「究極の選択」のキプロス救済策 再び露呈したメルケルの限界
銀行分割案
ユーロ圏や国際通貨基金(IMF)から100億ユーロ(約1兆2300億円)の融資を受ける代わりに国内金融機関の全預金に6・57~9・9%の税金をかける救済策を拒否したキプロス議会は22日、同国第2位のライキ銀行を分割するなどの代替案を協議した。
「25日までにキプロス議会が当初の預金課税による58億ユーロを調達する代替案を成立させることができなければ、キプロス最大手のキプロス銀行とライキ銀行への緊急流動性支援を打ち切る」
欧州中央銀行(ECB)はこうキプロスに最後通牒を突きつけた。
緊急流動性支援が絶たれれば、上位2行が破綻するだけでは済まなくなる。翌26日にキプロスの金融機関が再開したとたんに取り付け騒ぎが起きて金融システムは破たん、国内経済も死に瀕し、キプロスはユーロ圏から離脱する最初の国になるだろう。
ライキ銀行を優良資産からなる「グッド・バンク」と不良資産を集めた「バッド・バンク」に分割。現行法で預金保護の対象となっている10万ユーロまでの預金はグッド・バンクに集めて保護する。大口預金者からは9・9%課税した後、残った債権をバッド・バンクに移して焦げ付けば帳消しにするとみられている。
銀行分割に加え、年金基金を国有化、海底ガス田の利権などをひっくるめた基金を設立して不足分を調達しようという考えだ。
海外債権、踏み倒したアイスランド
銀行分割案にご執心なのはドイツとIMFだ。
バランスシートが国内総生産(GDP)の8倍にもなるキプロスの金融機関は半分で十分、とドイツは主張する。2008年の世界金融危機で金融システムが破綻したものの、その後、V字回復したEU非加盟の島国アイスランド型の再建策をドイツやIMFは描く。
アイスランドは世界金融危機で国内銀行大手をすべて国有化し、グッド・バンクとバット・バンクに分割。優良資産をグッド・バンクに移して国内預金者を保護するための資金を確保した。その一方で、英国やオランダの預金者を含めて国外債権をバット・バンクに集めて踏み倒すという荒業を見せた。
通貨暴落で国外債権の返済額が膨れ上がるのを借金踏み倒しで防ぐ一方で、通貨安を利用して観光や輸出を促進し、2011年には早くも2・9%のプラス成長に転じた。金融立国を目指していたアイスランドの金融機関も破綻時にGDPの10倍という負債を抱えていた。
ドイツのメルケル首相やショイブレ財務相はキプロス銀行もライキ銀行も事実上の支払い不能だとみている。アイスランドを見習って、ロシアのオルガルヒの財産をバッド・バンクに放り込んで不良債権化すれば踏み倒してやろうという魂胆なのだ。
米格付け会社ムーディーズによると、キプロスの預金の3分の1に相当する310億ドル(約2兆9400億円)がロシアの資金だ。ユーロ圏にとっては、仮に58億ユーロ(約7100億円)をすべてロシアにおっかぶせても「痛み分け」というわけだ。
激怒するプーチン
キプロス救済のためにいち早く25億ユーロを融資したロシアはユーロ圏とIMFの交渉からつんぼ桟敷に置かれた上、返済期限の延長と利子の減免を求められた。
プーチン露大統領はユーロ圏の一方的なやり方に「不公平、素人、危険だ」とカンカンだ。預金課税の犠牲になるオルガルヒの中には、自分の仲間も含まれている。
欧米メディアによると、キプロスのサリス財務相と会談したロシアのシルアノフ財務相は22日、キプロスの海底ガス利権を束ねる国営会社を設立、社債や株式をロシアが購入するというキプロス案では合意できなかったと語った。
「トロイカ」と呼ばれる欧州委員会、ECB、IMFとキプロスの交渉を見てから、判断するというのがロシア側の立場だ。
返済期限の延長や利子の減免について、サリス財務相は「条件が調整されると思う」とだけ話した。
前例なき預金課税
IMFの調査では1970年以降、147件にのぼった銀行の経営危機で全預金者に損失負担を求めた例は一つもない。
しかし、ユーロ圏とIMFは、10万ユーロ未満の預金者に6・57%、10万ユーロ以上の大口預金者に9・9%の税金をかける救済策を押し付け、16日、キプロス政府は渋々、応じた。
キプロス国内の預金者は激怒し、キプロス議会は19日、全員一致で最初の救済策を否決した。21日には銀行分割案に抗議する数百人のデモ隊が議会前に集まり、警官隊と衝突した。救済策がまとまっても、キプロス経済が息を吹き返すとは考えられない。ギリシャのようにGDPが20%以上、縮小する恐れは十分にある。
ポーカーゲーム
ロシアとユーロ圏を両天秤にかけ、譲歩を引き出そうとするキプロスに対して、今年秋に総選挙を控えるメルケルは不快感をあらわにしている。
キプロスは数日にわたってトロイカとの接触を絶っている。金融破たん、ユーロ離脱という崖を背に「死のポーカーゲーム」を演じている。しかし、裏を返せばメルケルも同じ過ちを犯している。
キプロス救済に必要なのはすべて合わせて170億ユーロ。ギリシャ救済に要した資金の14分の1以下、アイルランド救済の5分の1。
「どうしてナチとなじられながら、われわれのオカネをドブに捨てなければならないのか」というドイツ国内な強硬な世論に押されて、メルケルも後に引けない。後退は総選挙での敗北を意味する。
キプロス救済を穏便に済ませた方がコストは随分と少なくなる。しかし、事をここまで荒立てれば、キプロスの金融危機がギリシャ、スペイン、アイルランドに飛び火しないという保証は何一つない。
ギリシャの財政粉飾が明らかになった2009年秋以降、何度も繰り返されてきた光景が再び繰り広げられた。
英紙フィナンシャル・タイムズは「アンゲラ・メルケルが砂に線を引いては消す。2~3の条約を破り、最後はECBに押し付ける。ドラギ総裁は嫌々従っている」と皮肉った。
ドイツの限界
コール初代ドイツ首相のスピーチ・ライターを務めた歴史家ミヒャエル・シュテュルマー氏に2011年秋、メルケルについて取材したことがある。
コールはメルケルの政治の師で、メルケルは「コールのお嬢さん」とも呼ばれた。しかし、最後はメルケルに糾弾され、コールは政界を去った。シュテュルマー氏によると、コールは会合でメルケルと隣同士になっても言葉も視線も交わさないという。
「誰でも選挙が気になる。政治家なら当たり前のことだ。しかし、自分の政策、自分の立場について政治指導者は語る必要がある。メルケルは天才的な戦術家だ。東日本大震災の福島第1原子力発電所事故で脱原発にUターンしたことからもわかるように、近視眼的に判断している。コールと違って欧州の未来について長期ビジョンがまったくない」
シュテュルマー氏はメルケルをこう切り捨てた。
「どうしてドイツは欧州全体のことを考えて行動できないのか」と質問すると、シュテュルマー氏は「ドイツはドイツのことを考えるだけで精一杯だ」と語った。
欧州の中原に位置するドイツはフランスとロシアに挟まれている。欧州大陸の中では強国だが、欧州全体を支配するほどの大国ではない。それが第一次大戦、第二次大戦の悲劇を生んだ。
「ドイツは欧州のバランサーにはなれない。欧州には米国や北大西洋条約機構(NATO)、EUのような調整役が必要なのだ」とシュテュルマー氏は悲しそうな表情を浮かべた。
欧州で米国やNATOの存在感が薄まり、ユーロ危機を境にドイツはEU内で支配的な地位を占めるようになった。しかし、メルケルが総選挙で頭が一杯なのと同じように、ドイツはドイツのことを考えるだけで精一杯なのだ、とシュテュルマー氏はつぶやいた。
日本の長期金利は0・555%
22日の東京債券市場は、日本国債を買う動きが一段と強まり、長期金利は0・555%まで下がった。約9年9か月ぶりの低水準だ。
キプロスのドタバタは世界経済の新たな不安材料になっている。長期金利の上昇を警戒するアベノミクスと黒田日銀にとって思わぬ追い風だが、円安にブレーキがかかるリスクもある。
(おわり)