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傑作を生みだすために必要なのは「型を極める」こと

佐渡島庸平コルク代表
(写真:イメージマート)

料理と創作は似ている。

新人マンガ家に、料理の喩えで創作の話をすることがある。包丁の使い方、食材の特徴を覚えて、「炒める、焼く、蒸す、揚げる」という基本動作を学び、レシピをたくさん覚えると、オリジナルの料理が作れるようになる。

才能があれば、食材に触れてみて、直感で作った料理が独創的なんてことは起きない。でも、不思議なもので、創作はそれができるとみんな思ってしまう。いや、神が降りてくるような唐突な創作の方が尊いと思ってしまっている人がいる。

創作でも、「型」を覚えることが大切だ。

読者を惹きつける物語の型や、リアリティのあるキャラクターを描くための型がある。そうした型を極めているマンガ家は、どんなジャンルのマンガを描いても、「おもしろい!」と読者が安心して読める作品を描きあげる。

ぼくは型の重要性を、『ドラゴン桜』の三田さんから学んだ。

編集者1年目の時から、三田さんの仕事を近くで見させてもらってきたが、三田さんは常に様々なジャンルでマンガを描き続けている。

『砂の栄冠』をはじめとした甲子園ものは、弱小校の奮闘を描いたスポーツもの。『マネーの拳』は、元ボクシング世界王者が会社経営に挑戦するビジネスもの。『インベスターZ』では投資の世界を、『エンゼルバンク』では転職エージェントの世界を、『アルキメデスの大戦』では第二次世界大戦を舞台にした作品を描いている。

驚くのは、これだけ多岐に渡ったジャンルの作品を手がけているのに、ハズレが一切ないことだ。どの作品を読んでも、読み応えがあり、作品が描いているテーマについて「もっと知りたい」と惹きつけられる。

どうしたら様々なジャンルで傑作を次々と描き続けられるのか?

そんなことを尋ねると、三田さんからは「物語の型をおさえることが大事」と常に言われる。

物語の型の基本は「対立」だ。

以前、「取材がうまい人は何が違うのか?」というnoteにも書いたが、ストーリーは必ず対立を描くことが必要だ。何と何を対立させると面白くなるか、どんな価値観がぶつかると惹きつけられるか。そうやって対立のネタを決めたら、あとは主人公がその対立をどう乗り越え、どう解決していくかでストーリーを展開させていく。

どんな学校だろうが、どんな職場だろうが、人間関係が存在するコミュニティには対立が必ず存在する。それを見つけることができれば、物語をつくることは難しくないと三田さんは言う。

実際に取材に同行すると、三田さんはマンガのネタになりそうな対立を探るために、「その領域において、どんな対立があるのか」「実際には、そういう対立に、どう向き合っているのか」と積極的に質問をしていく。漠然と質問を繰り返して、描けそうなネタを探すようなことはしない。

そんな三田さんが、また新しいジャンルでマンガをはじめた。

現在、グランドジャンプで連載中の『Dr.Eggs ドクターエッグス』だ。

今回の作品は「医療もの」だ。

医療ものには、既にに多くの有名作品があるが、主役のほとんどは医者か看護師だ。生死を目の前にした緊迫感や、病院内での権力争いなど、ドラマチックな展開の描きやすさゆえに、医療ものは創作における定番ジャンルのひとつになっている。

一方、『Dr.Eggs ドクターエッグス』はタイトルが示すように、医者の卵である「医学部の学生たち」が主役で、舞台は病院ではなく大学だ。

成績がいいという理由で、なんとなく医学部に入学した主人公に、教授はこう問いかける。

「医学の医の字は、なんで中に矢が入っているか知っているか?」

この作品を読んでいると、学生たちの目線を通じて、「医学とは何か?」「医師とは何か?」ということを深く考えさせられる。

日本の医学部では、大学2年時に人体解剖を授業で行う。考えてみると、現役合格で入学した学生は19歳や20歳という年齢で、人間の死体にメスを入れる。「医者になるのだから当たり前」と思う人もいるかもしれないが、それくらいの年齢で人体解剖をするなんて、相当な覚悟がいるはずだ。

現在、高齢化が進み、医療問題への関心が社会全体で高まってきているが、医療現場の最前線に立っている医師の人たちが、どうやって医師となったかを、ぼくらはあまり知らない。日本の医学部は6年制だが、その6年の間に、どんなことを学び、どんな想いをして医師となるのか。

『ドラゴン桜』の時も、初めは受験情報が面白くなるのかと疑問だった。今回も、医学部生が学ぶ様子ってドラマになるのかとちょっと不安だった。

でも、医学の歴史を知ることは、人体を知ることで、人体を知ることはwell-beingを知ることで、すごく現代的な医療ものになった。どんなジャンルを描いても、読み応えのある作品を描きあげる三田さんの圧倒的な力量に改めて感服している。

この『Dr.Eggs ドクターエッグス』は、第1巻が2月18日(金)に発売となった。医学とは何か。医師になるとはどういうことか。そんな「問い」について考えさせてくれるこのマンガを、是非、読んでみてほしい。

特に、偏差値が高いという理由で医学部を目指す高校生には、受験前にこの作品を読んでほしい。

Dr.Eggs ドクターエッグス 1 (ヤングジャンプコミックス)

(筆者noteより加筆・修正のうえ転載)

コルク代表

コルク代表・佐渡島が、「コンテンツのDJ」として自分の好きを届けていきます。 / 2002年講談社入社。週刊モーニング編集部にて、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当する。2012年講談社退社後、クリエイターのエージェント会社、コルクを創業。著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。従来の出版流通の形の先にあるインターネット時代のエンターテイメントのモデル構築を目指している。

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