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中国株価暴落、政府介入と1億人の股民(グーミン)(個人投資家)

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

中国の株価暴落に対して、それを食い止めようと中国政府が動いた。股民(グーミン)と呼ばれている1億人に上る中国の個人投資家(今は投機家)と中国政府の介入の仕方および中国株式市場の基本構造を分析する。

◆股民(グーミン)の実態

中国の株式市場の歴史は1920年代にさかのぼるが、1949年の中華人民共和国(新中国)の誕生とともに消失した。再開したのは改革開放後の80年代になってからなので、歴史が浅い。管理する側も、また株を買う側も成熟してないのが現実だ。

中国にはいま、約1億人とされる個人投資家がおり、この人たちを「股民(グーミン)」と呼ぶ。中国語で「株」のことを「股票(グー・ピャオ)」と称するので、「股票をあつかう民」という意味で「グーミン」と言うのである。

日本だと株の取引をやっている人は、一定程度の金持ちかというイメージを抱くが、中国ではまったくそうではない。ふつうの「オジサン」あるいはふつうの「オバサン」もいれば、「オジイサン」や「オバアサン」もおり、子供だっている。

感覚的に言えば宝くじを買うようなもので、当たれば一気に大金持ちになるので、宝くじの圏を買うのと同じくらいの感覚で株を買う。

貯金をする人はあまりいなくて、老若男女、誰でもが「大きく化けるかもしれない“夢”」を買うのである。化けて大儲けをするときもあれば、はずれて大損をするときもあろう。そういうリスクがついてまとうのが株だ。だから日本人はあまり手を出さない。しかし中国人は、そのリスクのことは忘れて、「化ける夢」だけを求めて株を買っては金を回し続けている。

それは一種のギャンブルのようなもので、どこか特定の会社の成長を長期的視点で見込んで、それを育てるために株を買うなどという気持は、ほとんどない。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」で「投機的」に買うのが、グーミンの大多数だ。

ただグーミンが得をしているかと言うと、そうではない。90%のグーミンが損をしている。それでも10%、すなわち1000万人が得をしていれば、爆買いに来る者も、中には現れるだろう。

◆グーミンと中国株式市場および中国政府との関係

それでは中国の株式市場を庶民の目から見たときの、グーミンと中国政府との関係を見てみよう。 2015年3月の「理財週刊」が出した統計によれば、株取引に参加している者の構造は以下のようになっている。金額は人民元なので、日本円に換算するには、約20倍するといい。

市場参画者     現金収入(億)   現金支出(億)

国有企業      40000      6400

民営企業      10000      1600

中国政府       6000

各種基金       5000     15000

証券会社・投資信託  4000

個人投資家      5000     80000

ご覧のように最も得をしているのは国有企業で、最も損をしているのは個人投資家である。個人投資家がどの株をどれくらい買い、どの株をどれくらい売るかに関しては、政府はいっさい関与することはできない。これは個人の自由で、まさに市場原理が働く。

ところが、この個人投資家以外は、基本、何らかの形で中国政府が関与しており、特に国有企業などは中国政府の財政部そのものである。したがって、中国政府は国有企業に対して「株を売るな」とか「もっと資本を投入しろ」とか「自社株を買え」といった指示を出すことができる。

今般、上海株価の暴落により、中国政府は多くの指示を出して下支えをし、暴落を食い止めようとした。まず中国人民銀行が利下げを続けただけでなく、全国社会保障基金という、年金や医療保険、失業保険、出産保育保険などの社会保険をあつかう基金が、30%までを限度として株式市場に投資することを許した。と言うより、投資するよう命じた。また証券大手21社の資金投入、そして国有企業には株を売ることを禁止し、株価が実際の価値より低い場合には追加購入をして株価の安定に努めるよう「命令を出している」。

こういったことが可能なのは、国有企業を管理している主たる中央行政省庁は財政部であり、中国には一党支配があるからである。

だからあの手この手で「下支え」をすることが可能だ。

◆当局が怖れているのは何か?

当局が怖れているものの中には、もちろん一般投資家であるグーミンが証券監督管理委員会など、株市場を管理しているはずの組織に対して不満を爆発させることがある。しかし、それよりも恐れているのは、上海株の暴落により中国経済そのものが減衰することである。

グーミンは、「中国政府が強制して」株の売買を行っているわけではない。ただ、信用取引といって、金融機関から融資を受けて株を購入するグーミンに対して、金融機関は「この株は安心ですよ」と言っているだろう。それが「安心ではない」ではないかという不満は出てくることはあり得る。

ただ、人権問題や言論の自由などの「正義」のための抗議でない場合、なかなかその抗議が政府を倒すほどの全人民の同情を得ることはできない。

特に全人民の頼りとしている社会保障費を、たとえ30%とはいえ、グーミンのために注ぐことに、株と関係していない人民は大きな不満を抱くだろう。だから、グーミンは、今の状況で「政府の扱いは不当だ」と叫んで暴動を起こすことは、なかなかできないのである。

◆それでも株に走る精神性――向銭看(シャンチェンカン)!(銭に向かって走れ!)

このようなリスクを抱えながらでも、グーミンを株に駆り立てる精神性は何だろうか?

それは「向銭看」という、とめようもない「銭(ぜに)への執念」である。

中華人民共和国が誕生したとき、政府は人民に「向前看(シャンチェンカン)!」(前に向かって進め!)と叫ばせた。筆者はまだ小学生だったが、毎日「革命に向かい、前進せよ!」と教えられたものだ。

金儲けをすることなど、反革命分子として批判され、逮捕され、投獄された。

それが改革開放により、解禁となったのだ。

むしろ、「金儲けをする人こそ革命的である」とそそのかされるようになった。

最初のうち、人民は自嘲的に「向銭看」なのかと、「前(チェン)」と「銭(チェン)」の文字が同じ発音であることをもじって、本当に投獄されないのだろうかと怖気づいていた。

ところが、誰も彼もがビジネスチャンスをつかんでは新富人になっていく。それなら自分もと、誰もが銭に向かって突進し始めたのだ。あれから30数年。これはすでに大陸の中華民族の精神性とさえなっている。

結果、「いかなるリスクがあろうとも、株に向かって進め!」となってしまったのである。このはち切れんばかりの(無鉄砲な?)エネルギーを理解しない限り、中国を真に理解することはできない。

信用取引の金額は44兆円に達している。これはグーミンのエネルギーであり、そのエネルギーを支えているのは「向銭看」だ。これが一党支配と対立する概念ではなく、一党支配であるがゆえにこそ、強引にグーミンを保護することができるのだとすれば、グーミンが、彼らに都合のいい一党支配体制を打倒しようと思うだろうか?

そこまでの分別なく、株を買いあさっているのだろうか?

今般の上海株暴落が中国の経済破綻や中国の崩壊につながるだろうと「期待?」するのは、次期尚早かもしれない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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