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アリババが香港英字紙買収――馬雲と習近平の絶妙な関係

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
オバマ大統領とだって対等に渡り合うアリババの馬雲(写真:ロイター/アフロ)

今年6月、政府批判もしていた第一財経の株を取得したアリババが、今度はやや民主的な香港英字紙サウスチャイナ・モーニングポストを買収。馬雲の仲間の郭広昌は消息不明に。馬雲の目的は何か?習近平との関係は?

◆サウスチャイナ・モーニングポストの買収は何を意味するのか?

12月11日、中国の電子商取引最大手のアリババが、香港の英字紙サウスチャイナ・モーニングポスト(南華早報)を買収した。

サウスチャイナ・モーニングポストはイギリス占領時代の1903年に設立された英字新聞で、創設時はまだ清王朝時代だったため、「南清早報」という中国名を号していた。1912年に「中華民国」が誕生すると「南華早報」に改名し、現在に至っている。

中文版もあり、中英文ともウェブサイトがある。

政治的立場としては、激しい中国政府批判はしないものの、やや民主的で、昨年の雨傘革命のときには「普通選挙」を支持する報道をしたこともある。そのため中国の国家的ネット検閲機関である「防火長城(万里のファイヤーウォール、Great Fire Wall)」により中英文ウェブサイトとも完全に遮断されて、中国大陸のネット空間では見ることができなくなった。

解禁されたのは今年の9月になってからだ。しかしなお、「港澳台(香港、澳門、台湾)」に関する報道は大陸では封鎖されたままである。

そのサウスチャイナ・モーニングポストをアリババが買ったのだ。

それは何を意味するのだろうか?

実は今年6月にも、アリババは「第一財経日報」およびその系列のウェブサイトなどに対して、30%の株を取得して発言権を獲得している。表面上は「ビッグデータ処理」など、ビジネスが目的だとしているが、実際は違う。

第一財経のウェブサイトが発信する情報は、中国政府を客観的にではあるが、ときには堂々と批判することもあり、とても中国大陸のウェブサイトとは思えないような大胆さがあった。

ということは、どうもアリババは「民主化的傾向のあるメディア」あるいは、ともすれば「中国政府を批判する可能性のあるメディア」を、次々と買収したり大株主になったりして、その発信内容をコントロールしようという意図があるように見える。

特にサウスチャイナ・モーニングポストは、2013年7月に馬雲をインタビューした記事を4日連続で掲載したことがある。そのときアリババで起きた不祥事に関して責任問題を問うたとき、馬雲は「六四事件(天安門事件)のときにもトウ小平は国家最高の責任者として決断をしなければならなかった。あの決断(民主を叫ぶ若者を武力鎮圧したこと、筆者注)が正しかったように、最高責任者は毅然と決断をしなければならない」という趣旨の回答をした。この回答をサウスチャイナ・モーニングポストがウェブサイトに載せると、香港の若者たちが激しい抗議を発信し始め、またたく間に大陸のネット空間へと広がっていった。

そのため拙著『中国人が選んだワースト中国人番付――やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』に書いたように、ネットユーザーが2013年末にネットでアンケートを収集し2014年元旦に公表した「中国人クズ番付」の1位に馬雲の名があったのである。

その恨みもあったかもしれないが、ともかく中国政府を礼賛しないメディアの発言権をコントロールするような馬雲の動きは、どう考えても習近平と無関係とは思えない。

◆馬雲と習近平の関係

馬雲は1964年に浙江省杭州市で生まれている。1982年に高校を卒業したが、大学受験で数学の点数が悪く(1回目の受験で1点、2回目の受験で19点)、大学受験に失敗。そこで三輪車で雑誌社の本を運ぶ仕事に就いた。その後杭州師範学院で英語と対外貿易を学び、訪米したことからインターネット・ビジネスに興味を持った。

1999年にアリババを立ち上げるや、爆発的な成功を収め、2000年には雑誌『フォーブス』の表紙を飾るに至る。大陸にいる中国籍の中国人がフォーブスの表紙に載ったのは、中華人民共和国建国以来、初めてのできごとで、馬雲は一躍有名になった。

2002年から2007年まで浙江省の書記をしていた習近平は、「民間企業振興」に力を注いだ。当然ながら、浙江省で成功した馬雲のアリババを重視している。2007年から上海市書記になると上海市政府の指導層を引き連れて浙江省視察に出かけ馬雲に会い、「上海市に活動の拠点を移してくれないか」と頼んだほどだ(『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』125頁参照)。

それくらい馬雲を高く評価していた。だから、国家主席になった後の海外訪問では、馬雲を大規模な企業集家代表団の筆頭として随行させることが多い。たとえば今年7月の韓国訪問で習近平国家主席がスピーチをした時には、馬雲は代表団の第一列目に並んで「中国を代表する企業」としての存在感を見せつけている。中国の経済力によって韓国を中国側に惹きつけておきたい習近平としては、『フォーブス』の表紙を何度か飾っている馬雲は、言うならば中国経済成功のシンボルのようなものなのである。

9月の訪米のときも、随行した企業代表団の中国ネット界三大巨頭BAT(Baidu百度, Alibabaアリババ, Tengxun騰訊)の中で、馬雲は常にトップに並んでいた。

◆危機回避が馬雲を体制寄りにさせたのか?

では、馬雲と習近平の仲が非常に順調に行っているかというと、必ずしもそうではない。

実は今年1月15日、習近平は中共中央紀律検査委員会第三回全体会議閉幕に当たって、「私人会所」の取締りを厳しくしろという指示を出している。「私人会所」とはどういうことかというと、党や政府の組織でなく、私人が勝手に団体を作り、富豪のクラブのようなつながりで利益を追求していく行動を指している。

胡錦濤政権時代、中央司令塔の事務方のトップだったような令計画が「西山会」を作って暴利をむさぼり逮捕されたことは、まだ記憶に新しい(詳細は今年1月1日付けの本コラム<令計画の「西山会」――習近平が批判した「党内利権結託」の正体>)。

このとき馬雲が浙江省杭州市に作っていた「江南会」も調査の対象になることを、馬雲は事前にキャッチしていた。この「江南会」は2006年に浙江商人8人が発起人となって作った「会所」で、入会費20万元(約400万円)。厳格な入会審査がある。この江南会も西山会同様、捜査の対象になりそうだという情報が入ってきたのだ。

今年1月21日のダボス会議では、李克強首相に随行して、やはり李克強のスピーチの最前列に陣取っていた馬雲だったが、演台から下りた李克強は、馬雲の顔を見ず、その隣に座っていた企業家代表から握手を始め、立ち去っていった。

3日後の1月24日、中国国家工商総局はアリババが販売するネットショップ商品の62%以上が偽商品であると発表した。あらゆるネットショップの中で、最低の評価を受けてしまう。続けざま、1月28日に国家工商総局は初めて『アリババ集団に対する行政指導状況に関する白皮書(ホワイト・リポート)』(2014年)を刊行したのである。

窮地に追いやられ危機を感じ取った馬雲は、変わり身早く、「江南会」を「湖畔大学」に変身させ、私立の「創業者のための大学(専科)」を設立した。入学資格は3年以上創業経験があり、30人以上の規模の企業を経営していた者。今年3月からの開校で、150人が受験し、30人が合格した。学費は3年間で28万元(約500万円強)。

◆馬雲の「江南会」に「消息不明」になった郭広昌(復星集団CEO)が

湖畔大学創設メンバーは、「江南会」創設メンバーの8人と同じだ。

この8人の中に、12月10日から連絡が取れず「消息不明」となった復星集団のCEO郭広昌がいる。郭広昌は、今年11月に北海道上川管内占冠村にある星野リゾートトマムを買収したことで注目された人物だ。

失踪した原因は、どうやら光明集団の元CEO王宗南と関連があるらしい。王宗南は公金横領により上海市第二中級人民法院(地方裁判所)で判決を待つ身だが、審査過程で復星集団と便宜供与などに関する不正な利害関係があったことが判明している。

馬雲も一歩まちがえれば危なかったことになる。

令計画が捕まり、「私人会所」が取り調べの対象となることを知った瞬間から、馬雲の機転はフル回転し始めた。

イノベーションに国運をかける習近平政権の泣き所を突いて「湖畔大学」を設立させただけでなく、北京政府にとって頭が痛い香港の民主化運動を抑えるためのメディアを買収してしまうという戦略に出たわけだ。

今年9月の習近平訪米のときに随行した馬雲は、経済フォーラムにおける講演の寸前に、26か所も講演原稿を修正して、「習近平国家主席を讃える文言」に変換させたと言われている。

さすが、創業1年で『フォーブス』の表紙を飾っただけのことはある。

消息不明になった郭広昌のような目に遭わないよう、危機を回避する身変わりの速さを心得ている。

今年11月11日に、中国の独身者のためのネットショップフェアがあったが、大成功した馬雲に、李克強が祝電を送るという、こちらも変わり身の速さを見せている。

馬雲はまちがいなく、危機一髪で難を逃れただけでなく、災いを「福?」に転じさせたということができよう。 

これからは習近平政権の「新宣伝部」として目ざとく手を打っていくにちがいない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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