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「働き方改革」一括法案への向き合い方・その1~高度プロ導入阻止のための4箇条~

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)
職場で高プロ導入を阻止し、追い詰められる労働者を救いましょう(ペイレスイメージズ/アフロ)

働き方改革一括法案への向き合い方

 労働団体がこぞって反対していた高度プロフェッショナル制度を含む「働き方改革一括法案」が成立してしまいました。

 この法案は、たとえるならば、猛毒入りの「毒まんじゅう」でした。この猛毒部分とは、言うまでもなく、高度プロフェッショナル制度(高プロ制度)です(詳しくは、既に本当は存在しない「高度プロフェッショナル制度」~欺瞞性を曝く~などで書きました)。

 とはいえ、成立を嘆いてばかりいても仕方がありません。

 何よりも、実は、高プロは職場レベルの対応によって導入を阻止できる制度です。導入阻止に向けて、来年4月の施行に向けて、やるべき課題は山積みです。

 また、私の目からみれば、一括法案には活用余地のある制度も沢山あります。これら制度について、労働側でも法案の中身をきちんと勉強して、積極的に活用していくことが必要でしょう。

 何となく「雰囲気で全部悪法でしょ」という対応は、労働団体の取り組みとしてあまりに惜しいことです(この点は、「その2」以降でまた書こうと思いますので、乞うご期待)。

 今回は、主に労働組合など労働団体の皆さんを対象に、働き方改革一括法案への向き合い方のうち、高プロ分野についての課題を4箇条に整理してみました。

 なお、成立した高プロについて、すでに佐々木亮弁護士がわかりやすい解説(高プロは「導入しない・させない・同意しない」)を執筆されていますので、そちらもご覧ください。

職場単位の高プロ導入阻止へ取り組もう!

 一括法案の猛毒部分・高プロは、ざっくり言えば一定の高年収者に対して、残業代・休憩など全ての労働時間規制を取り払い、長時間労働を加速させる制度です。これは、安倍政権が「働き方改革」の看板で掲げた長時間労働是正と真っ向から矛盾する制度です。

 労働団体は、法案が成立してしまい、何となく意気消沈した雰囲気ですが、諦めるのはまだまだ早いです。なぜなら、高プロは、法律が成立しても自動的に職場に導入されるわけではないからです。

 ですから、高プロを職場に導入を阻止するため、労働団体にはやるべき課題が沢山あり職場への導入阻止は机上の空論ではないのです。

第一条:労使委員会で食い止めよう!

労働組合があれば阻止は簡単

 高プロを職場単位での拡大防止のため、一番簡易で効果的な対策とは、労使委員会で阻止することです。これに尽きます。

 高プロ導入には、要件として、労使委員会の委員5分の4以上の多数決による厳格な決定が求められています。職場に過半数代表をとる労働組合があれば、事業場の労働者を代表する立場で労働側の委員が委員会に参加できるはずです。そこで高プロ導入を否決すれば、導入を入り口で阻止できるのです。

 万が一にも、一高プロ導入を他人事として無批判に受け入れる労働組合があれば、残念ですが「ブラック労働組合」と批判されてもやむを得ないでしょう。

労働組合なら本当に阻止は容易か・・・

 とはいえ、使用者から高プロ導入を提案されたとき、労働組合が導入を阻止するのは、簡単ではないでしょう。

 当初、高プロの適用対象とされる労働者は、年収要件の存在も考慮すれば、おそらく現在も管理監督者や企画業務型裁量労働制の対象者として、現実に残業代ゼロで働く労働者となるでしょう。これら労働者の中には、本当は違法な状態で高プロ導入と同じ状態で無放置に働かされ放題だった労働者(典型は「名ばかり管理職」)も多く、違法状態の合法化として高プロが用いられます(企業の残業代訴訟リスクの回避)。

 そして、対象者のほとんどは、現在労働組合の加入対象からは外れている方でしょう。

 そんなこともあり、労働組合も、現在の組合員の労働条件維持には直接関係がないとして、高プロ導入に対して無関心となりかねないのです。同じ職場の仲間の問題として、労働組合が受け止めて行動できるかが、厳しく問われます(派遣など非正規労働者への対応と類似する問題)。

 いったん職場で高プロが導入されたら、使用者による働かせ放題を許す職場風土を醸成していきます。同じ職場に、働かされ放題の労働者、とりわけ職場で指導的地位にいたり影響力のある労働者の長時間労働が放置されたら、対象外労働者も対岸の火事では済まされません本当は違法状態であったのと、合法化されてしまうのでは、重みも違います

「上司が遅くまで残業しているから、仕事が終わっていても早く帰りにくい」などという職場風土が残る日本社会の現実ですから。

 高プロ導入は、今でも残業代ゼロで働いている労働者の現状追認的な側面もありますが、それだけでは済まされないリスクを、労働組合が自覚することが求められます。

労働組合のない職場

 労働組合がない職場では、労使委員会での決議が、使用者の事実上の影響下で、形式的なものとなる可能性も高いでしょう。

 そのような職場に対しては、後に述べる社会への啓発を今後も拡げていき、労働市場で「高プロ導入企業は、長時間労働が蔓延する『ブラック企業』だ」という社会的評価を確立させることは重要になってきます。

少数派の労働組合の課題

 少数派の労働組合であっても、高プロ導入阻止に向けてやるべき課題は沢山あります。

 使用者に導入阻止を訴えることで(当該労働者が適用対象者ではなくても、団体交渉事項になります)、労使委員会へ強い影響を与えることも可能ですし、職場内外に向け高プロ制度の危険性を啓発する取り組みも可能です。 

第二条:労働者本人が拒否ができる環境を作ろう!

 高プロは、労働者本人が同意しなければ導入できない制度です。

 そのため、高プロ制度の危険性を今後も啓発し、危険性をよく知らない労働者が安易に同意しないようにすることは重要です。

 また、本人が真に同意しているかをチェックするという視点も重要ではありますが、これに囚われるべきでもありません。

 なぜなら、高プロ対象労働者が使用者と対等な交渉力をもっているはずもなく、同意を拒否した後の報復的対応(職場でのキャリア形成、賃金査定の引き下げ、配置転換など)を恐れ、拒否などできないのが現実だからです。本人同意の要件は、導入によるリスク回避には基本的に役には立たないという理解で臨むべきでしょう。

 だからこそ、本人同意に委ねず、一律に上記労使委員会で否決することが重要となってくるのです。

 労使委員会において、特に労働側は、「本人が希望しているから」などと安易な本人意思尊重で導入を許してはいけません。

 本人がやり甲斐をもって働いていても過労死など長時間労働による労災事故は多数発生しているし、何よりも一部でも長時間労働が「合法化」された労働者を受け入れたら、職場の長時間労働に対する風土が侵食されるリスクを想起すべきです。

第三条:社会への働きかけ

 政府・経済界が高プロ導入を画策した狙いは「企業がホワイトカラー労働者への残業代支払いを免れること」でした。

 ですが、その本音は隠され、「働いた時間ではなく成果で評価する」など誤った制度説明が喧伝され(メディアでそのデマが拡散され)、高プロの本題の姿が周知されないまま成立してしまったのが現状です。

 そんなデマに惑わされず、高プロの危険性を周知する取り組みは、高プロの職場への拡大を防ぐ取り組みでも重要になってきます。

 労働市場で「高プロ導入企業は、長時間労働が蔓延する『ブラック企業』だ」という社会的評価を確立させることで、社会全体で使用者に高プロを導入させない包囲網を敷くことも可能になります。

 その上で重要なのは、労働界を挙げて高プロ導入企業を可視化させることです。導入企業を可視化させることで、労働市場を通じた職場単位での導入阻止も実効性がでてきます。

第四条:導入時の重要チェック項目

対象業務

 対象業務について、労基法の条文は「高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるものとして厚生労働省令で定める業務」とのみ規定しています。

 ですが、法律を作る前段階(建議段階)では、金融商品の開発業務、アナリストの業務、コンサルタントの業務などが挙げられていました。具体的な要件が省令に委ねられ、今後労政審で省令制定に向けた議論が進められますが、その段階で、曖昧な規定を許さず対象業務を明確に限定することが、脱法的適用を許さないために重要です。

 そして、職場単位でも、定められた要件を充足している労働者にのみ適用しているのか、労使委員会などでチェックしていくことが、導入を阻止する上で重要です。

 仮に法令上許される業務であっても、仕事を拒否できない、長時間労働の危険性が高い職種である場合には、労使委員会で導入を取り消させるような取り組みが求められます。

年収要件

 年収要件について、労基法の条文には、「労働契約により使用者から支払われると見込まれる賃金の額を一年間あたりの賃金の額に換算した額が基準年間平均給与額(・・略・・)の三倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上であること」とされ、基本的に省令に委ねられています。

 ここで注意すべきは、世間で周知されていた年収1075万円という数値は、労基法自体に明記されていない(省令に委ねられている)という点でしょう。

 法案を作る前段階(建議の段階)では、労基法14条に基づく告示の内容(1075万円)を参考に法律成立後に改めて審議会で検討し省令を定めるとされていたのであり、少なくとも1075万円という数値設定を省令で明記させることが重要になってきます。

 また、年収要件が労働契約で支払われる「見込まれる賃金」であればよい(実際の支払の有無を問わない)点も要警戒です。実際に支払われない形だけの年収要件を餌に、高プロが利用されかねないのです。この点も省令での濫用的な利用の歯止め策が必要になってきます。

 実際に「見込まれる」賃金だけで、労使委員会で年収要件を算定して決定されたら大問題です。見込みの年収を現実に使用者に支払ってもらいたいと考える労働者が使用者に対して抵抗する力を奪われ、使用者に対して仕事を拒否できず、長時間労働を押しつけられるリスクもあります。

 こういった現実の運用の危険性を踏まえて、労働者が高プロ適用後に業務を拒否できるような省令の規定も不可欠ですが(参議院附帯決議二一箇所に明記)、労使委員会段階で慎重に検討されねばなりません。

健康管理時間

 労基法の条文には、高プロ対象者に対して、対象労働者の健康管理を行うために労働者が事業場内にいた時間の把握が要求されています。また、参議院附帯決議では客観的な方法による把握が原則であるとされ、適正な管理、記録、保存や開示手続きなどが指針などで明示され、労働基準監督署が健康確保措置の確実な実施に向けた監督指導を適切に行うことが求められています。

 この健康管理時間を利用して、適切に労働時間を把握すること、また適切に労働時間を把握できないような高プロ導入を事後的にでも拒否させる取り組みが必要です。

 万が一高プロが導入されてしまっても、健康管理時間が適切に把握されていれば、事後的にでも長時間労働をみつけ、撤回させる取り組みにつなげることができます

まとめ

 このように、高プロが、成立してしまっても、労働側にはまだまだやるべきことは沢山あります。

 頑張りましょう!!

*追記 2018/07/29 9:20 誤記訂正しました。

*追記 2018/07/30 18:29 誤記訂正しました

弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

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