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JAL現役社員はなぜ顔出しで会社を訴えたのか?マタハラ裁判で勝利的和解を収めた彼女に聞いた

小酒部さやか株式会社 natural rights 代表取締役
神野知子さんからの提供写真

妊娠すると機内での業務ができなくなるJALの客室乗務員(CA)の仕事。2014年8月妊娠が分かった神野知子さんは地上での勤務で働き続けたいと希望するも、会社からは「地上でのポストがない」と一方的に無給休職にさせられてしまう。

休職になると寮や社宅も出なきゃいけない。アルバイトも禁止。これはまるで妊娠したら退職しろというシステムにしか見えなかった。女性が約6000人の職場。基本的に9割9分女性しかいない職場で、妊娠したら一方的に働けないというのはおかしい。神野さんは労働組合や労働基準監督署、労働局雇用均等室などに相談し会社側に何度も交渉をもちかけるが、会社側は「間違ったことはしていない」の一点張り。身重な身体に無理を強いたせいか、予定日1ヶ月前に切迫早産で入院となってしまう。

それでもやはりこんな制度はおかしいと、出産後の2015年6月に提訴。約2年間会社と裁判で闘い、今年2017年6月に勝利的和解を納めた。神野さんのすごいところは、産休育休取得後の2016年4月に裁判している状況で会社に職場復帰し、今なおJALで働き続けていること。

会社と裁判するとはどういうことなのか。神野さんを突き動かしたものはなんだったのか。声を上げる勇気とは…。

神野知子さんが裁判後初めてインタビュー取材に応じ、思いを語ってくれた。

参考記事:「日本からマタハラがなくなればいい」JALの女性CA、裁判で「完全勝利和解」

●顔出し名前出ししてメディアの前で記者会見。やはりバッシングは怖かった。

小酒部:裁判されながら働くのはすごいことと思う。

神野:普通は辞めるしかないと思いますものね。

小酒部:裁判中会社から反論書がくる。あれを見ながら会社に通うのはすごい。

神野:私は恵まれてる。労働組合が付いていてくれた。

小酒部:職場はどうだった?

神野:職場のみんなが応援してくれた。みんな「おかしい」と思っていた。けれど今まで裁判して問題解決することができなかった。やっぱりみんな裁判まではできない。労基署に相談する女性はいた。けれど、それでは解決しなかった。

小酒部:神野さん一人で裁判で闘うという手段ではなく、複数名で団体交渉するという手段はなかった?

神野:同時期に妊娠する人がいれば、一緒に頑張ろうとなったかもしれない。

小酒部:そこがマタハラの難しいところ。妊娠の時期はみんなまちまちなので、被害者同士が繋がっていかない。

神野:あと出産後は忙しくて、思い立ってもなにか出来るかってできない。今、私しかいないからまず私が出ようと。

小酒部:裁判するだけでも勇気がいるのに、提訴の記者会見で顔出し名前出しを決意されたのはどうして?

神野:私は別に悪いことはしていない。正々堂々と自分の意見をきちんと伝えたかった。顔や名前を隠す必要なんかないんじゃないかと思った。間違ったことは一つも言っていないという思いがあった。けれど、やっぱり本当に勇気のいることだった。

小酒部:メディアに出るとバッシングがあるから勇気がいる?

神野:バッシングのことは無知でなにも知らなかった。記者会見をしてまさかそこまでの反響になるとは思わなかったし、反響が起こったら2チャンネルでどんなことが書き込まれるか、本当に知らなかった。記者会見の反響は思いのほかで、多くのマスコミが取り上げた。会社の名前が大きいというのもある。(ネットには)すごい書き込みになり、ものすごく傷付いた。もちろん見ないようにはしたけど、それを見た友達が心配してわざわざ教えてくれた。あそこまでネットに書かれると知っていたら、もしかしたら勇気は出なかったかもしれない。

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●息子、夫、大事な家族に迷惑をかけるかもしれない…。それが一番怖かった。

小酒部:バッシングのなかで一番傷付いた言葉は?

神野:友達が見たのは「旦那さんは何しているんだ」というバッシング。びっくりした。

小酒部:関心が家族に向くってことね。

神野:息子の将来のことが一瞬よぎった。一瞬だけど、将来この子は就職できないのかなと。すぐにそういうことは考えるのを止めようと思った。ほかにも酷いなと思ったのは、40歳の出産だったので「腐った羊水」と書かれた。

小酒部:なんてこと…

神野:「私は医者ですけど、この人の顔は全部整形です」っていうデタラメな書き込みもあった。

小酒部:全く問題と関係ない、低レベルな野次!

神野:容姿とか家族とか年齢のことに関するバッシングがあって。こういうことなんだ、自分の顔がメディアにさらされるってことは、と思った。一方で、もっとキツイのが女性からのバッシング。「妊娠しても働こうなんて贅沢」「CAだからって偉そうにするな」「貯金してなかったのか」とか。私が声を上げたのはお金の問題じゃない。働き続けたい、妊娠によって不利益を受けたくないって気持ちだったのに。お金の話ばかりが一人歩きしちゃって。

●バッシングは想像力の無さから

小酒部:誹謗する人たちだって明日は我が身なのに…。神野さんが声を上げてマタハラ問題が解決していけば、女性が仕事しようと思った時にその人も助かるはず。なぜそれが足を引っ張り合おうとするのか…。

神野:この問題について声を上げる意味を想像できないからかもしれない。想像力のある方は独身でも、男性でも分かってくれるけど、ない方は、たとえ女性であっても「私も大変だったんだからあなたも我慢しなさい」となる。

小酒部:バッシングしてくる人を単純に男女で分けられるものでもない。SNSが浸透しショートワードを投稿することによってコミュニケーションが希薄になっている。反射神経的に何も考えず安易にバッシングするようになった。行間を読むとか、一拍置くとか、そういうことをしなくなってきている。だから余計に想像力がないように見える。

神野:人と人のコミュニケーションも会ってその場の雰囲気を読んで…ということがだんだん少なくなってきている。

●傷付くことよりもこの問題を解決したい

小酒部:バッシングされる様子をみて、みんな余計に顔出し名前出しをしなくなる。声を上げないと社会問題はいつまで経っても解決していかない。そこをなんとかしたいと思う。

神野:ネットのバッシングは酷くても、職場の人たちの反応はものすごく良かった。「よく言ってくれた」「よく立ち上がってくれた」という声が多かった。もしかしたら、影ではなにか言われていたかもしないけど、それ以上に支援の声が広がった。連絡をくれ「頑張って欲しい」と言われたりもした。それが何よりの力になった。ネットは顔も知らない、名前も知らない人が適当に書き込んでいる。確かに傷付くけど、それはそれと思えた。本当に知っている人たちが支援してくれるということだけで、私はやっていけると思った。

小酒部:なるほど。けど、なかなか普通はそこまでのメンタルの強さが持てない。

神野:顔出し名前出ししたのは、本当にこの問題を解決したいと思ったから。あとに続く人たちに、二度と同じ思いをさせたくない。そのためだったら、自分の顔や名前なんてどうでもいいと思ったのかもしれない。

小酒部:周りからの励ましで一番勇気づけられたことは?

神野:いっぱいあったけど、先輩から「自分も同じ思いをした。誰も助けてくれなかったし、自分も立ち上がれなかった。私の言えなかったことを言ってくれてありがとう」とか「これからの若い人たちの道を作ってくれてありがとう」とか。

小酒部:同僚や女性の先輩からは支援の声が多かった。男性上司の反応は?

神野:直属の男性上司はいない。パイロットとか整備士とか他の職種で働いている男性からはものすごい支援された。それこそ女性以上に支援の会に入ってもらえて。妊婦の大変さはよく分かるとカンパをいっぱいもらったり。すごかった。もちろん組合の力もあるけど。

小酒部:すごい!感動で鳥肌が立つ。訴訟しながら職場復帰するって聞いていたから、職場の反応が冷たくないか私はすごく心配で…。

神野:私も不安だったけど、とても温かく迎えてもらった。私は環境に恵まれていた。

小酒部:本当によかった。こういうかたちがもっと増えてもらいたいと思う。誰かが声を上げないと会社って変わらなくて。それをみんなで応援するっていう気持ちを作ってもらいたい。

●願いは会社の制度を変えること

小酒部:今年の9月1日が判決の予定だった?

神野:はい。判決で、もし私が完全勝訴しても、会社に何百万かの支払い命令が出るだけなので、私としては制度が変わらなければ嬉しくない。自分の休職期間の不利益が認められ、自分だけ救われても意味がない。だったら和解の方がいいのではないかと。

【和解内容の概要】

・今年度から原則として希望者全員を産前地上勤務に就ける運用を行なう

・来年度内に原則として普通勤務(8時間勤務)と短時間勤務(5時間勤務)の選択ができる運用とする

・労働組合に対して、産前地上勤務の配置先、配置人数等を開示し、産前地上勤務制度の問題点や円滑な運用等について団体交渉の協議事項とする

など

小酒部:神野さんが勝ち取った新たな制度とは?

神野:妊娠して希望すれば必ず地上勤務に就けるというもの。もちろん休職を選んでもいい。体調が悪いのでお金いらないので休ませて下さいもあり。

小酒部:今後、地上勤務を希望したらどのような業務になる?

神野:地上の業務はいっぱいあって…

小酒部:いっぱいあるんだ!だったら最初から地上勤務できたのでは?

神野:実はそうだった。大企業なので本社でも空港でも仕事はある。簡単な事務ワークからCAのホスト的な仕事、たとえば機内で物を売るときの釣銭やお金を用意したり。とても簡単だけど手間のかかる仕事。あとは住所変更など。社員が引っ越したときの手続きをしたり。今までひとりの人でいっぱい抱えていた仕事をちょっとずつ分配して。細々とした雑務をやって本業の仕事ができず、それで残業してた人が早くに帰れるようになった。

小酒部:会社はなぜ今までやらなかった?

神野:給料が発生するのがいやだったのかもしれない。裁判のなかで分かったのが、今まで地上のポストは9枠しかなかった。

小酒部:9人しか地上勤務できなかったということ?

神野:はい。毎年約300人妊娠するのに…。2008年までは希望すれば全員地上勤務できていた。2008年以降、経費削減と生産性向上という施策のなかで妊婦に働かせるのなんてもったいない、庶務は地上勤務の人が残業してやれば人件費削減になるという安易な考えからコストを減らしていった。そこから問題が起きて、2008年から私が妊娠する2014年まで多くの女性が地上勤務を断られ大変な思いをした。

小酒部:妊婦を働かせるコストと辞めていってしまうコストとどっちが大きいかって考えたら…

神野:これは私見だが、CAは若い方がいいという古い価値観があったのではないか。

小酒部:これで会社も気付いてくれて変わってくれた。

神野:はい。本当に時代が変わった気が…。今、会社は女性のキャリアの活用と言ってくれている。

小酒部:神野さんのように” みんなのために”という声の上げ方は素晴らしい。

神野:自分だけが良くなろうなんて道はありえない。みんなが良くならないと風土は変わらない。まずは日本を代表する大手航空会社であり、女性が大半を占める職場から問題を解決し、他の航空会社だけでなく日本全体からマタハラがなくなって欲しいと思う。

※2017年9月5日に一部文言を修正致しました。

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株式会社 natural rights 代表取締役

2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rightsとなるよう講演や企業研修、執筆など活動を行っている。

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