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2040年、「一族の墓」から「みんなの墓」へ

鵜飼秀徳ジャーナリスト、正覚寺住職、(一社)良いお寺研究会代表理事
女性の墓問題は深刻だ(写真:アフロ)

3人に1人が未婚の時代に起きる「墓問題」

単身女性、いわゆる「おひとりさま」の墓問題が深刻である。

単身女性は代々続く墓を継承しづらい、という慣習がある。個人向け永代供養墓や海洋散骨など、おひとりさまに便利な葬送はあるが、生前に準備しておく必要があったり、コスト面での不安が生じたりすることもある。死後、単身女性の安住の地はどこに求めればよいのか。おひとりさまの死後の環境は、まだまだ整っていないのが実情だ。

婚姻件数は激減を続けており、2023(令和5)年は約47万組(推定)で戦後最少を更新した。生涯未婚率(50歳まで一度も結婚したことのない人の割合)は男性が28・3%、女性が17・9%(2020年国勢調査)と、こちらも右肩上がりに増加している。2040(令和22)年頃には生涯未婚率は男性が30%以上、女性が20%以上になる勢いだ。

生涯未婚率は男性のほうが女性より10ポイントほど多いが、墓問題は女性がより深刻である。なぜなら、単身女性が墓の継承者になるケースが、あまり見られないからだ。

私の寺では檀家が100軒(家)ほどある。単身女性の墓所継承を阻むような規定は設けていないが、おひとりさま女性が墓所の継承者になっているケースは1つもない。親族間での合意ができていれば単身女性が墓所を継承することは可能だが、実際にはそうはなっていないのだ。

民法では第897条にこう規定されている。

第897条(祭祀に関する権利の承継)

系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。

「慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が継承する」という点がポイントである。慣習とは、地域における葬送文化や、先祖から受け継がれてきた伝統のことである。

つまり、祭祀継承に関しては、現在にいたるまで、事実上「長男が慣習に従って相続してきている」のである。実態としては戦前の祭祀継承のかたちと、なんら変わらないのである。

「義理の姉と同じ墓はイヤ」

祭祀継承権を得た長男やその妻や子は、一族の墓に入ることができる。同時に、墓の管理費や法事にかかる費用などを負担することにもなる。

法律上、墓や仏壇は、婚姻の有無は関係なくきょうだいの誰でも継承できることになっているにもかかわらず、そうはなっていない。あるいは叔父や叔母、甥や姪、もっといえば、血のつながっていない知人関係でも一族の墓を継承することが、可能であるはずなのに。

しかも、単身女性は祭祀継承者になりにくいのに、単身男性の場合はなぜか一族の墓に入れるケースが多い。

いくつか具体的な事例を紹介しよう。あくまでも架空のケースであるが、類似のケースは私の周りでもしょっちゅうみられる。

両親を亡くした姉・山田A子さん(独身)と、弟・山田B夫(結婚して妻C美さんと子がいる)さんら親族がいた。

もちろんA子さんが山田家の墓を継承し、自身もその墓に入ることは可能である。だが、永続的に山田家の墓を護持していくには子がいるB夫さんのほうが都合がよい。必然的に山田家の墓の継承者はB夫さんになり、B夫さんの死後はその妻や子、孫へと引き継がれていく。

この時、A子さんとC美さん、あるいはA子さんからみて甥や姪との関係性が良好であれば、独身のA子さんは山田家の墓に入ることも可能だ。

しかし、C美さんからみれば義理の姉で、血のつながりのないA子さんとは同じ墓に入りたくないという。結果的に、A子さんのほうが遠慮し、独自に永代供養墓を探すことになった。

墓の継承を決定づける「きょうだい仲」

また、次のような例もよくあるケースだ。

鈴木D蔵さんには、2女1男(長女E子さん=結婚して子がふたり、二女F子さん=バツイチで息子がひとり、長男G男さん=結婚して子がひとり)がいる。この場合もやはり、G男さんが墓を継承することが多い。まず、E子さんのような立場の人は鈴木家の墓は継承しないのがほとんどだ。夫の家の墓に入るからだ。

F子さんには元夫がいるが、元夫に後妻がいない限りは、元夫のほうの一族墓をF子さんの息子が面倒をみなければならない、などのややこしいことが起こりうる。

結局はシンプルに墓地継承を考えた場合、G男さんが継承するのが最も現実的、ということになる。

墓問題は、男の目線では気づきにくいが、多くの女性にとっては心配事だ。これは、日本中のありふれた問題なのだ。その根底には、江戸時代から継承されてきた檀家制度、血統を守ろうとする潜在的意識、ムラ社会の慣習、女性への差別的な見方などがある。

そうした中で、おひとりさま専用の永代供養個人墓の需要が伸びている。いま流行りの樹木葬などは、おひとりさまで入れるものが多い。

こうした永代供養墓は(墓地管理者の規定にもよるが)生前に予約購入をしておくことで、本人の死後、たとえば23回忌とか33回忌の節目まではそこで供養してくれることが多い。契約期間が過ぎれば、合祀(不特定多数の遺骨を一緒に祀る墓に移動)される。

お墓に入りにくいおひとりさまの受け皿として、海洋散骨も人気である。現在、海洋散骨は全埋葬数のうち1%ほどを占め、将来的には2%ほどまで伸びていくと推定されている。おひとりさまの増加が背景にあると考えられる。

しかし、本来は、単身女性は一族の墓に入るのがベストである。そうすることでコストも抑えられるし、長い期間、供養を続けることができる。また、男女を問わず単身者は堂々と墓の継承者になるべきである。墓や法事にかかるコストは親族で分担し、親族全体で墓を護持していくのが理想的だ。

現代の墓問題は多くが、「イエの墓」という古い概念と、きょうだいや親族仲に起因する。むしろ、後者の関係性が良好であれば、すべてが解決する問題でもある。

先祖代々、受け継がれてきた墓ではあるが、直系傍系に関係なく、また、血縁のない知人・縁者も入れてあげるくらいの寛容さが、寺にも墓地継承者にもほしいと思う。

本稿は拙著『仏教の未来年表』(PHP新書)より再編集した。

ジャーナリスト、正覚寺住職、(一社)良いお寺研究会代表理事

1974年、京都市生まれ。成城大学卒業。報知新聞、日経BPを経て、2018年に独立。正覚寺(京都市)第33世住職。ジャーナリスト兼僧侶の立場で「宗教と社会」をテーマに取材、執筆、講演などを続ける。近年は企業と協働し「寺院再生を通じた地方創生」にも携わっている。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』『仏教の大東亜戦争』(いずれも文春新書)、『ビジネスに活かす教養としての仏教』(PHP研究所)、『絶滅する「墓」』(NHK出版新書)など多数。最新刊に『仏教の未来年表』(PHP新書)。一般社団法人「良いお寺研究会」代表理事、大正大学招聘教授、東京農業大学・佛教大学非常勤講師など。

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