行動ターゲティング広告は、メディアに4%の増収しかもたらさない
クッキーを使った行動ターゲティング広告はメディアに4%の増収しかもたらさない――。
ネット広告のビジネスをめぐって、ミネソタ大学などの研究チームによる、そんな研究結果が明らかにされた。
クッキーは、ユーザーの閲覧履歴の把握などのためにブラウザに送り込まれるデータファイル。そのデータをもとに、ユーザーの関心に合った広告(行動ターゲティング広告)を配信することができる。
クッキーを使った行動ターゲティング広告は、絞り込まれた見込み顧客にアピールできるとして、より高い広告料で取引され、広告を掲載するメディアにとっても、より多くの広告収入が見込まれている。
だが、今回明らかにされた研究結果によると、クッキーの使用によるメディアの増収は4%、1広告あたり0.00008ドル(0.01円)でしかなかった、という。
欧州連合(EU)の一般データ保護規則(GDPR)施行や、米国カリフォルニア州の消費者プライバシー法成立など、ネット上のプライバシー保護強化が広がりを見せている。
その中で、クッキーの利用はユーザーのプライバシーを侵害する懸念があるとして、ブラウザを提供するグーグルやアップルなどは規制強化の取り組みを進める。
今回の研究結果は、メディアにとってクッキーの使用(行動ターゲティング広告)が、プライバシーリスクへのコストを上回る価値があるのか、という疑問を投げかける。
●数百万件のネット広告取引を分析
今回の研究を行ったのはミネソタ大学、カリフォルニア大学アーバイン校、カーネギーメロン大学のチーム。「ネット追跡とメディアの収入:実証的分析」と題した研究結果は、6月4日にボストンで開かれる「情報セキュリティ・エコノミクス・ワークショップ(WEIS)」で発表される。
研究チームは、傘下に多くのメディアを抱える大手メディア企業から、2016年5月の1週間分、数百万件に及ぶネット広告取引の実データの提供を受けた。メディア企業の実名は明らかにしていない。
データに含まれる広告主の数は3800で、内訳は小売り(35%)、情報(15%)、金融(11%)など。
データはこの企業の60に及ぶウェブサイトを網羅。ニュースサイト(19%)、ライフスタイル・デザイン(40%)、高級ファッション(13%)、エンターテイメント(6%)などの構成だ。
1日あたりのページビューは、エンターテイメントが最も多く260万で、ニュースの220万、高級ファッションと若い女性向けの140万、ライフスタイル・デザインの120万と続く。
データには、各メディアでの広告取引の日時、ユーザー情報、広告のタイプ、表示されたページのURLなどの詳細なデータが含まれていたという。
クッキーを使った広告表示は全体の91%。CPM(広告表示1000回あたりのコスト)の全体の平均は1.14ドルで、クッキーを使った行動ターゲティング広告の平均は1.18ドル、クッキー不使用の広告の平均は0.74ドルだった。
研究チームはこのサンプルデータをもとに解析(拡張逆確率重みづけ[AIPW])を行い、クッキーを使った行動ターゲティング広告の配信と、クッキーを使わなかった(行動ターゲティングではない)広告配信の場合に、メディアにもたらされる広告収入の推計値を比較した。
すると、クッキーを使った場合は行動ターゲティング広告による増収の割合は4%、1広告あたりに換算すると0.00008ドルだった、という。
●メディアにとってのクッキーと「アドテク税」
クッキーを使った行動ターゲティング広告については、連邦取引委員会(FTC)消費者保護局長も務めたジョージ・ワシントン大学教授、ハワード・ビールス氏による2009年の研究がある。
それによると、広告主は行動ターゲティング広告に対して、行動ターゲティングなしの広告に比べて平均2.68倍の広告料を支払っていた。
だが、行動ターゲティングによる広告単価の上昇分が、広告を掲載するメディアの収入に反映されているか――そんなメディア視点での実証研究はこれまで行われてこなかった、という。
今回の研究で対象となっているネット広告は、リアルタイム・ビッディング(RTB)と呼ばれる広告の自動取引(プログラマティック取引)によるものだ。広告の売り手と買い手がシステム上で高速の機械取引を行う。
そして、このプログラマティック取引をめぐっては、広告掲載の主体であるはずのメディアの収入割合の少なさを指摘する声が、以前から上がっていた。
2016年には英ガーディアンが、広告主がプログラマティック取引で自社の広告枠に支払われる料金を追跡検証したところ、実際に同社の収入となるのはわずか30%だった、と指摘。
また調査会社「WARC」が2018年3月に発表したデータでは、2017年の世界のプログラマティック広告取引は634億ドル(約7兆円)。このうち、メディアの収入は30%前後だったとしている。
そして、その大半を占めるのが「アドテク税」とも呼ばれる、プログラマティック広告取引を担うプラットフォーム業者の取り分で、合わせて55%に及んでいた。
また、そもそもネット広告費の6割は、グーグルとフェイスブックという大手2社で支配する状態が続いている。
●クッキー規制の潮流
行動ターゲティング広告で使われるクッキーへの規制の動きも強まっている。
グーグルは5月7日、開発者会議で同社のブラウザ「クローム」でのクッキーの規制強化を発表した。
他社も、すでにクッキー規制を打ち出している。
これまでも相次いで自社ブラウザ「サファリ」でのクッキー規制を表明してきたアップルは5月22日、さらにユーザーの行動追跡を制限する機能を新たに発表した。
背景には、2018年5月に施行されたEUのGDPR、さらに翌6月に成立、2020年1月施行予定のカリフォルニア州の消費者プライバシー法などの、ネット上のプライバシー保護強化の潮流がある。
この流れを受けて、米国の連邦法策定も議論に上る。
これらのプライバシー保護対策には、少なからぬコストも求められる。
フォーチュンのグローバル500企業の、GDPR対応コストを78億ドル(8600億円)とした推計もある。
ロサンゼルス・タイムズやシカゴ・トリビューンなど、GDPRの施行を受けてEUのユーザーからのアクセスを規制するメディアもあった。
●コストとメリットの見合い
研究チームは、クッキーを使った行動ターゲティング広告を採用した場合のメディアの収入を試算している。
サイトが1日に400万回の広告を表示する場合、クッキーを使えば、1回あたり0.00008ドルで1日あたり320ドル、年間で約12万ドル(約1300万円)の増収を得ることになる。
だが、果たしてその増収が、プライバシー対策のコストに見合うのか。
元FTCのCTOで、カリフォルニア州の消費者プライバシー法作成にも携わったコンサルタントのアシュカン・ソルタニ氏は、ウォールストリート・ジャーナルの取材に、こう指摘している。
行動ターゲティングは、それができた当初から、メディアにとっての価値を過剰に宣伝しすぎだった、ということだ。
プライバシー保護強化の潮流は、メディアのネット広告施策にも変化をもたらすだろうか。
(※2019年6月6日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)