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軍事防衛目的を明言した中国の本音――南シナ海は「一帯一路」の沿線上

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

中国人民解放軍の孫建国副参謀長は、シンガポールにおける演説で南沙諸島埋立ての目的の一つが軍事防衛のためであると明言した。これに関して北京の政府関係者を直接取材。「一帯一路」の沿線上だという回答を得た。

◆孫建国参謀長の発言

5月29日から31日まで、アジア太平洋地域の国防大臣らが参加するアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)がシンガポールのシャングリラホテルで開催された。

最終日の5月31日、中国人民解放軍の孫建国副総参謀長は、南シナ海の南沙諸島埋め立てに関して「中国の主権の範囲内」とした上で、つぎのように述べた。

――中国が「南中国海」で進めている島嶼建設は正当で合法的であり、筋が通っている。目的は国際公共サービスである。(中略)中国が一部分の南海島礁(とうしょう)(=島嶼岩礁)で進めている建設は、主として島礁の関連機能を整備し、駐在する作業員の業務と生活条件を改善し、必要な軍事防衛上のニーズを満たすために行っている。さらには、中国の海上捜索救助活動や防災救助、海洋研究、気象観測、環境保護、航行の安全、漁業の安全生産などにおいて、国際的な責任と義務を果たすためでもある。

(筆者注:「南中国海」は日本語的には「南シナ海」で、中国ではこれまで「南海」が多く使われてきたが、最近は「南中国海」という言葉を使うことが多い。「シナ」という中国に対する侮蔑語を逆利用して、日本がこの海域を「シナ=中国」のものと認めているという「事実」を強調するために「シナ」の部分を「中国」と置き換えて「南中国海」と称するわけだ。そのため筆者があえて「 」を付けた。)

南沙諸島埋め立てに関して、中国が「満足必要的軍事防衛需求」(必要な軍事防衛上のニーズを満たす)という、「軍事」の2文字を使用して立場を国際会議で鮮明にしたのは初めてと言っていいだろう。

実は前日のカーター米国防長官の発言があるまで、中国は盛んに中国が南沙諸島に建てる灯台に関して報道していた。

5月27日、中国交通運輸部は、中国が南沙諸島(の華陽礁と赤瓜礁)に二台の灯台を建立することになり、その記念式典に臨んだと述べた。高さ50メートルで22海里を照らすことができ、地球上の50%の商船はこの海域を通るので、中国はいかに国際貢献しているかと強調。中央テレビ局CCTVも二つの灯台に刻まれて中国の伝統的な模様をクローズアップしながら盛んに報道し、また中国外交部の華春螢(かしゅんえい)報道官も「中国は国際的責任と義務を果たしている」と「誇らしそうに」宣言していた。

ところが5月30日、 カーター国防長官が基調演説をし、中国が進めている南沙諸島の岩礁など埋め立てに関して、「即時かつ永続的な中止」を要求すると、事態は一変した。カーター国務長官が「埋め立て拠点のさらなる軍事化の展望などは領有権を争う当事者の間の判断ミスや紛争の危険性を高める」と主張したことに対して、中国の報道は一斉に反発。「危険を招いているのは中国ではなく、アメリカだ」として、CCTVも特集番組を組んだ。

こういった雰囲気と勢いの中で翌31日に行われた中国側の基調演説で、前述の孫建国副参謀は、「軍事防衛」と、「軍事」の二文字を明確に使ったのである。

一触即発の事態は、尖閣諸島に置おいてではなく、南シナ海において米中間で起きる可能性が高まってきた。

ただし中国は、今般のカーター国防長官演説の中で「中国」だけでなく「中国を含むあらゆる関係国」の(既存の施設の軍事化に関する)「即時かつ永続的な中止」を求めたという点に注目し、今後のアメリカの出方を注意深く見守る必要があるとしている。

◆中国側の本音――「一帯一路」と「上海協力機構」

この応酬に関して、中国側の本音を知りたいと思い、北京政府の関係者に電話取材した。

すると、いきなり、「一帯一路」と「上海協力機構」というキーワードが戻ってきた。

一帯一路は言うまでもなく、習近平政権が謳っている「陸と海の新シルクロード経済ベルトと経済海路」である。

新シルクロード経済海路は、中国の東南海岸を出発点として南シナ海を通り、インド洋、アラビア海、地中海へと抜け、ヨーロッパの港に至る海路だ。

この沿線上のインフラ建設や市場開拓にアジアインフラ投資銀行AIIBを用いる。

そしてこの一帯一路とAIIBに参画する国の中には、「上海協力機構」という安全保障に関する軍事同盟国が含まれている。

上海協力機構は、中国、ロシアを中心に、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンなど、主として中央アジア諸国が協力して2001年に立ち上げたものだ。

「上海」という文字があるので、ついついビジネス関係かと思われるかもしれないが、実は安全保障に関する、言うならば軍事同盟に近い国家連合体である。第一回目の会議が上海で開かれたために、この名がある。

最初は不安定な中央アジアや中東情勢による国際テロや民族分離運動、宗教過激主義問題への共同対処を目的としていたが、今ではNATOに対抗するものとしての意味合いを持つ。特にウクライナ問題でアメリカがロシアへの制裁を強化してからは、中露の蜜月を招き、一帯一路やAIIBの中に、上海協力機構を通して、「対米強硬姿勢」を含有する要素がちらついている。

一帯一路政策を完遂するには、南シナ海に於ける中国の権益の掌握は不可欠だ。

一帯一路は、ある意味、中国の安全保障構想でもある。

AIIBという金融構想の中に、西側諸国を含めた57ヶ国もの国を吸い寄せ、一帯一路構想に、AIIBと同じ数の国が賛同を示す方向で中国は「世界の舵取り」に踏み切っている。その中に上海協力機構があることが、今般の孫建国副参謀の強気な演説の裏に潜んでいる。

前回の本コラムでも、中国が26日に発表した国防白書の第五項に「軍事闘争準備」が明記してあり、そこには「国家主権と安全および国家海洋権益を守るために、武力衝突や突発事件に対する準備に対応できるようにしなければならない」と書いてあることをご紹介した。そのために「戦場と戦略的配置を強化しなければならない」と、中国は戦闘気運を高めている。

背景には、経済力と軍事力を高めてきた中国の自信があるだろうが、そこには一帯一路という、全人類の60%強を網羅した戦略がセットしてある。

なお、1992年に制定した中華人民共和国領海法を、中国が「合法性」の根拠にしていることは、言うまでもない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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