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「007の国」英国ではスパイ機関がコロナ接触追跡アプリの開発に協力 1日10万件検査を達成

木村正人在英国際ジャーナリスト
PCR検査に駆り出された英海兵隊員(写真:ロイター/アフロ)

英スパイの3本柱はMI6、MI5とGCHQ

[ロンドン発]人気スパイ映画「007」を生んだ国イギリスで新型コロナウイルス対策として、英政府は、通信を傍受するGCHQ(政府通信本部)にNHS(国民医療サービス)のICT(情報通信技術)システムにアクセスする権限を与えました。

GCHQは、007の主人公、殺しのライセンスを与えられたジェームズ・ボンドが所属する海外諜報機関MI6(秘密情報局)、国内防諜を担うMI5(情報局保安部)と並ぶ英情報機関の3本柱の一つ。偵察衛星や電子機器を用いた国内外の情報収集・暗号解読を担当しています。

英医療ニュース、HSJによると、コロナ危機で在宅勤務が増え、オンラインを使った取引も急拡大。これに伴ってサイバー犯罪やサイバー攻撃も激増しています。マット・ハンコック保健相は4月上旬、GCHQにNHSのサーバーセキュリティーを強化するよう要請。

NHSのシステムに蓄積された発症日・検査日・陽性確認日など感染者の医療情報や個人データがハッキングされれば、詐欺や不正アクセスなどのサイバー犯罪に悪用される危険性があります。

米中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデン容疑者が2013年、通信傍受を受け持つ米国家安全保障局(NSA)によるテロ対策市民監視システムの存在を暴露しました。GCHQはNSAと個人情報を共有してきたことが明らかになり、市民社会から激しい批判を浴びました。

100年に1度のパンデミック(世界的大流行)がもたらす人的・経済的・社会的被害はテロを凌駕し、経済的な損失は第二次世界大戦を上回る恐れすらあります。GCHQはNHSに蓄積された患者データにはアクセスしないとHSJに話していますが、大幅なアクセスを認められました。

「出口戦略」に向け、着々準備

感染者18万人超、死者2万8000人超の被害を出したイギリスでも第一波のピークを越え、「出口戦略」に向けた準備を進めています。1日10万件超の検査態勢を確立し、感染者の情報をもとに接触を追跡して疑い例の検査を実施して陽性者を隔離していく方針です。

NHSのためのテクノロジー開発を担当するNHSXが感染者の接触追跡アプリの開発を担当。GCHQからアドバイスを受けています。またNHSのデジタル部門では全コロナ患者のデータを解析して重症化する感染者を予測するアルゴリズムを開発中です。

グーグルやアップルなど民間のテクノロジー企業と協力した場合、患者の個人データや医療情報などセンシティブなデータの取り扱いが難しくなると判断したようです。

「揺りかごから墓場まで」の福祉国家モデルともてはやされたことがある原則無料のNHSは全居住者の年齢・性別・既往症・基礎疾患・処方歴など膨大な個人データと医療情報を記録しています。

携帯電話の位置情報と組み合わせれば感染者と接触した人だけでなく、その中に高齢者や持病のある人、妊婦といったハイリスク・グループがいたかどうかも瞬時に把握して本人に通知することができるようになります。韓国やシンガポール、台湾、香港ではこうした仕組みをすでに導入済みです。

1日10万件検査を達成した英国

ハンコック保健相は4月2日に同月末までに1日10万件の検査を実施できる能力を獲得するという目標を設定。23日に2万5000件を超え、30日に12万2347件に達したと報告しました。しかしこのうち2万7497件は自宅で、1万2872件がサテライトのセンターで行われ、精度は保証できません。

世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長は3月16日、守りから攻めに転じるためには徹底した検査実施が不可欠として「テスト(検査)、テスト、テスト」と呼びかけました。しかしPCR検査には手間とおカネがかかるため、日本国内では懐疑的な声が上がりました。

イギリスでも専門家から「1日10万件を実施しなければならない根拠がよく分からない」「PCR検査は偽陰性が多く出るため陽性者を見逃してしまう恐れがある」という声が上がっています。しかし「検査の数が必要なのは間違いない」という見方では一致。

検査能力の確立が必要な理由は筆者の考えるところ次の通りです。

・感染者と濃厚接触する医師や看護師で疑いのある人に適宜、検査を実施できないと14日間自宅待機を余儀なくされ、病院の人員確保が難しくなる。

・老人ホームの検査を実施できないと高齢者の被害拡大を防げない。

・都市封鎖や社会的距離の緩和と合わせて、新たに判明した感染者の接触を過去に逆上って追跡することで無症状や軽症の感染者をあぶり出して隔離できる。

・重症化する患者を予測するアルゴリズムの開発と組み合わせれば、早く対応できる可能性がある。

都市封鎖と社会的距離で感染爆発を制御したあとの出口戦略の世界標準は「Test(検査)」と「Trace(接触追跡)」です。一方、日本のPCR検査実施件数は累計でも18万1527件止まり。安倍晋三首相がどんな出口戦略を描いているのか是非、聞きたいところです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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