Yahoo!ニュース

「地滑り的勝利」確実の安倍首相に求める優先順位

木村正人在英国際ジャーナリスト

今日の論点

(1)野党不在の信任投票

(2)未完のアベノミクス

(3)憲法改正より社会保障改革と持続可能な財政を

自公で衆院の3分の2確保も

海外メディアは日本メディアの衆院選序盤情勢調査を受け、「安倍首相、地滑り的勝利」(米紙ウォールストリート・ジャーナル、英紙フィナンシャル・タイムズ)、「勝利間違いなし」(英BBC放送)と伝えた。

各紙の情勢調査の結果をみると、こんな感じになる。

(1)自民党だけで300議席を超える勢い。

(2)公明党の議席を合わせると、衆院の3分の2を超える317議席を確保する可能性がある。

(3)第三極の維新、次世代の党は後退。

(4)共産党は議席を倍増する勢い。

(5)投票率は過去最低だった2012年衆院選の59.3%を下回る恐れがある。

投票率が下がれば下がるほど、自民党支持団体や創価学会の組織票に支えられる自民・公明の連立与党は有利になる。安倍晋三首相の思惑通りの展開だ。

問題は、民主党政権時代の混乱を目の当たりにした有権者が政権交代に幻想を抱かなくなり、政治にこなれた自民・公明への一極化が進んでいることだ。

選択肢がない選挙に本来の意味はない。今回の総選挙は安倍政権に対する信任投票と言って良い。投票用紙に安倍政権に求める優先課題のチェック・ボックスを設けてほしいものだ。

アベノミクス2.0が必要だ

安倍首相に課せられた最優先課題は未完の経済政策アベノミクスを何が何でも成就させることだ。アベノミクスの成果はいくつかある。

(1)今年10月の失業率は3.5%(季節調整済み)とほぼ完全雇用を達成している。

(2)2015年3月期は7年ぶりの経常最高益が視野に入ってきた。(日経新聞)

(3)日経株価平均は1万8千円台をうかがう。

(4)1ドル=120円に近づく。

しかし、消費税増税や輸入インフレで実質賃金は16カ月連続でマイナス。日銀の黒田バズーカ2に通貨切り下げや、資産浮揚効果、政府債務を軽くすることは期待できても、これからの賃上げや国内の設備投資につながるかどうかは企業の出方次第だ。

円安効果でどこまで国内経済を浮揚できるかがアベノミクスの成否を握る。短期的には企業の人件費を抑える非正規雇用と正規雇用の固定化は中所得者層を減らし、将来の停滞の原因をつくる。賃金を削れば、国内の需要が減るのは当然だ。結局は大きな社会損失を招いてしまう。

失業率の上昇につながらないよう注意しながら、若者世代が家庭を持って子供を育てていくのに最低限必要な「生活賃金」の導入も検討すべきだと筆者は考える。

「2年間で20万人、5年間で40万人分の保育の受け皿整備」「学童保育についても待機児童ゼロを実現」という子育て支援策は、保育の「質」も考慮しながら是非、実現してほしい。

若い世代が夫婦共働きで子供を育てていける日本社会のロールモデルをアベノミクスは描く必要がある。公共工事に向けるオカネはこれからはすべて教育に投資していただきたい。

熾烈な国際競争に勝ち抜くためコストカットとイノベーションが求められるグローバル経済と、需要創出が必要な国内経済を上手にリンクさせる政策が求められる。

国際企業は低賃金の労働者と、より大きな消費市場を求めて海外への投資を増やしている。少子高齢化と人口減少が進む日本には生産地としても消費地としても成長が期待できない。

この流れを逆転するには、強い移民アレルギーを克服して、大胆かつ慎重に移民の受け入れを進めるしかない。移民受け入れはマイナスよりプラス面の方が大きいことが各種研究でわかっている。

移民受け入れは長い目で見て東南アジア諸国連合(ASEAN)との人的ネットワーク構築にもつながっていく。

憲法改正より重大な課題

米国や欧州の政治が混迷する中、日本が「強い政府」を維持できるのは良いことだ。安倍政権の失墜を期待してきた中国の習近平国家主席も日本との協調路線にカジを切らざるを得なくなっている。中国の変化は必ず日韓関係の改善を後押しする。

尹炳世韓国外交部長官(筆者撮影)
尹炳世韓国外交部長官(筆者撮影)

実際、対日強硬派とされる尹炳世(ユン・ビョンセ)韓国外交部長官は3日、ロンドンにあるシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で講演した際、直接の対日批判は避け、「修正主義」「歴史」「領土」「ナショナリズム」という極めて抽象的な表現を使うにとどめた。

筆者は集団的自衛権の限定的行使容認を支持するが、自衛権の範囲を大きく広げて重くするよりも、自衛権の発動要件を軽くして刀を素早く抜けるようにしておいた方が、尖閣を含め南西諸島の防衛力を強化でき、引いては東シナ海の安定に寄与すると考える。

護衛艦の空母転用など、刀を長くする防衛政策の転換より、米軍と連携しながら短い刀や盾を有効に使うことに専念した方が賢明だ。

安倍首相は将来の憲法改正を見据えている。今回、自公で衆院の3分の2の議席を維持できても、比例のウエイトが強い参院選で勝って参院でも3分の2の議席を得るのは至難の業だ。憲法改正は現実的には難しい。

安倍首相には憲法改正より重大な政策課題が待ち受けている。年金・医療など社会保障の改革と持続可能な財政に道筋をつけることだ。

対国内総生産(GDP)比で245%まで膨れ上がった政府債務を歳出削減と増税で減らすととんでもないデフレ圧力がかかる。黒田バズーカ2によるインフレ誘導はやむを得ない面がある。

ドイツ流の厳格な財政健全化を強いられる南欧では若者の失業率が40~50%台に達しているのに比べると、完全雇用を達成しているアベノミクスの方がはるかに賢明に見える。インフレが長期金利を上回っていれば、政府債務は次第に軽くなっていく。

しかし、国内の企業や家計の貯蓄分で単年度の財政赤字をまかないきれなくなる現状を考えると、痛みを最小限に抑えながら年金の受給年齢や医療の自己負担率を引き上げていく改革は避けては通れない。

最大の問題は総選挙後に安倍首相がこうした課題に脇目もふらず取り組めるかどうかなのだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事