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「歴史の消去」…韓国で一斉に報じられる群馬県『朝鮮人追悼碑』撤去

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
朝鮮人追悼碑撤去を報じる韓国SBSニュース。同番組をキャプチャ。

●群馬の森の「朝鮮人追悼碑」 

 群馬県高崎市にある「群馬の森」。大日本帝国時代には陸軍の火薬製造所として使われた土地を、1960年代末から都市公園として再整備した県立公園だ。

 群馬県近代美術館や群馬県歴史博物館をはじめとする文化施設と自然が同居する約26ヘクタールの広大な同地は、今も昔も変わらず市民の憩いの場となっている。

 その一角に「記憶、反省、そして友好」と刻まれた『朝鮮人追悼碑』がある。20年前の04年に群馬県議会の全会一致の下に建立され、同地を訪れるたくさんの市民に過去を振り返る機会を提供してきた。

 問題が起きたのは14年のこと。設置当初の取り決めに従い市民団体が10年ごとの許可更新を求めたところ、県は「設置条件に反する」と不許可を言い渡した。

 過去に追悼碑の前で行われた追悼式で、参加者が発言した「強制連行」という発言が「政治的発言」にあたるという理由だった。背景には右派の執拗な抗議が存在した。

 市民団体『「記憶反省そして友好」の追悼碑を守る会』は同年、県の決定が違法であるとして提訴した。一審の前橋地裁は市民団体の手を上げたものの、東京高裁は県の決定を適法とする判決を下し、22年に最高裁で確定した。

 代替地への移転などを求める県と話し合いでの解決を望む市民団体側の交渉は不十分なまま、県は今月29日から行政代執行での撤去を決めた。費用約3000万円も市民団体が負担せよというものだ。

追悼碑には28日の追悼集会で多数の献花が行われた。29日、市民提供。
追悼碑には28日の追悼集会で多数の献花が行われた。29日、市民提供。

●現地取材を重ねる韓国メディア

 代執行を控えた28日、群馬の森には多くの市民が集まり、碑を惜しみ県の決定に反対する集会を開いた。そしてこの様子は過去に「朝鮮人強制連行(韓国では強制徴用とも)」の被害を受けた地域である、韓国でも大きく報じられた。

 28日から29日にかけて韓国メディアが配信した記事の数は17本(29日午前11時、BIGKindsで「群馬県 追悼碑」で検索)にのぼる。全国紙、地上波テレビ、ニュース社など7社によるものだ。

 また、通信社『聯合ニュース』が28日から記事を4本出していることから、これを引用する形で多数のネット記事が出ている。ポータルサイトで検索したところ、その数は50本近い。

 本記事では、現場に足を運び書かれ、報じられた主要なニュース5つを引用してみる。

(1)KBS:“強制徴用追悼碑撤去”… 日本の市民団体“歴史否定”と反発

KBSニュースより引用。
KBSニュースより引用。

 日本のNHKにあたるKBSは28日、この日、現地で取材した映像と共に夜9時からのメインニュース番組の中で報じた。

 記事ではその間の経緯を詳しく伝えると共に「市民団体は追悼碑を撤去することは“強制連行はなかった”という歴史否定に加担するものと言った」とし、市民団体の声を伝えている。

 また、4000筆を超える署名が集まるなど「撤去反対の声が高まっている」様子を伝えた。

(記事リンク、韓国語)https://news.kbs.co.kr/news/pc/view/view.do?ncd=7877050

(2)MBC:朝鮮人追悼碑撤去…最後の追悼行事に‘右翼が乱入’

MBCニュースより引用。
MBCニュースより引用。

 KBSと並び政府の法律に拠って運営されることから(KBSと異なり受信料徴収はなし)、やはり公営放送と呼ばれる地上波テレビMBCも、28日夜8時前からのメインニュースで現地取材の結果を報じた。

 報道では右翼が追悼行事の妨害に来る様子を伝え、さらに追悼碑の由来と撤去に至る経緯を過去の映像と共に振り返っている。また、撤去費用を市民団体に求める県の立場と「受け入れられない」という市民団体の立場も伝えた。

 さらに山本一太知事の「外交への悪い影響と言いますけども、まず外交ルートで話は来ていませんので、今の段階ではそういう事態が起こるとは思っていません」という発言を紹介し、韓国政府への公式な対応を求めた。

(記事リンク、韓国語)https://imnews.imbc.com/replay/2024/nwdesk/article/6566499_36515.html

(3)SBS:‘朝鮮人追悼碑’撤去を前に反対集会…右翼団体衝突

SBSより引用。
SBSより引用。

 韓国の民放地上波SBSでも夜8時のメインニュースの中で報じた。やはり現地取材の映像を交えたもので、「日韓が未来へと共に歩くための里程標だと思います。絶対に撤去されてはなりません」という市民の声を取り上げると共に撤去に至るその間の経緯を説明している。

ニュースの末尾では記者による「歴史的な事実を反省しようという追悼碑でさえ強制撤去される状況で、未来志向的な韓日関係の構築を期待するのは難しそうだ」という一文があった。

(記事リンク、韓国語)https://news.sbs.co.kr/news/endPage.do?news_id=N1007516006&plink=THUMB&cooper=SBSNEWSPROGRAM

 見てきたように28日の晩には、KBS、MBC、SBSとすべて地上波テレビが群馬県による撤去の一方をメインニュースで扱ったことになる。これは一般的に韓国では「非常に大きなニュース」の扱いであることを留意しておきたい

(4)東亜日報:日市民達“記憶−反省することが間違いなのか”…群馬県‘徴用朝鮮人追悼碑’撤去批判

東亜日報より引用。
東亜日報より引用。

 テレビだけでなく、一晩明けた29日の新聞各紙も群馬の森で起きている出来事を伝えた。保守系日刊紙『東亜日報』は、特派員による前日の現地取材を元にした記事を掲載した。

 記事では「追悼碑に刻まれた記憶、反省、友好という言葉がおかしいのですか?これが問題だと考えるならが人として問題があるのではないですか」、「ここに静かにある追悼碑がなぜ問題になるのか分からない。こんな追悼碑があるのを今回知った」など、追悼行事に集まった撤去に反対する市民の声を3つ取り上げていた。

 そして、他紙と同様にその間の経緯を説明しつつ、「群馬県の追悼碑撤去をきっかけに、日本にある様々なな関連追悼施設に対し右翼団体が執拗に言いがかりをつけ‘歴史の消去’が行われるという憂慮がある」と見解を明かした。

(記事リンク、韓国語)https://www.donga.com/news/article/all/20240128/123270934/1

(5)ソウル新聞:[ルポ]29日群馬県朝鮮人追悼碑撤去…消え去る韓日友好の象

ソウル新聞より引用。
ソウル新聞より引用。

 中道系日刊紙『ソウル新聞』は、28日と29日にかけてウェブと紙面に3件の記事を配信している。

 28日のルポでは現地を訪れた記者が「この追悼碑がなくなる場合、私たちの孫の世代に今後この追悼碑を見せながら日帝時代に朝鮮人に食べ物もろくに与えず過酷な労働をさせたことを生々しく説明することが難しくなるでしょう」、「韓日友好の象徴であるこの追悼碑を守る問題に対し韓国でも多くの関心を持って欲しい」という市民団体の声をはじめ、当日の追悼集会の様子を詳細に伝えた。

 記事はさらに、追悼碑の設置に至る過程、とりわけ「群馬県では植民地時代に6000人が軍需工場や鉱山に動員され、300〜500人が命を落とした」という点を韓国の読者に説明している。

 29日の紙面にはルポを一般の記事形式に変えたものを掲載した。

(記事リンク、韓国語)https://www.seoul.co.kr/news/newsView.php?id=20240128500059

 また同紙では済州島(チェジュド)発の記事で29日、訪日中の済州特別自治道の呉怜勲(オ・ヨンフン)知事が今回、群馬県の山本一太知事や中曽根弘文参議院に直接、追悼碑撤去に対する懸念し「円満な解決を要請した」ことを伝えている。

26日、群馬県庁で山本一太知事(右)と面談を行う済州特別自治道の呉怜勲(オ・ヨンフン)知事。ソウル新聞より引用(元は済州特別自治道提供)。
26日、群馬県庁で山本一太知事(右)と面談を行う済州特別自治道の呉怜勲(オ・ヨンフン)知事。ソウル新聞より引用(元は済州特別自治道提供)。

 該当記事では特に呉知事が27日に会った群馬県出身の中曽根議員との対話が公開されている。
 この席で呉知事は「強制動員朝鮮人追悼碑を一方的に撤去し廃棄するのではなく、新たな知恵が出てほしい」、「日本全域に朝鮮人追悼碑と似た施設が150あまり設置されている。群馬県の追悼碑撤去問題が他の地域に広がる場合、韓日関係が悪化する」という憂慮を伝えたという。

 これに対し中曽根議員は「群馬県と市民団体が円満な合意点を探しているものと聞いている」と述べたとのことだ。

(記事リンク、韓国語)https://www.seoul.co.kr/news/newsView.php?id=20240129500011

●韓国ではこれから拡散

 この他にも、ニュース専門チャンネルYTN、通信社『聯合ニュース』、日刊紙『中央日報』、『ハンギョレ』、経済紙『ソウル経済』などで群馬県による朝鮮人追悼碑撤去ニュースを扱っている。

 28日以前にもいくつかのメディアが伝えていたが、昨日今日と明らかに記事量が増えており、韓国にはようやくこのニュースが伝わったと見てよいだろう。

 「群馬の森」現地では代執行に伴う準備が現地で始まっていることもあり、今後は韓国の政治家や市民団体による言及も増えていくものと見られる。

 なお、韓国外交部が今回の一件に言及したのは、23日が最後となっている。

 『YTN』の23日付け記事によると外交部の当局者はこの時に「日本側と必要な疎通をしている」と明かし、「今回の事案が両国間の友好関係を阻害しない方向で解決することを期待している」と立場を述べたという。

群馬の森にある朝鮮人追悼碑。29日午前に撮影されたもの。市民提供。
群馬の森にある朝鮮人追悼碑。29日午前に撮影されたもの。市民提供。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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