ローカル競馬場の最下級条件の競走がG1並みの盛り上がりを見せた。その時の武豊騎手らの心境は……
障害界のスーパーホースが平地に出走
「勝てば障害に戻らないというし、かと言って負けるところは見たくないし……。複雑な心境でした」
そう語るのは石神深一。障害界の絶対王者を支えて来たパートナーだ。
「勝ってもすぐには喜べないんです」
そう言うのは厩務員の長沼昭利。54歳のベテランは縁の下から王者を支えるメンバーの1人。5つのG1を含む9連勝中もただの1度も両手を挙げて歓喜にむせぶ事は無かったと続ける。何故か……。
「状態は良いです。以前とは違うし頭の良い馬なので対応してくれると思います」
管理する和田正一郎はそう言った。そして……。
「僕も楽しみです。あまりないケースですし、注目されているのも分かっているので結果を出して応えたいです」
鞍上に指名された武豊はそう語った。
7月7日、福島競馬場の第9レース、開成山特別。普段なら全く注目を浴びない最下級条件のこのレースは、1頭のスターが出走した事で一躍G1レース並みの盛り上がりを見せた。
オジュウチョウサン。
障害界のスーパースターは沢山の人の様々な想いを乗せて平地競走に出走した。
武豊騎手との親子二代にわたる縁
「最初に乗った時は人を落とそうとするし、飛越の拒否もする。心身共に幼い面がありました」
石神は後の障害王者の第1印象をそう述懐する。悪さをすれば叱り、指示に従えば褒める。毎日それの繰り返し。教えた事をすぐに覚えるわけではなく一進一退の毎日。それでも卓袱台をひっくり返すスパルタ親父のようになることはなかった。“三百六十五日のマーチ”の如く3歩進んでは2歩下がる日々と根気よく向き合った。
「レースへ行って全く息が乱れない。だから良いモノは持っていると信じ続けました」
そうこうするうち徐々に耳を傾けてくれるようになり、一所懸命に走るようになった。
その功績にいち早く気付いたのが長沼だ。
「深一と出会ったのが大きかったです。彼が教育してくれなければ、宝の持ち腐れで、オジュウチョウサンの名前はこんなにも世に出ていなかった事でしょう」
2016年4月のJ・G1中山グランドジャンプから始まった連勝劇は丸2年にわたり止まるところを知らずその数は9戦にのぼった。
「普通に出走させるだけでも大変なので、勝つほどにプレッシャーは感じました。でも、最近ではだいぶ慣れて来ましたけどね」
とは言え「天候の変化次第では何時だろうと厩舎に来て窓を開閉する」と言うのだから彼にかかる重圧が感じられる。
長沼の父親は保田隆芳厩舎の厩務員だった。和田は言う。
「長沼さんのお父様はトウショウボーイの厩務員でした。親子二代で名馬を育てた。素晴らしい厩務員さんです」
「それは知りませんでした」と武豊。トウショウボーイといえば武邦彦も騎乗していた。長沼と武は親子二代で不思議な縁に結ばれていたわけだ。
レース、そして、それぞれの想い
小雨のぱらつく時間帯もあったにもかかわらず、レース当日は前年比138%超となる1万4千人以上のファンがナンバー1ジャンパーの平地での競馬ぶりをひと目見ようと駆けつけた。
怪我で休養中の石神も福島競馬場に足を運んだ。
「応援と言うより無事を見届けたい気持ちで来ました」
いつもより元気だったという装鞍所での仕種をみて「返し馬だけ気をつけてください」と武豊に伝え、更に続けた。
「最近、ゲートの中で前扉に突進しようとするので、その点も気をつけてくださいと伝えました。でも、さすが豊さん、そんな心配など関係ない素晴らしいスタートを切ってくれました」
スタートを告げるファンファーレが鳴ると500万下条件では異例と言える手拍子が起きた。その直後、ゲートが開くと圧倒的1番人気に推されたオジュウチョウサンは好発を決めた。
「思った以上に出ましたね。お陰で道中も楽に追走出来ました」
天才騎手はそう語った。
「障害とは違うペースだし、道悪も走り辛そうだったけど、さすが豊さんですね。行かせる感じで上手に走らせてくれました」
和田は観戦時の心中をそう語った。
先行したオジュウチョウサンは早目に先頭に立つと結局そのまま押し切った。最後もまたG1かと見紛うほどの熱狂に包まれてゴール。最下級条件のレースではあるが、その注目度を分かっている天才騎手は手を挙げて歓声に応えた。
「オジュウチョウサンは障害が無くても強かったです」
そう言って鞍下を褒め称えた武豊は「500万条件では感じた事の無いプレッシャーがあったので勝ててホッとしました」とも言った。しかし、実はレース前、彼は自信満々に言っていた。
「平地の流れがどうかとか言われているけど、あのパフォーマンスを見ていたら、普通に走れば恥ずかしい結果にはならないでしょう」
レース後、異口同音に語ったのが石神だ。
「やっぱり500万ではパワーが違いましたね」
自分が育てて来た馬の新たなる旅立ちを喜ぶ気持ちと、自らの手を離れていく寂しい気持ち。ゴールの瞬間、本来、背中合わせであるはずの2つの気持ちが石神の胸の内で交錯した。
「パドックから沢山の人が応援してくれているのが分かりました。勝てて良かったです」
和田がそう言うようにレース後も大歓声が飛び、皆が喜んだ。しかし、そんな中、笑みを見せながらも決して心から喜んでいるようには見えなかった男がいた。
長沼だ。
「これだけの馬ですからね。勝てば勝つほどすぐには喜べなくなりました。翌日になって脚元を含め全てが健康である事を確認してから改めて嬉しくなれるんです」
オーナーの長山尚義は今回の平地挑戦は「有馬記念に出るため」の第一歩だと語った。そして、この結果を受けて「今後は平地一本で行きます」と高らかに宣言した。
多くの人の様々な想いを乗せて走るオジュウチョウサン。これからもしばらく目が離せそうにない。
(文中敬称略、写真提供=平松さとし)