日本歴代最長2800日の安倍首相vsメルケル独首相 真の「危機の宰相」はどっち?
安倍首相「何を成し遂げたかが問われる」
[ロンドン発]安倍晋三首相は8月24日、第2次内閣発足から連続在任期間が2799日となり、歴代最長だった佐藤栄作を抜き単独1位になりました。来年9月の自民党総裁任期まで1年余。「ポスト安倍」は誰なのか、新型コロナウイルスで1年延期された東京五輪・パラリンピックが無事開催されるのか非常に気になります。
安倍首相は記者団とのやりとりで「政治においては、その職に何日間在職したかではなく、何を成し遂げたかが問われると思うが、この7年8カ月、国民の皆さまに約束した政策を実行するため、結果を出すために一日一日、日々、全身全霊を傾けてきた」と振り返りました。今月17日と24日に慶応大学病院を訪れたことについてはこう話しました。
「今日は先週の検査の結果を詳しく伺い、追加的な検査を行った。体調管理に万全を期して、これからまた仕事を頑張りたい。今日は再検査をしたところで、またそうしたこと(検査の内容や結果)についてはお話をさせていただきたい」。第1次内閣では体調不良のため安倍首相は突然退陣して世間を驚かせただけに目を離せません。
G7(先進7カ国)首脳会議では安倍首相は、ドイツのアンゲラ・メルケル首相に次ぐ古株です。参院に強い拒否権がある日本では衆参で与野党の議席数にねじれが生じた場合、政権が倒れやすくなります。野党総崩れに助けられ、選挙に勝って衆参のねじれを完全に解消したことが安倍首相の長期政権につながりました。
ドイツも日本と同じように2院制のかたちをとっているものの、ドイツ連邦参議院の権限は限られており、連邦憲法裁判所は「連邦参議院は第1院と同等に立法過程に決定的に関与する第2院ではなく、立法に協力するにすぎない」と述べたことがあるほどです。このため日本に比べてドイツの政権は長期化しやすい傾向があります。
安倍首相とメルケル首相の比較
安倍首相とメルケル首相を比べてみると、政党支持率や年齢こそ近いものの、政治信条や政治手法は大きく異なります。
メルケル首相は新型コロナウイルス・パンデミックで緊縮財政策を放棄して、国内総生産(GDP)の約40%に相当する緊急経済対策を発動しました。さらに欧州連合(EU)の崩壊を防ぐため、エマニュエル・マクロン仏大統領とスクラムを組んで加盟各国の債務共通化という欧州にとって歴史的な成果を残しました。
普段は慎重で最後の最後まで手の内を見せないメルケル首相ですが、福島原発事故を受けた電力政策、難民危機、そして今回のコロナ危機でも「君子は豹変す」の言葉通り180度政策を転換しました。
2015年、100万人超の難民を受け入れたメルケル首相の人道的な決断は歴史に残りますが、国内や旧共産圏EU加盟国の猛反発を受け、メルケル首相の政権基盤は大きく揺らぎました。
しかし欧州債務危機やイギリスのEU離脱を見れば分かるように、メルケル首相は危機が深まれば深まるほど真価を発揮します。彼女は土俵際に強い「危機の宰相」と言えるでしょう。
米メディアAxiosの世論調査ではメルケル首相はコロナ対策で評価を上げ支持率はプラス、マイナス差し引いて42%、一方、精彩を欠いた安倍首相はマイナス34%に落ち込みました。安倍首相は追い風の時こそ調子はいいものの、逆風になると一気に勢いを失くしてしまう傾向が強い印象を受けるのは筆者だけでしょうか。
安倍首相の長期政権を支えた日銀の異次元緩和
安倍首相最大の功績は、日銀の異次元緩和とそれに事実上ファイナンスされた財政出動で、円高を是正し、瀕死の状態だった日本経済に一息つかせたことです。コロナ危機がなければ、円安・株高、企業過去最高益の続出、一部の都道府県では有効求人倍率は2倍を超える活況で、歴代最長の記録達成を祝う声がもっと大きくなっていたでしょう。
日銀の資産残高は買い入れた国債、株式、不動産投資法人債など668兆円にのぼります。安倍首相が政権に就く直前は158兆円だったので単純に言ってしまうと510兆円のお金がばらまかれた計算です。安倍首相の長期政権を支えたのは日銀の異次元緩和です。
しかし、これだけ膨らませたバランスシートを日銀はどのようにして正常化させるつもりなのでしょう。対GDP比の政府債務残高を体重に例えてみます。80キログラムの体重を60キログラムに減らすだけでも大変なのに、240キログラム近い体重を60キログラムまでダイエットするのは想像を絶しています。
ドイツは第一次大戦後のハイパーインフレーションでナチスを生んだ歴史的な反省から均衡財政に固執します。
日本も敗戦でハイパーインフレーションを経験しましたが、大蔵官僚出身の池田勇人首相が著書に残した『均衡財政』の教訓は生かされませんでした。また、日銀の異次元緩和が日本の未来のためにどれだけ活かされたのかを考えると暗澹たる気持ちになります。
終戦記念日の首相式辞から消えた言葉
日米同盟を基軸に自由主義国家との連携を強めた安倍首相の外交・安全保障政策は評価されます。
しかし戦後75年に当たる終戦記念日の全国戦没者追悼式式辞で安倍首相は「あの苛烈を極めた先の大戦では300万余の同胞の命が失われました。今日、私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれました」と述べました。
そして「戦争の惨禍を二度と繰り返さない。この決然たる誓いをこれからも貫いてまいります。我が国は、積極的平和主義の旗の下、国際社会と手を携えながら、世界が直面している様々な課題の解決に、これまで以上に役割を果たす決意です」と誓いました。
しかし、戦後50年の村山富市首相の談話(村山談話)のポイントである「植民地支配と侵略」「アジア諸国」「多大な損害と苦痛」「痛切な反省の意と心からのお詫び」という言葉は跡形もなく消えてしまいました。従軍慰安婦や徴用工といった歴史問題が原因でこじれにこじれた韓国との関係も改善されないままです。
森友・加計学園問題で失われた有権者の信頼はもとには戻りません。憲法改正も掛け声倒れに終わってしまいました。安倍首相に決定的に欠けているのは危機のリーダーシップと有権者へのアカウンタビリティー(説明責任)です。
次の首相に誰がなっても、安倍首相が残した大きすぎる負のレガシー(遺産)を清算するのは並大抵のことではありません。
(おわり)