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新しい変異株「BA.2.86系統」について現時点で分かっていること

忽那賢志感染症専門医
BA.2.86のスパイク(Ninaad Lasrado, et al.より)

「BA.2.86系統」という変異株が検出される国が増えてきており、日本国内でも2023年9月7日に初症例が報告されました。

この新しい変異株「BA.2.86系統」はどういった特徴があり、どのようなことが懸念されるのでしょうか?

 

すでに世界14カ国で100例以上が報告されている

BA.2.86系統が検出されている国(GISAIDより)
BA.2.86系統が検出されている国(GISAIDより)

「BA.2.86系統」は、「BA.2」という2022年に流行したオミクロン株から派生したものです。

現在、世界中で主流になっているのはXBB系統と呼ばれる組替え体から派生したものですので、それとは異なる変異株ということになります(いずれも同じオミクロン株系統ではあります)。

2023年9月9日までに14カ国(イスラエル、デンマーク、アメリカ、イギリス、南アフリカ、ポルトガル、スウェーデン、カナダ、フランス、スペイン、オーストラリア、韓国、日本、タイ)で100例以上の患者からBA.2.86系統が分離されたと報告されています。

日本で「BA.2.86系統」が検出された症例は、8月24日に都内医療機関で採取された検体とのことです。ちなみにこの症例は軽症とのことです。

またアメリカで報告された症例のうち、1例は日本から帰国した旅行者であることが分かっており、日本国内で感染したことが推定されます。

とは言え、日本国内では現時点では「BA.2.86系統」に感染するリスクは低く、現在の流行はXBB系統と呼ばれる他の変異株によるものです。

BA.2.86系統は30以上の変異を持つ変異株

BA.2とBA..2.86とのスパイク蛋白の変異の比較(doi: https://doi.org/10.1101/2023.09.04.556272より)
BA.2とBA..2.86とのスパイク蛋白の変異の比較(doi: https://doi.org/10.1101/2023.09.04.556272より)

このように、まだ世界でも日本国内でも爆発的に広がっている状況ではない「BA.2.86系統」に、世界中が注目しているのはなぜでしょうか。

それは、この「BA.2.86系統」がBA.2系統と比較して30以上、XBB.1.5系統と比較して35以上の変異を、ワクチンや中和抗体薬の標的となるスパイク蛋白に生じているためです。

このことから、WHOは8月17日にこの変異株を「VUM(監視下の変異株、Variants Under Monitoring)」に指定しています。

2021年末にオミクロン株が登場した際、その変異数の多さから免疫逃避と呼ばれるワクチンや過去の免疫から逃れる能力が高いことが懸念され、実際に爆発的な流行へと繋がりました。

同様に多くの変異を持つこの「BA.2.86系統」も同様に、大流行の原因となり得るのでしょうか?

 

実験室での研究からは「低い感染力と高い免疫逃避」が示唆

この「BA.2.86系統」は、免疫逃避は極めて強いものの、細胞への感染力はXBB系統と比べると低くなっている、という実験室での研究が発表されています。

東京大学医科学研究所の佐藤研からも同様に、感染力がはB.1.1やEG.5.1よりも有意に低いことが示されていますが、過去にXBBに感染した人やワクチン接種者の持つ免疫は「BA.2.86系統」を十分に中和できなかったという結果が報告されています。

これらの実験室の結果からは、「感染力は強くないが、免疫逃避は強い」という「BA.2.86系統」の特徴が見えてきます。

しかし、現実社会での感染力についてはまだ分かっていないことが多く、すでにイギリスでは高齢者施設でのアウトブレイクが報告されています。

38人の入居者のうち33人が感染しており、この「BA.2.86系統」が分離されています。このうち1人だけが入院しているということです。

33人のうち、29人がアウトブレイクの4ヶ月前に新型コロナワクチンをブースター接種していたとのことであり、やはり免疫逃避が強いことが疑われます。

実際のヒトにおける感染力や免疫逃避については、これから事例が蓄積されていくことで明らかになってくると考えられます。

 

XBB対応ワクチンは「BA.2.86系統」に有効という報告

オミクロン株XBB.1.5系統対応ワクチン接種後の種々の変異株に対する中和抗体価の推移(doi: https://doi.org/10.1101/2023.08.22.23293434より筆者作成)
オミクロン株XBB.1.5系統対応ワクチン接種後の種々の変異株に対する中和抗体価の推移(doi: https://doi.org/10.1101/2023.08.22.23293434より筆者作成)

免疫逃避が強いとされる「BA.2.86系統」ですが、心配されるのは、この秋から接種が開始される予定のXBB対応ワクチンは、果たしてこの変異株に有効なのか、ということです。

XBB対応ワクチンを接種した人の血液を用いて、様々な変異株に対する中和抗体価を解析した研究では、「BA.2.86系統」に対しても良好な反応が得られた、という結果でした。

なお、日本国内で拡大しているEG.5などのXBB系統に対しても中和抗体価の上昇がみられています。

このことからは、これから接種が始まるオミクロン株XBB.1.5系統対応ワクチンは、「BA.2.86系統」に対してもある程度は効果が期待できることが推測されます。

 

変異株に対するゲノム解析数は、世界的に減少しており、以前ほど鋭敏に変異株の動向が分からなくなっていると言われています。

現時点では、オミクロン株が登場したときほどの爆発的な拡大はみられていませんが、水面下で広がっているという可能性はあるかもしれません。

今後の拡大に備えて、こまめな手洗い、状況に合わせたマスク着用などの基本的な感染対策に加えて、これから始まるオミクロン株XBB.1.5系統対応ワクチンの接種についてもご検討ください。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作)

参考文献:

CDC. Update on SARS CoV-2 Variant BA.2.86. September 8, 2023, 11:30 AM EDT

UKHSA. SARS-CoV-2 variant surveillance and assessment: technical briefing 53

国立感染症研究所. 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の変異株 BA.2.86系統について

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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