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既存メディアのフィルター・バブルをどう打ち破るか

太田康広慶應義塾大学ビジネス・スクール教授
(写真:アフロ)

フィルター・バブル

フィルター・バブルという考え方がある。

Googleなどのサーチ・エンジンは、ある人が過去に検索したワードにもとづいて、その人の好みや主義主張を分析して、その人向けに最適化された検索結果を返したり、その人が興味を持ちそうな広告を掲載したりする。Facebookでは、その人が「いいね!」を押した投稿の傾向などから、その人が好む投稿や記事や広告を画面表示したりする。その結果、自分好みの検索結果になったり、自分好みのニュースが目に付きやすくなる。

たとえば、港区のマンション情報を検索すると、いろいろなサイトで、港区のマンション情報が表示されるようになったり、人間ドックの検索をすると、人間ドックの広告がやたらと表示されるようになったりする。以前は、Facebookのプロフィール情報から「○○大学出身のあなたへ」というような転職情報サイトの広告が出たりしていた。

こういった傾向が行き過ぎると、Facebookの画面がasahi.comばかりになったり、sankei.comばかりになったりする。その結果、自分の考え方に近い記事ばかりが目に付くようになり、世の中全体が「アベ政治を許さない」と考えているように思い込んだり、世の中全体が一部メディアの倒閣運動に憤っているかのように錯覚しやすい。

フィルター・バブルというのは、ネットの表示が、その人の考え方・主義主張に近い広告や記事が出やすいようにカスタマイズされた結果、その人の考え方や主義主張に近い情報ばかりに接するようになり、狭いバブル(泡)の中に閉じこもっていく傾向を指す造語である。イーライ・パリサーという人が『閉じこもるインターネットーグーグル・パーソナライズ・民主主義』という本のなかで提唱した。

フィルター・バブルという考え方には異論も出ているが、イギリスのEU離脱(ブレクジット)やトランプ大統領の当選といった現象の背後に、フィルター・バブルが何らかの影響を与えているという説も根強い。教育程度の高い・所得の高い人は、イギリスはEUに留まるべきだという情報ばかり目にし、ヒラリー・クリントン候補が素晴らしい・優勢だという情報にばかり接するので判断を誤りがちだったということである。株式市場ですら、ブレクジットやトランプ大統領の当選にショックを受けたということは、株式市場参加者もある特定のフィルター・バブルの中の人が多かったということだろう。

トランプ大統領のことを「アメリカ分断国大統領」と評した雑誌の表紙があったように、最近の政治的なサプライズの背後に、社会における主義主張の分断があると考える人も多い。異なった主義主張の人は、自分と似たような人とばかり集まり、それが普通の意見だと考えるようになる。結果として、意見の違うグループは、お互いにますます離れていく。ネット上では、自分と意見の違う人とは交流しなくなり、意見の対立はむしろ先鋭化する。

どうやってバブルを破るか

筆者は、ここ数年、何とかしてフィルター・バブルを破ろうと四苦八苦していた。

Facebookでは、主義主張は違うけれど信頼できる友人の投稿で共感するものに積極的に「いいね!」を押したり、asahi.comとsankei.comに同じ内容の記事が出ていたら、できるだけ自分と主義主張が異なるほうの記事をシェアするようにしてきた。自分と違う意見の人のコメントが目に入らなくなると視野が狭くなるので、できるだけ反対の意見の人のコメントを眺めるようにしてきたということである。

もっとも広告についてはオプトアウトが可能である。Googleは、フィルター・バブルから抜け出る方法を示してくれている。

「パーソナライズド広告を表示しないようにする(オプトアウトする)」

Facebookのフィルター・バブルから抜け出る方法は次にある。

「フェイスブックのWeb履歴使った広告、オプトアウトはこの手順で」

経験上、一定の効果があるように思う。

このほか、地理的な制約もある。IPアドレスでも見ているのだろうか、英語のサイトをアメリカ人のように見ようとするとこれがなかなか難しい。amazon.comへ行くと「日本でお買い物しましょう!」とamazon.co.jpへ誘導されてしまう。

現在地を「偽装」する方法もいろいろあるようだが、どれくらいリスクがあって、どれくらい望ましくない方法なのかはよくわからない。有料のVPNやTorを使うのがいいのだろうか。(Torの解説。

強力な既存メディアのフィルター・バブル

このように、ここしばらくネット上のフィルター・バブルばかり気にしていたけれど、最近、「森友学園」「加計学園」の報道を見るかぎり、伝統的なメディアのフィルター・バブルのほうがキツいのではないかという気がしてきた。加戸守行前愛媛県知事の発言を無視する報道姿勢は、報道機関の中立性に対する最低限の期待を下まわるものではないか。

「『前川証言ありき』で報道する朝日新聞 加戸守行前愛媛県知事らの発言をまたもや無視」

かつて、アメリカの大統領選についてのCNNのニュースを見て、その偏向ぶりに驚き、これに比べれば、日本のメディアはそれぞれ特色があるとはいえ、一定の節度を持って中立性を守っていると思ったものだが、大変残念ながら、この印象は修正されつつある。ここ数年の日本メディアのバイアスは驚くばかりである。特定の新聞を読み、特定の局のテレビ番組を見ていては、健全な意見形成が難しくなった。

有り体にいえば、『朝日新聞』を読み、『サンデーモーニング』を見ている人と、『産経新聞』を読み、『ニュース女子』を見ている人とでは、住む世界が違ってしまっているということである。

既存メディアのバイアスぶりは、ネット上ではいろいろ指摘があるものの、紙媒体の新聞とテレビ・ニュースだけから情報を得る高齢者層にはそれが届かない。

選挙についていえば、わざわざ投票所に出掛けて一票を投じるコストは大きい。よってヒマな人の意見がより強く政治に反映される。引退した世代と比べて、勤労世代にとっては休日の時間が貴重なので投票率が低くなる。

そして、一票の格差の解消もまだまだである。人口密度の低い地方の意見のほうが重視される。

「一票の格差、衆院で最大1.955倍 参院は3倍超す」

今後の日本をどうするかということについてはいろいろな意見があっていい。ただ、将来のことは若年層・勤労世代ほど真剣に考えているだろう。

将来の課題が山積みの日本で、重要な意思決定をスピード感を持って実行していくためには、一票の格差の即時是正と、忙しい若年層・勤労世代の投票率を上げるために、選挙におけるネット投票の実施や、オーストラリアのような投票の義務化が検討されてもいいのではないか。

斡旋収賄罪でも成立するならともかく、法的に問題ない論点で、支持率が左右され、日本の将来に重大な影響を及ぼすリアル・フィルター・バブルをどのように打ち破っていくかは重要な課題である。

慶應義塾大学ビジネス・スクール教授

1968年生まれ、慶應義塾大学経済学部卒業、東京大学より修士(経済学)、ニューヨーク州立大学経営学博士。カナダ・ヨーク大学ジョゼフ・E・アトキンソン教養・専門研究学部管理研究学科アシスタント・プロフェッサーを経て、2011年より現職。行政刷新会議事業仕分け仕分け人、行政改革推進会議歳出改革ワーキンググループ構成員(行政事業レビュー外部評価者)等を歴任。2012年から2014年まで会計検査院特別研究官。2012年から2018年までヨーロッパ会計学会アジア地区代表。日本経済会計学会常任理事。

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