC放送によると、チャー・ミーさんの兄弟は、彼女を英国に密入国させるために3万ポンド(約418万円)を密航業者に支払い、最後に連絡のあった場所はベルギーだったと話しています。密航業者は密入国が失敗に終わったため、一部の家族に返金しているそうです。
チャー・ミーさんの兄弟は次のようにBBCに話しています。「チャー・ミーは10月3日ベトナムから中国に飛び、2~3日過ごした。そしてフランスに向かった。同月19日にも英国に密入国しようとしたが、捕まって送り返された。彼女は目的地に着くたびに連絡してきた」
「チャー・ミーからの連絡は同月23日を最後に途絶えた。私たちは彼女がトレーラーの中にいたのではと心配している。彼女(の遺体)が帰国できるよう英国の警察に協力を申し出ている」
冷凍コンテナのドア内側に血まみれの手形
一方、20歳のニン・ジン・ルアンさんの家族も彼が39人の中に含まれていることを恐れています。19歳の女性の兄弟は「10月22日午前6時20分にコンテナに乗り込むため、携帯電話の電源を切ると話していた」とBBCに証言しています。
英大衆紙デーリー・ミラーによると、冷凍コンテナのドアが開かれた時、関係者は何十もの死体が積み重なっているのを見てショックを受けました。ドアの内側には血まみれの手形が付いていたそうです。
エセックス警察によると、39人のうち31人が男性で、8人が女性。コンテナはゼーブルッヘ港で輸送船に積み込まれ、パーフリート港に到着。運転手は10月23日午前零時半にコンテナをピックアップして午前1時5分にパーフリート港を出発。
運転手が近くの工業団地でトレーラーを止めてコンテナの中を確認したところ39人が死んでいたため、緊急通報しました。
プロテスタント系慈善団体・英救世軍の最新報告書「『現代の奴隷』被害者の支援」によると、英国で救世軍に助けを求めてきた「現代の奴隷」被害者は2018年7月から今年6月までで欧州連合(EU)非加盟のアルバニア人が最も多く535人(うち女性が468人)、次がベトナム人の209人(同55人)。3位は中国人の148人(同79人)でした。
中国もベトナムも共産主義の看板を掲げています。その一方で中国は門戸開放政策を、ベトナムもドイモイ政策をとり、国家資本主義による目覚ましい成長を遂げてきました。
英国で暮らす中国生まれの人口は2001年の5万1078人から15年には18万2628人に増加、ベトナム生まれの人口は2万3347人から3万2429人に増えたとみられています。しかし二世、三世や不法滞在者と加えると実際の数はもっと多いのは間違いありません。
最近、ロンドンで見かける中国人と言えば富裕層の子女がほとんどで、2000年代前半に暗躍した中国福建省を拠点とする密航を斡旋する犯罪組織「蛇頭(じゃとう)」や中国人の密入国、不法就労はもはや過去の話と思い込んでいました。
密航の背景にある貧富の格差
しかし中国が高度成長を遂げた裏側で貧富の格差は一気に広がりました。国際通貨基金(IMF)のソナリ・ジャイン=チャンドラ氏はこう指摘します。
「中国は20年以上にわたる壮大な経済成長により、収入が劇的に増え、何百万人もの人が貧困から抜け出した。しかし、すべての階層に等しく恩恵がもたらされたわけではない。中国は1990年の普通の不平等な国から、世界で最も不平等な国の1つになった」
「所得の不平等を示すジニ係数(ゼロに近づくほど完全な平等に近づく)は1990年から15ポイント上昇して2015年には50になった。成長とともに不平等の増加が予想されていたとしても15ポイントの上昇は大きな変化だ」
「教育格差は不平等の重要な要因の1つだ。急速な技術変化と工業化により高度なスキルを持つ労働者の需要、ひいては収入は増える。もう一つの大きな要因は都市部と農村部の収入格差だ。学歴は農村部で低く、中国の戸籍制度は賃金の高い都市部への移住を制限している」
ベトナムも同じような問題を抱えています。貧困問題に取り組む国際協力団体オックスファムはベトナムの格差についてこう指摘しています。
「ベトナムでは貧困問題は大幅に解消されたが、格差拡大がこれからの発展を脅かしている。 たった210人の超富裕層が1年で320万人を貧困から救い出し、ベトナムの極度の貧困を終わらせるのに十分な収入を得ている。 経済格差は、発言と機会の不平等によって強化されている」
「何百万という少数民族、小規模な農家、移民、不法労働者、女性は貧しいままであり、公的サービスや政治の意思決定から除外される恐れが強い」
中国やベトナムが貧富の格差を解消する税制や教育、公共サービス、労働者や市民の権利保護を強化しなければ、今回のような悲劇はなくならないでしょう。英国では飛行機の車輪格納部に隠れて密入国しようとしたアフリカの密航者が空から落下して死亡する事件も時々起きています。
(おわり)