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世界中から愛された女子プロレスラー、木村花さんの悲劇はどうして防げなかったのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
木村花さんの急死を報じる英BBC放送のサイト

「愛してる、楽しく長生きしてね。ごめんね。」

[ロンドン発]Netflix(ネットフリックス)の「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーで23日未明に亡くなられた木村花さん(22)の死を悼む声が世界中から寄せられています。ご冥福をお祈りします。

英BBC放送は強くて可愛らしい花さんのコスチューム姿の写真を掲載し「ハナ・キムラ ネットフリックススターで日本のレスラーが22歳で逝去」と報じました。

花さんは「テラスハウス」での出来事に関連してSNS上でアンチによる誹謗中傷に心を痛めていたとされ、インスタグラムに「愛してる、楽しく長生きしてね。ごめんね。」と書き残していました。

フジテレビなど制作の「テラスハウス」は一つ屋根の下で男女各3人が暮らす様子を記録した世界的に人気のあるリアリティーショー。しかし出演者の精神的負担は相当なものです。

「有名人には何を言ってもいい、そんな風潮を払拭しなければ」

花さんと一緒に出演していたえみかさんはインスタグラムに2人で撮影した動画を投稿し、次のように書き込みました。

「私もテラスハウスに出て、誹謗中傷を受け、傷付きました。その様子も配信されていたので知ってる人もいると思います。"テレビに出てるから仕方ない""傷付くくらいなら出るな""死ね"、"出て行け"沢山言われました。」

「でもね、表に立つ仕事をしている人もみんな、人間なんです。感情があるんです。言葉は本当に、凶器になります。表に出ているから仕方ない、覚悟が足りない、メンタルが弱い。そんな問題じゃないんです。」

「いわゆる有名な人には何を言ってもいい、そんな風潮を払拭しなければいけません。」

リアリティー番組の危険性

リアリティーショーと呼ばれる視聴者参加型のTV番組は低予算で高い視聴率が期待できることから海外でも人気です。

複数の男女が愛を見つけるため島で暮らし、最後に残ったカップルが賞金5万ポンドを獲得するイギリスの人気リアリティー番組「ラブアイランド」では元司会者や元出演者らの自死が相次いでいます。

こうしたリアリティーショーでは出演者らに対するメンタルケアが欠かせません。 また、SNSの普及に伴って海外でも「ネットいじめ」が大きな社会問題になっています。

いじめ対策に取り組むイギリスの慈善団体「ブリング(いじめ)UK」によると、ネットいじめとはオンラインまたはスマートフォンやタブレットを介して行われるいじめです。

イギリスの全国調査では若者の56%が他の人がネットいじめに遭っているのを見たと回答し、42%がネット上で危険にさらされていると感じているそうです。

子供と若者の20%はネットいじめを恐れて学校に行くのをためらったと回答。5%が自傷行為を報告。3%はネットいじめにあった結果、自殺を試みていました。

他のSNSよりフェイスブックでいじめられる可能性は2倍高く、若者の28%がツイッター上でのネットいじめを報告しています。ネットいじめは1日24時間にわたって急速に進行します。

ネットいじめとは

次のような種類があるそうです。

(1)嫌がらせ

不快で失礼な侮辱的メッセージを送信し、虐待する。嫌なコメントや屈辱的なコメントを投稿する。

(2)挑発

意図的に過激で不快な言葉を使用し、ネット上で議論を仕掛ける。誰かが苦痛を感じるのを楽しんでいる。

(3)なりすまし

電子メールやSNSのアカウントに侵入し、悪意のある、恥ずかしいコンテンツを他の人に送信、投稿する。

(4)サイバーストーキング

危害、嫌がらせの脅迫、脅迫的なメッセージを繰り返し送信する。

(5)排除

誰かを意図的にグループから除外する。

(6)否認

誰かの存在を否定する。

ネットいじめの多くは日常生活に影響を及ぼし、絶え間ない苦痛と心配の種になります。執拗なネットいじめの結果、自死や自傷行為などの悲劇的な事件が発生しています。イギリスの警察は悪質な事例に関して関連法令を適用して摘発しています。

悲劇が起きる前に被害者はいくつかのシグナルを出しているそうです。こうしたシグナルが出ていた場合、メンタルヘルスのサポートを受ける必要があります。

・低い自己評価

・家族から離れて一人で多くの時間を費やすようになる

・携帯電話やPCのそばに家族を近づけない

・学校や仕事に行かない理由をつくるようになる

・友達が消えたり、ソーシャルイベントから除外されたりする

・体重を減らす。外見を変えるようになる

・自傷行為の跡がある。夏なのに長袖の服を着て傷跡を隠している

・怒り、うつ、泣き声、引きこもりが現れる

「私たちはすべてつながっています」

新型コロナウイルス・パンデミックで人との接触が制限される中、メンタルヘルスへの悪影響が指摘されており、ネットいじめによる被害がさらに深刻化するリスクが非常に高くなっています。

英王室のウィリアム王子とキャサリン妃はコロナによる外出規制が長期化する中、サッカー・イングランド代表主将ハリー・ケイン選手やミュージシャン、俳優と一緒にメンタルケアの重要性をラジオで強調しました。

「私たちはすべてつながっています。時々あなたの気持ちについて話すだけで大きな違いが生じることがあります。ですから今、誰かに連絡しましょう。あなたが知っている誰かがいつもと違った行動をしている場合、調子はどうと尋ねてみることに何の問題もありません」

制作会社のフジテレビに出演者のメンタルヘルスに十分に配慮する義務があったことやネットいじめが許されないことは言うまでもありません。

こんな時だからこそ、家族や友人、恋人、会社の同僚と話をしたり、ギュッとハグしてあげたりする時間を少しでも増やすことが大切です。

花さんには、異変に気づいて駆けつけてくれるえみかさんやプロレス仲間、お母さんがいたのに悲劇を防げなかったことに打ちのめされてしまいます。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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