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ワクチンの「有害事象・副反応疑い」と「副反応」の決定的な意味の違い

紙谷聡小児感染症専門医、ワクチン学研究者
(写真:アフロ)

このシリーズは、新型コロナウイルスワクチンの日本への導入にあたり、読者の方がワクチンの安全性や副反応についての正しい基本的知識を身につけていただくことを目的としています。一口にワクチンの安全性といっても、その安全性を理解するためにはいくつかの基本的な用語や考え方を知っておくとことが大切です。そうすることで、メディアから日々報道されるワクチンの安全に関するニュースに対してご自身でより良く判断できるようになります。(※この記事は私の個人ブログ(2020年12月5日)より転載かつ編集したものです。)

まずは前回の記事も合わせて読んでいただければわかりやすいかと思います。

前回は、「ワクチンの後に起こったからといってワクチンが原因とは限らない(前後関係があるからといってそのまま因果関係になるわけではない)」ことをお伝えしました。

今回は、それを踏まえて厚生労働省などの資料を参考にワクチンの安全性に関する用語を説明していきたいと思います。

「有害事象」と「副反応」の用語の決定的な違い

さて、いきなり仰々しい言葉がでてきました。有害事象。なんて恐ろしい名前なんでしょう、字をみるかぎり有害そのもののような印象です。実際、有害事象ときくと、まるでワクチンによって起きた有害な健康被害と結び付けてしまいがちですが、実際は全く違います。ここでは、有害事象=副反応ではないということを説明します。

1.有害事象とは、ワクチン接種後に起こった好ましくない事象のすべてを指します。

ワクチン接種の後に起こったもので好ましい結果でないものは、すべて有害事象として扱われます。つまり前後関係さえあれば、なんでも有害事象です。この時点では因果関係は関係ありません(つまり実はワクチンのせいではないものも含まれることになります)。たとえ前回の例であげたような、交通事故による死亡例、友達からうつったインフルエンザによる脳の病気の例であっても、もしも誰かによってワクチンのせいだと報告されてしまえば、それは有害事象として扱われるのです。

「交通事故を有害事象だなんてそんなわけないでしょう」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実際の話としてモデルナワクチンの臨床試験中に、ワクチンを打った「後」に雷に打たれる被害にあわれた事例がありましたが、この事例も有害事象として製薬会社や国の関連機関にきちんと報告されています。有害事象「落雷」です。

繰り返しますが、有害事象は因果関係の有無は求めず、前後関係のみを必要とします。つまり、有害事象といってもワクチンが原因かどうかは全く分からない状態のことを指しているのです。厚生労働省や医薬品医療機器総合機構(PMDA)では、このような調査前の「有害事象」をすべて「副反応疑い」として報告を処理しています。

ちなみに、有害事象という言葉はいかにも悪そうな事柄を想起して誤解を与えてしまうことから、「副反応疑い」という用語に切り替えられましたが、この「疑い」という言葉もいかにもワクチンのせいだと疑っているように聞こえるため、一般の方にとても誤解されやすい気が個人的にします。

いらすとやさんより筆者作成
いらすとやさんより筆者作成

2.副反応とは、裏の取れた(因果関係の証拠がそろった)有害事象のことです。

では副反応(俗にいうと副作用)とはなんでしょうか?

それは、前後関係さえあればなんでもよかった有害事象のなかで、慎重な検討および適切な研究によって因果関係の証明されたものを特に副反応と呼びます。例えば、ロタウイルスワクチン後に極まれに腸重積という病気にかかる場合があるのですが(ちなみに新しいタイプのロタウイルスワクチンはこの確率はずっと少ないです)、これは大規模な疫学研究を行うことによって証明されています。つまり、有害事象はどんな事柄でも含めてしまいますが、副反応については因果関係を証明するために、専門家による検討、高度な安全性モニタリングシステム、そして質の高い研究が必ず必要になります。このため、専門家は副反応があると簡単には結論できることはできません。しっかりとした検証が必要だからです。

つまり、下記の図のように、本当に予防接種による害である副反応とは、有害事象の事柄のほんの一部なのです。

ではなぜこのような誤解されやすい用語の違いがあるのでしょうか?

それは、万が一にも本当の副反応を見逃さないように、どんな事象でもまずはいったんすべて「有害事象」として受けつけましょう、そしてその中から本当に副反応である可能性があるものをきちんと調べていきましょうと、2段階のアプローチをしているからです。これは、専門家や科学者、行政の方々の予防接種の安全性に対する誠実な姿勢によるものともいえます。

しかし、誠実なことは良いのですが、残念ながら有害事象(副反応疑い)という用語は非常に誤解されやすいです。それでは例を見ていきましょう。

厚生労働省ウェブサイトより引用
厚生労働省ウェブサイトより引用

厚生労働省の過去のMR(麻疹風疹)ワクチンの副反応疑い報告(平成31年4月30日報告分まで)では、平成25年から31年までに144例の有害事象の重篤例が報告されたというレポートです。これをみて、

「えー!?144人も有害事象があるなんて知らなかった!やはりワクチンは怖い!」

と一般の方々なら怖がってしまいます。でもここまで記事をよんでくださった方は、お気づきになれれたかと思います。そうです、これはあくまで「有害事象・副反応疑い」の段階なので、前後関係しかない事象のことなのです。因果関係は全く分かっていないもの、その精査が行われていないものを含むのです。しかも、このデータをよく見てみると、この重篤といわれているものの中には、「中耳炎」、「咳」といった、あれ?中耳炎が重篤?と首をかしげるものも含まれているのです。この資料には下記のような注意書きがきちんと記載されていますが、見落とされやすいです。

※副反応疑い報告については、医薬品との因果関係が不明なものを含め、製造販売業者又は医療機関から報告されたものであり、個別に医薬品との関連性を評価したものではない

※「重篤」とは、死亡、障害、それらに繋がるおそれのあるもの、入院相当以上のものが報告対象とされているが、必ずしも重篤でないものも「重篤」として報告されるケースがある。

そして、もしもこの数字のみを記事の見出しにして、

いらすとやさんより筆者作成
いらすとやさんより筆者作成

このようにテレビや新聞、インターネットなどで報道されたとすれば、もう目も当てられません。この有害事象と副反応の言葉の違いを知らない一般の方々はすぐに、「なんて危険なワクチンだ」と考え始めるでしょう。因果関係は全く証明されていないのにも関わらず、数だけが独り歩きして、非常に危険な誤情報になります。実は、この言葉の定義を正しく理解している方は多くはなく、一般の方やメディアの方だけでなく、医療者であっても混同している方もいらっしゃいますが、これはやはりややこしい用語のせいもあると思います。

今後、コロナのワクチン安全性関連の情報はたくさんでてくるかと思いますが、まずはこの基本となる用語の定義をおさえて知識の備えをしていただくとよいかと思います。

小児感染症専門医、ワクチン学研究者

エモリー大学小児感染症科助教授。日本・米国小児科専門医。米国小児感染症専門医。富山大学医学部を卒業後、立川相互病院、国立成育医療研究センターなどを経て渡米。現在、小児感染症診療に携わる傍ら、米国立アレルギー感染症研究所が主導するワクチン治療評価部門共同研究者として新型コロナウイルスワクチンなどの臨床試験や安全性評価に従事。さらに米国疾病予防管理センター(CDC)とも連携して認可後のワクチンの安全性評価も行っている。※記事は個人としての発信であり組織を代表するものではありません。

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