東大に合格するより、マンガ家になるほうが難しい? 「課題の明確化」が成長を促す理由
自分の能力を大きく超えた挑戦をすると、人は不安になる。
一方、能力が高いのに挑戦しないと退屈になる。
挑戦と能力のバランスが取れているとき、人は夢中になりやすい。夢中になっている人は、自ら工夫を重ね、成長が加速がする。夢中に取り組める課題を、ずっと自分で見つけ続けられると、もはや一流だ。
夢中に取り組めることを見つけるために
夢中になれる遊びを、いかに提案できるか?
ぼくが、新人マンガ家を育てるにあたり、意識していることだ。
マンガ家には様々な能力が求められる。
映画であれば、脚本家・撮影監督・美術監督など様々なプロフェッショナルが集結し、ひとつの作品を作り上げる。一方、マンガ家は、ストーリーを考え、構図を考え、絵も描いてと、ひとりが何役もの役目を負う。
プロマンガ家を目指すことは、東大受験と少し似ている。
東大を受験するには、まずセンター試験突破のために英数国理社と幅広い科目を勉強しなければならない。それに加え、2次試験のための勉強も当然必要となる。東大を受験する多くの人が苦しむのが、この勉強範囲の広さだ。
受験までの限られた時間の中で、何から手をつけて、どれくらいのペースで勉強を進めていけばいいのか。このマネジメントをうまくできた人が合格する仕組みになっている。問われているのは、頭の良さより、計画を立て、それを実際にやり切る能力だ。
だからぼくは、東大に合格するより、マンガ家になるほうが難しいと思っている。
ぼくが編集を担当した『ドラゴン桜』でも描いているように、東大に合格するためには、どういう順番で勉強すればいいのかという「勉強の型」は既に存在する。各科目ごとの教科書や参考書だって沢山ある。さらに、自分の実力を客観的に測るためのテストもある。つまり、型に従って、しっかりと勉強を続けていれば、結果は自ずとついてくるのだ。
一方、マンガ家には「型」がない。そして、テストもない。作品がSNSでバズったとか、賞を獲得したといった「結果」を得ることはあれど、自分のマンガ家として「実力」を客観的に把握するのは難しい。
その結果、成長実感が感じづらく、新人マンガ家は自分の実力に不安を抱くことが多い。「こうすれば受かる」といった勉強法も、実力を測る手段もないのだから、不安になって当然だ。
どうやったら不安を夢中に変え、成長の後押しができるか?
このサポートが編集者の欠かせない役割と思い、ぼくは相手の能力や状態を観察しながら、課題を提案してきた。
例えば、画力は高いがストーリーの構成力が低い場合は、4コママンガを毎日描いて構成力を磨こうとか。キャラクターを描く画力が弱い場合は、美人の絵を毎日描いてSNSに投稿し、魅力的な人物を描く画力を磨こうとか。
だが、画力や構成力などが一定のラインを超えると、そこからが難しい。
悪くはないけど、一流とも言えない。
この壁をどう超えていくか?
取り組む領域を絞って課題を明確にしていく
この問いに対して、最近、ぼくの中では一つ答えのようなものが見えてきた気がする。
それが、今年6月から放送作家の鈴木おさむさんのInstagramではじまった『おばけと風鈴』というマンガ連載のフォーマットだ。
この作品は、鈴木おさむさんが原作を描き、僕が経営するコルクに所属する新人マンガ家の3人が、チームでマンガを制作する。ネームと作画と着彩を、それぞれ別のマンガ家が担当している。
3人とも、ひとりでマンガを描く実力を持っているマンガ家だが、今回はあえてチームでマンガを描いてもらうことにした。
そのほうが、課題が明確になり、夢中になりやすいと思ったからだ。
例えば、ネームを描く人は、原作の面白さをマンガに置き換えると、どういう表現になるかを追求する。どういうコマ割りをすると、いい"間"が生まれるのか? どういう構図が、登場人物の感情を最大限伝えるのに効果的なのか? 考えるべき問いがシンプルになるなかで、努力することができる。
ひとりでマンガを描こうとすると、あれもこれも考えないといけない。そうなると、余裕がなくなる。余裕がなくなると、創意工夫の時間がとれない。取り組む範囲を狭めることは、余裕を生むことにも繋がる。
現在も『おばけと風鈴』は制作を続けているが、「こうしたほうが、もっとよくなる」という工夫が次々とマンガ家たちからあがってくる。正直、期待以上の成長に驚いている。
成長の踊り場を迎えた人には、一度、取り組む領域をしぼって、夢中で取り組める課題を設定する。これが、大切なのだと気づかされた。
「個人の才能頼みではなく、チームとして戦っていく」
昨年から新人マンガ家の育成を、この方針に変えたところ、ぼく自身にとってもすごく多くの新しい発見がある。
他にもさまざまな企画を動かしているが、各マンガ家の成長スピードが加速していて、日々、手応えを感じている。今後、このやり方でみんながどんな風に成長していくのか、とても楽しみだ。
(筆者noteより加筆・修正のうえ転載)