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日本は中国との闘い方を知らない

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
2014年11月、 APECにおける日中両首脳(写真:ロイター/アフロ)

 米中関係が悪化すると日本にすり寄ってくるのは中国の常套手段だ。安倍総理の公式訪中を延ばして日本を焦らせ、日本側から会いたいと言わせることにも成功した。中国が日本を必要としている時に日本はどうすべきか?

◆米中関係が悪化すれば日本に「微笑む」中国の悪い癖

 米中関係が悪化すれば日本にすり寄ってくるのは、国交正常化以来の中国の悪い癖だ。必ずと言っていいほど同じ行動を取る。

 1989年6月4日の天安門事件によって中国は、アメリカを中心とする西側諸国によって厳しい経済封鎖を受けたのだが、それを最初に破ったのは日本だった。

 トウ小平は直ちに部下を使って、日本の政財界に働きかけて日中友好の重要性を説き、微笑みかけてきた。

 すると、同年7月に開催された先進国首脳会議(アルシュ・サミット)で日本の当時の宇野首相は「中国を孤立させるべきではない」と主張し、1991年には海部首相の時に円借款を再開し、西側諸国から背信行為として非難された。

 さらに1992年4月、中共中央総書記になっていた江沢民は日中国交正常化20周年記念を口実に訪日し、既に病気療養中だった田中元首相を見舞って、天皇訪中を持ちかけている。このころ江沢民は、「天皇訪中が実現すれば、中国は二度と歴史問題を提起しない」とさえ言っている。

 中国は「日本を陥落させて天皇訪中さえ実現させれば、他の西側諸国、特にアメリカの対中経済封鎖網は崩壊する」という戦略で動いていた。その戦略は見事に当たり、1992年10月に天皇訪中が実現すると、アメリカも直ちに対中経済封鎖を解除して、西側諸国はわれ先にと中国への投資を競うようになるのである。

 事実、当時の中国の銭其シン外交部長は回顧録で、天皇訪中を「対中制裁を打破する上で積極的な作用を発揮した」と振り返っているし、また「日本は最も結束が弱く、天皇訪中は西側諸国の対中制裁の突破口となった」とも言っている。

 こうして、天皇訪中のときには、アメリカに次ぐ世界2位のGDP(国内総生産)を誇っていた日本は、2010年には中国に追い越され、今では中国の3分の1という体たらくだ。

 今回も、トランプ大統領による厳しい対中強硬策に追い込まれた習近平国家主席は、安倍首相に「頬笑み」を投げかけることによって危機を回避し、日本をうまくコントロールしようとしているのである。

◆焦らし戦術

 おまけに中国は「相手を焦らす」という戦術を頻繁に使う。

 習近平が国家主席になってからは一度も訪日したことがないのも、非常に戦術的だ。日本側の首相を、「世界第二の経済大国になった中国のリーダーを訪日させることに成功すれば、外交に成功した」と勘違いさせる心理に追い込んでいくことができると計算している。そのためには「焦らせば焦らすほど」効果がある。相手が「会うことを承諾してくれるのなら、どんな条件でも受け入れましょう」と思うようになる心理に持っていく。

 計算通りに、安倍首相は、最近では第三国における事業なら、日本も協力する用意があるとして、「一帯一路」経済構想に協力する方向で動き始めた。

 日中両国首脳のシャトル外交を取り付けたいために、安倍政権は多くの自民党幹部や閣僚あるいは経済界などを動かして水面下で中国側関係者と交渉してきた。その熱心さは中国でも話題になっている。中国政府関係者は「対日外交戦略で中国は又もや大成功を収めている」と赤い舌を出して、ほくそ笑んでいる。

 天皇訪中のとき同様、日本はこの交渉プロセスにおいて、すでに敗北していると言わざるを得ない。

◆なぜトランプ大統領は対中強硬策を取り始めたのか

 昨年11月8日に訪中して、あれだけ習近平国家主席との親密ぶりを世界に振りまいたトランプ大統領が、なぜ突然、激しい対中強硬策に出始めたのか?

 その一つは昨年10月末に米国防総省アジア太平洋担当の次官補にランドール・シュライバー(愛称:ランディ)氏が任命されたからだ。

 ランディは大の嫌中派で完全な親台湾派。この時点でトランプ政権誕生時における大の親中派のキッシンジャー元国務長官の影響下からトランプは脱しようとしていると言っていいだろう。数多くの閣僚交代の原因の一つはそこにある。

 米国防総省は12月末に「国家安全保障戦略」を、そして今年1月には「2018年米国国家防衛戦略」を発表して、非常に厳しい対中強硬策を打ち出している。今年3月には、米台高級官僚の相互訪問を促進する「台湾旅行法」も成立させ中国との対立が鮮明となった。

 ランディ任命とほぼ同時進行で、トランプ大統領は「宇宙政策大統領令」を発布している(2017年12月11日)。これは、あくまでも国際宇宙ステーションに関するオバマ政権の決定に対抗する「アンチ・オバマ」戦略が出発点だった。しかし、その途上で習近平政権の「中国製造2025」が持つ恐ろしさに気が付いたものと判断される。

 トランプ政権は突如、中国に高関税をかけ始めて、いわゆる米中貿易戦争が始まった。

 「中国製造2025」では、2025年までにハイテク製品のキーパーツである半導体の70%を中国製造(メイド・イン・チャイナ)として自給自足することが盛り込まれているだけでなく、宇宙に関しては中国が実行支配する戦略が潜んでいる。

 アメリカを中心として運営されている国際宇宙ステーションは2024年に使用期限を迎えるので、その前に中国独自の宇宙ステーション「天宮」を打ち上げて、天宮をポスト国際宇宙ステーションにさせようと、宇宙開発に全量を投入している。「中国が宇宙の主人公」になって国連加盟国にも天宮の利用を提供するという戦略だ。

 一方、「一帯一路」沿線国の中の開発途上国のために、中国が代わって、その国の人工衛星打ち上げてあげ、その後のメイテナンスも見てあげるという協定にも既に著名済みだ。中国はこうして宇宙を実行支配するつもりなのである。天宮1号から3号までは試験衛星だが、有人飛行も既に実験済みだし、宇宙ステーションとなる「天宮」は2020年に打ち上げられ、2022年には有人宇宙ステーションとして正常に機能し始める。

 半導体は軍事や宇宙にも汎用性を持っている。2018年データでは、その半導体ファブレス企業のトップ10に中国が2社も入っている。

 もし「中国製造2025」が完遂されれば、アメリカが世界ナンバー・ワンから転落する危険性を孕んでいる。

 だからトランプ大統領はそれを阻止しようと、半導体の中国への輸出に制限を設け、ハイテク製品にも高関税をかけて猛然と中国と戦っているのである。

 ハイレベルの半導体がアメリカから入って来なくなれば、当面、中国は非常に困る。中国が輸出するハイテク製品の90%は輸入に頼っていたからだ。

 だから習近平は何としても日本に微笑みかけて、日本からハイレベルの半導体を輸入したいのである。世界のハイテク製品のほとんどが中国製であるこんにち、トランプに半導体の取引を制限(一部の中国企業には禁止)されたのでは、中国はお手上げだからだ。

◆日本が取るべき態度

 こんな絶好のチャンスに日本が取るべき態度は、「日本と仲良くしたいのなら、尖閣問題や東シナ海問題で譲歩しろ」という要求を中国に突き付けることである。

  そうすれば、習近平がどれだけ困るか、分からないのだろうか。

 だというのに、こちら(日本)から腰を低くして「どうかシャトル外交をしてほしい」と習近平に頼みに行くとは、なんとも情けない。 

  あまりに中国との喧嘩の仕方を知らな過ぎる。

 今ほど絶好のチャンスはなかったのに、少ないチャンスを失ってしまった。

 中国が「米中関係が悪化したので、それなら日本に」と、日本に頬笑みかけているのは承知の上で、安倍首相は習近平国家主席と会い、その上で「中国を利用し、日本に有利に持っていく」と考えているようだが、そんな中国ではない。中国の戦略がどれだけ周到でしたたかであるか、習近平が何を狙っているか、日本はもっと認識を深めた方がいいだろう。

◆一党支配体制のために「日本は永遠の敵」であり続けなければならない

 習近平の最終目標は「中国共産党による一党支配体制を維持すること」だが、中国共産党の一党支配体制を維持するためには、「日本は永遠の敵」であり続けなければならないのだ。

 なぜなら、「中華人民共和国(現在の中国)は、中国共産党軍が日本の侵略軍を打倒して誕生した国だ」と、中国では教えているからである。

 日本が敗戦したのは1945年8月15日で、中国が誕生したのは1949年10月1日だ。もし日本軍を打倒して中国が誕生したのなら、1945年から1949年までの間、中国共産党は何をしていたのかということになる。しかし「中国では4年間はデリートしているのです」と中国の若者は自嘲的に説明するが、その若者たちを説得するために、江沢民以降の中国は「抗日神話」を創りあげ、歴史を捏造しているのである。

 拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』にも書いたように、日中戦争中、中国共産党の毛沢東は日本側と密かに組んで、日本が戦っている相手国である「中華民国」の蒋介石率いる国民党側の軍事情報を日本に流し、国民党を弱体化させることに必死だった。毛沢東の敵は国民党、蒋介石。蒋介石を打倒して誕生したのが中華人民共和国、中国なのである。だから毛沢東は「日本の進攻に感謝する」と何度も述べている。「侵略」という言葉さえ使わなかった。

 この事実ほど、中国にとって恐ろしい史実はない。一党支配体制の正当性を失うからだ。

 この事実もまた、日本には圧倒的に有利なのだが、日本の政権は、口が裂けてもそれを言わないという「特徴」を持っている。

 それならせめて、トランプ大統領と足並みを揃える方向で動くべきではないのだろうか。

 天皇訪中によって日本は中国を、日本を凌駕する経済大国へと押し上げてあげたが、今回はそんなものではすまない。あの言論弾圧をしている中国がアメリカを凌駕して世界一になり、宇宙まで支配するのだ。人工衛星を破壊されたら、地上における日常生活の機能は全てマヒして壊滅する。

 それを喰い止めようとトランプは必死で中国と戦っている。

 そして習近平は、「中国製造2025」を成し遂げるためにと、国家主席の任期(本来なら2022年まで)を撤廃させたのである。

 このことを、1人でも多くの日本人が認識してほしいと切に望む。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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