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【点滴中毒死事件】犯人は誰か、そして病院への影響は 医師の視点

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
誰が点滴に消毒液を混入したのか、可能性を探る(写真:アフロ)

横浜市の病院で入院患者2人が相次いで中毒死した事件で、被害者の司法解剖の結果「界面活性剤」が検出されたとの報道がありました。日に日に新しい情報が明らかになっていますが、現段階(2016年9月28日)で判明している情報をもとに、病院勤務医の立場から解説します。

どんな事件だったか?

ニュースを4つ引用しますが、事件をご存知の方は飛ばしてお読み下さい。

神奈川・横浜市の病院で、入院中の男性が死亡した事件で、男性が亡くなる2日前に死亡した88歳の男性も、界面活性剤による中毒死だったことがわかった。9月20日、横浜市神奈川区で死亡した八巻信雄さん(88)の体内からは、消毒液の成分が検出されているが、18日に亡くなった別の入院患者、西川惣蔵さん(88)の体内からも、八巻さんと同様、界面活性剤の成分が検出され、死因も中毒死だった。

出典:FNNニュース

県警によると、連休中に投与する点滴は17日午前、1階の薬剤部で施錠された保管場所から出された後、職員2人が投与対象の患者名や使用日を書いたラベルなどをチェック。段ボール箱に入れて4階のナースステーションに運ばれ、使用前は箱から出して机の上などに置かれていたという。

出典:朝日新聞デジタル 9月28日(水)11時43分配信

横浜市神奈川区の大口病院で、入院患者の八巻(やまき)信雄さん(88)が点滴への混入物によって中毒死した事件で、混入された界面活性剤は「逆性せっけん」だったことが捜査関係者への取材で分かった。(中略)逆性せっけんは殺菌作用が強く、消毒液の主成分として使われる。医療現場では、こうした消毒液が手指や医療器具の滅菌・抗菌などに幅広く使用されている。

出典:読売新聞 9月26日(月)15時13分配信

中毒死した2人に投与された点滴と同時期に病院4階のナースステーションに保管され、未使用だった点滴約50袋のうち、10袋前後のゴム栓に貼られた保護フィルムに、細い針で刺した穴が残っていた。

出典:毎日新聞 9月28日(水)15時1分配信

これらの報道から、事件の流れをまとめました。

(いつか不明)業者から病院へ点滴バッグが搬入

→(17日午前)点滴のバッグが病院1階の薬剤部からダンボールに入れられ4階ナースステーションへ

→(いつか不明)ダンボールから出されナースステーションの机の上に置かれた

→(18日午前)西川さんが点滴を投与される

→(18日午後7時)西川さん死亡

→(19日午後10時)八巻さんが点滴を投与される

→(20日午前5時前)八巻さん死亡

また、本事件で点滴バッグに入れられた「逆性せっけん」と言えば、医療関係者はオスバンという商品名で親しんでいるでしょう。これは一般名が「塩化ベンザルコニウム」(病院ではよく塩ベコと呼びます)という消毒薬の一種で、病院で非常によく使われているものです。だいたいどこの病院にも置いてあるものです。

いつ、誰が点滴バッグに逆性せっけんを入れたのか?

ここからは筆者の推測になります。

報道から、点滴バッグに消毒薬が入ったタイミングは「1階薬剤部での保管中」から「ナースステーションの机の上に置かれる」までの間に入れられた可能性が高いようです。では誰が犯行を行えたのでしょうか。

I. 病院外部の人間による犯行の可能性

今の日本において、病院という施設は一般的に入り口や病棟、病室まで容易に入ることが出来ます。最近は一部の大病院ではセキュリティがしっかりしてきていますが、それでも見舞客などを装えば侵入はそれほど難しくありません。そして多くの病院では、特に中小規模の病院ではセキュリティはあってないようなものです。医師数3人、病床数85床という小規模の病院であった今回の病院では、おそらく平日の日中であれば病院の入り口や病棟の入り口、ナースステーションの入り口などに鍵はかかっていなかったのではないかと推測します。

しかし、今回の犯行の手口である「点滴バッグのゴム栓から消毒薬を注入する」という方法はそれほど簡単ではなく、医療関係者で、おそらく医師か看護師、薬剤師でなければ出来ません。特に部外者が侵入して短時間でこの行為を行うとしたら、これらの職でなければ難しいのではないかと思います。なかなかコツがいるのです。ただ、犯人が麻薬中毒者であれば注射器と針の取り扱いに慣れているので、点滴バッグについての知識があればわずかに可能性はあるかもしれません。

また、大口病院のようなそれ程大きくない病院では部外者がうろうろしているとかなり目立ちます。おそらく職員どうしは顔見知りでしょうから、部外者が侵入するとしたら夜間など人目につかない時間帯になるでしょう。

II. 病院内部の人間による犯行の可能性

これにはいくつかの可能性があります。

1, まず点滴を卸す業者が点滴バッグに消毒薬を入れた可能性ですが、今回の事件は現段階では大口病院だけで発生しており(まだわかりませんが)、可能性は低いと考えます。

2, 病院搬入後、薬剤部での保管中に薬剤師が消毒薬を入れた可能性です。点滴の保管庫は施錠されていたそうですが、薬剤師であればそれほど難しくなく点滴にアクセス出来ますから、薬剤師など薬剤部のスタッフであれば入れることは可能です。薬剤師は注射器や点滴バッグの取り扱いに習熟していますから、かなりの短時間で犯行を行うことが可能です。

3,看護師が入れた可能性です。

おそらく大口病院では夜間には薬剤師が不在であったでしょうから、薬剤保管庫の鍵も看護師が持っていたと考えられます。「ちょっと薬を薬剤部にとってくる」と言って離れた時に犯行を行ったり、30分から1時間の休憩中(看護師は3人体制だったそうですから、休憩時は一人になれます)に犯行を行うことも可能です。看護師は点滴バッグの中に他の薬剤を注入する(混注;こんちゅうすると言います)ことを極めて日常的に行っていますから、技術的な問題もありません。

4,医師が入れた可能性ですが、医師は通常点滴などを作る(胃薬やビタミン剤など色々なものを混注すること)行為はせず、指示のみをして看護師が行います。それを考えると点滴を準備する部屋あるいは大きな机に医師が居て作業をしているだけで目立ちますから、犯行は難しいように思います。薬剤部に医師が侵入することも、通常は鍵が看護師管理であることを考えると困難です。

犯行は何のために?

筆者はこの事件を俯瞰して、かなり無差別的で無計画な犯行である印象を受けました。ダンボールに入っていた点滴に無差別に消毒薬を注入していったのですから、「誰か特定の人を殺害する」という意図はありません。そして次々に、予測される死亡ペースを上回る死亡者が出ていたらすぐに気づかれるのですから、無計画と言わざるを得ないでしょう。この大口病院は一般病床が42床、療養(りょうよう)病床が43床という構成です。療養病床という病床には、ご高齢で認知症があり自宅での療養が難しい方や、がんや心臓病などの末期状態の方もいらっしゃいますから、ある程度の死亡発生はあります。一部ではここのところ事件の起きた4階病棟では死亡者数がこれまでより多かったようですから、事件発覚は必然であったでしょう。それを犯人は予見していなかったとしたら、かなり無計画です。

これから病院はどうやって防ぐ?

はっきり言って、この点滴バッグへの毒物混入を発見することは不可能ですし、防ぐのも不可能に近いと考えます。

まず毒物混入を発見するのは、点滴を投与する寸前に看護師が「点滴ボトルに穴が空いていないか、ゴム栓に穴が空いていないか」をチェックしなければなりませんが、0.5mm以下の小さな針の穴でも毒物は注入できますのでこれを発見するのは不可能でしょう。また、報道で「点滴ボトルのゴム栓のシールに穴が空いていた」というものもありました。点滴ボトルの入り口であり出口である部分はゴム栓なのですが、未使用のものには簡単に指でちぎれるビニールの丸い透明テープが付いています。これを剥がして点滴のラインをゴム栓に刺して患者さんの血管と繋ぎます。もし予防として出来るでことがあるとしたら、この透明テープに穴が空いていないかどうかを毎度毎度確認することでしょう。ただし極細の針(病院にはあります)で刺されていた場合や、透明テープを貼り替えられていた場合には全く役に立ちません。どれくらい困難かというと、「コンビニでペットボトル入り飲料を売るときに、コンビニ店員はボトルに小さい穴が無いかどうか、キャップが一度開けられていないかどうかを全て確認する」ようなものです。ごく小さい穴であれば液体は漏れませんし、無味無臭で死に至る毒物であれば防ぎようがありません。

極めて悪質な犯罪

私見ですが、今回の事件は極めて悪質な無差別殺人事件です。それはこの犯行の凶悪さという以外に、以下の点を含んでいるからです。

これからマスコミは「大口病院のセキュリティの甘さ」を指摘する報道も繰り返すでしょうから、日本中の病院はセキュリティを強化せざるを得ないでしょう。防犯カメラをつけ、それを監視する人員を揃え、多くのドアにはIDカードが無ければ通れない鍵をかけます。そしてただでさえ多忙を極める医師・看護師の病院での業務はさらに複雑さを増し、コストは跳ね上がり医療の質は下がります。以前の地下鉄サリン事件後にあらゆる駅や公共交通機関からゴミ箱が無くなった後よりも、はるかに大きな影響があるでしょう。

末筆になりましたが、被害者の方のご冥福をお祈りするとともにご遺族の方へのお悔やみを申し上げ、稿を閉じたいと思います。

(追記 9/29)

混入していた消毒薬は「ヂアミトール」という商品であるとの報道がありました。

この消毒液は「ベンザルコニウム塩化物液」で、商品名は「ヂアミトール」。メーカーによると、家庭では使われないものという。毒性が強い「逆性せっけん」の一種で、強い殺菌効果がある界面活性剤が含まれる。

出典:朝日新聞デジタル 9月28日(水)20時45分配信

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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