Yahoo!ニュース

首相権力の強化:「岸田一強」へ

竹中治堅政策研究大学院大学教授
衆議院で代表質問に答える岸田首相(写真:つのだよしお/アフロ)

派閥の動揺 

 自民党の派閥が動揺している。岸田首相は1月18日に岸田派の解散の検討する考えを示し、19日には解散を表明する。同じ日に安倍派と二階派も解散を決める。茂木派からは退会者が続く。このことを踏まえて、岸田政権についての考え方を先日議論した。その後の展開を踏まえてさらに岸田内閣及び自民党の権力構造の変化について論じたい。結論から言えば、首相の権力がさらに強化され、「岸田一強」の成立が進んでいる。

政治刷新本部「改革の中間取りまとめ」

 1月25日に三つの派閥に続き、森山派も解散を決定する。

 また同日、自民党は政治刷新本部が取りまとめた「改革の中間取りまとめ」を了承した。主な内容は派閥への制約を強めることである。派閥に政治資金や人事との関係を断ち切り、政策集団に変わることを求めている。

 「中間取りまとめ」には次の三つの柱がある。

⑴派閥による政治資金パーティーの禁止

⑵派閥による所属議員の定期的な資金の配分の廃止

⑶派閥による人事推薦などの停止

 首相は1月4日の年頭記者会見で、総裁直属の機関として政治刷新本部を設置することを明らかにした。首相がトップに就き、麻生太郎副総裁と菅義偉前首相が最高顧問に就任した。政治刷新本部は1月11日の初会合を含め8回議論を行い、「中間取りまとめ」を完成させた。

 言うまでもなく、首相は安倍派などの裏金問題(その経緯については最後に参考として掲げる)に対処するため政治刷新本部で改革案を議論させた。派閥への対応が論点となり、本部が派閥の解散を打ち出すのかが注目された。

麻生派と茂木派

 こうした中、麻生太郎副総裁は解散に反対で、麻生派は活動を続ける方針である。一方、茂木派は動揺している。26日に小渕優子選挙対策委員長が退会し、青木一彦参議院自民党副幹事長をはじめ、同派の参議院議員四名が退会する意向が明らかになった。1月31日には船田元氏、古川貞久氏、西銘恒三郎氏が退会届を出した。29日に茂木幹事長は「派閥としては解消する」(『朝日新聞』2024年1月30日)と説明したが、政治団体としての届出を取り下げるかどうかは不明である。

議員集団の影響力の低下

 これまでの流れから言えることは、政権内で「岸田一強」の整備が加速しているということだ。今後、首相の自民党内の議員集団や議員への力はこれまで以上に強くなることが予想される。

 議員側から見ていこう。やはり重要なのは政治資金と人事面で、派閥(あるいはそれに変わる議員集団)の力が弱まることである。今後、安倍派、二階派、森山派に属していた議員が議員グループを作る場合であっても、政治団体として登録できず、政治資金パーティーを開くことはできない。この場合、議員集団としての資金力はこれまでの派閥よりも低下し、活動量にも影響を及ぼすはずだ。こうして、議員集団としての結束力も派閥より小さなものとなるであろう。また政治資金面で党執行部にこれまで以上に依存することになるだろう。この結果、議員のまとまりとしての首相や執行部への影響力は人事面でも低下するはずだ。

 一方、麻生派と茂木派が政治団体として存続し、実質的に派閥としての活動を続ける場合でも、これまでよりも資金を集めることができなければ、議員集団としての結束力は弱まるであろう。資金面での執行部への依存度もやはり高まるはずだ。ただ、結成が予想される安倍派、二階派、森山派系の議員集団よりもまとまりは強い。この結果、一定の影響力を維持し、相対的にその力は安倍派、二階派、森山派系の議員集団より大きくなることが予想される。

首相の権力拡大

 岸田首相側から見るとどうなるか。これまで派閥に配慮してきたのに対し、派閥や旧派閥系の議員集団に気を配る必要性が薄れた。閣僚人事、副大臣・政務官人事、党役員人事で首相の裁量の幅は大きくなるだろう。政策についても同様である。首相が推す政策への党からの抵抗はより難しくなった。例えば、裏金事件がなく、安倍派が続いていれば、アベノミクスの修正はかなり困難であったろう。しかし、首相が望めば、それほど難しい課題ではなくなった。日銀はマイナス金利の解除など金融政策の見直しを検討していることは間違いない。安倍派が解消し、同派の議員が打撃を受けたため、こうした政策修正への自民党の抵抗は以前より力を失うだろう。

 そもそも1994年に政治改革が実現して以来、首相の力は拡大を続け、一方、派閥や自民党の議員の影響力は低下してきた。先日指摘したように長い時間軸で見れば、安倍派の裏金問題に端を発する派閥解消、政治刷新本部による改革案の打ち出しは、これまでの流れが続いているということを意味している。

問題は何をするか

 もっとも問題は首相が拡大した権力を使って、何をするのかということである。首相が経済面で最重視していることは賃上げだ。政府が企業に賃上げを呼びかけることは世論の賃金への期待値を高める上では意味がある。ただ、より重要なのは経済全体が伸びることである。首相が掲げる「新しい資本主義」は経済成長を促すことを目的とし、科学技術研究水準の底上げ、戦略的重要産業の成長策などからなっている。こうした政策をさらに強力に推し進めることが必要である。

 また規制を改革し、既得権益を見直すことも必要なはずだ。しかし、首相は改革には消極的で、注目されたライドシェア改革もこのままだとタクシー業界の既得権益を守るどころかさらに彼らの権益を拡大させるような内容に終わりそうである。

自民党総裁選

 9月には自民党総裁選が予定される。内閣支持率が低迷を続ける場合、岸田首相に有力な対抗馬が現れる可能性は高い。首相にとっては強化された指導力を使って政策を立案し、国民の信頼を回復することが喫緊の課題である。

(参考:政治資金問題が起きた経緯)

 2022年11月6日の「しんぶん赤旗」日曜版が、自民党の5派閥が政治資金パーティー券販売からの収入を政治資金収支報告書で公表していないことを報じた。これを受けて、神戸学院大学の上脇博之教授は、安倍派が2018年から20年にかけて1946万円分を収支報告書に記入しなかったことを政治資金規正法違反の疑いで安倍派の会長、会計責任者などを東京地方検察庁に告発した(『赤旗』2022年11月18日)。さらに上脇教授は二階派、茂木派、麻生派、岸田派についても政治資金パーティーから得られた資金の不記載による法律違反で東京地方検察庁に告発した(『朝日新聞』2023年11月21日)。

 23年12月に入り、安倍派が販売ノルマを超えた分について所属議員に還流し、その額を収支報告書に記載していなかったこと、議員も受け取った額を報告していなかったことが報道される(『朝日新聞』2023年12月1日、2日)。

 さらに松野博一官房長官のほか、安部派幹部6人が資金還流を受けていた疑いのあることが判明、12月14日、安倍派の松野官房長官、鈴木淳司総務大臣、宮下一郎農水大臣、西村康稔通産大臣が辞職する。

 東京地検特捜部は12月19日に安倍派と二階派の事務所を強制捜査する。さらに27日には安倍派の池田佳隆衆議院議員の事務所を、続いて、28日に同じく安倍派の大野泰正参議院議員の事務所の取調べに入る。今年に入って、1月7日には池田議員と議員の秘書を政治資金規正法違反の疑いで逮捕した。

 東京地検特捜部は今年、1月19日に安倍派と二階派の会計責任者を政治資金規正法違反の疑いで在宅起訴、岸田派の会計責任者を略式起訴した。安倍派は2018年から22年まで5年間にわたり、約6億8000万円のパーティーの収入と議員への支出を記載しなかった疑いがある一方、二階派も約2億6000万円のパーティーの収入を報告しない一方、1億2000万円の議員へ還流分を支出として報告しなかった。岸田派の会計責任者は18年から20年にかけて3059万円の収入を記載しなかったため、略式起訴された。安倍派の大野議員と秘書が在宅起訴され、谷川弥一衆議院議員と秘書が略式起訴された。

 安倍派幹部の刑事責任が問われるかに注目が集まったが、特捜部が起訴することはなかった。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

竹中治堅の最近の記事