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相次ぐ雇用調整助成金不正 2つの悪質さ

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授
(写真:イメージマート)

雇用調整助成金はコロナ禍で有名になった。経営環境の激変等に伴う事業縮小などが生じる場合においても、雇用維持を目的に従業員を休業させた場合に事業者に対して休業手当等を補助する制度だ。コロナ禍のもとで特例的に制度が拡大され、緊急雇用安定助成金や持続化給付金制度などとあわせて多額の公費が投入された。なお後者の持続化給付金は経産省の所管でこちらでも多額の不正が確認されている。

厚生労働省「雇用調整助成金(新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例)」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07.html#abstract

持続化給付金の不正受給者の認定及び公表について

https://www.meti.go.jp/covid-19/jizokuka_fusei_nintei.html

全国の事業者総数はおよそ400万弱。雇用調整助成金等の申請は令和3年度末、4年度末集計がそれぞれ300万件超。不正がのべ約1200件。

厚生労働省「雇用調整助成金(新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例)」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07.html#numbers

「緊急な支援」が重要視され審査が簡素化されていたこともあって、全国で不正が次々に発覚している。2023年に入ってからもその傾向は継続しているのみならず、少し検索してみれば枚挙に暇がないほどだ。

コロナ雇調金の特例終了 不正膨張187億円も公表わずか18%(毎日新聞)

https://news.yahoo.co.jp/articles/521362cd5b043b7f37c7d345b412a103b794bd72

「助成金もらうのは不正では」社内目安箱の意見も黙殺…水戸京成百貨店の雇調金不正(読売新聞オンライン)

https://news.yahoo.co.jp/articles/695a0a7716b88536304ebf0bf801f9f63ff0404a

「会社が指示していない」スキー場運営会社が雇用調整助成金6600万円余り不正受給 社長「課長級以上がこれくらいならと」 社内調査で虚偽の申請は約460万円と説明(NBS長野放送)

https://news.yahoo.co.jp/articles/fbdb65509ec5ada33c02fbdb3abc4fea67b7a0de

県内2業者が雇用調整助成金を不正受給【愛媛】(eat愛媛朝日テレビ)

https://news.yahoo.co.jp/articles/8ceb803d78b1e07064d6ffde4fca1fbdbd69cd92

個人事業主や小規模零細企業等だけではなく、地域における有力企業等も不正に関与している点が悪質だ。「ノー・フリーランチ」とは言ったものだが、結局、緊急性を優先する制度は悪質利用がなされうることが顕著になった。性善説的な事業者に対する数多の支援に対する疑問を突きつけている。

経営環境激変化における雇用支援、生活支援の在り方としていくつかの課題が明らかになっている。ひとつは企業を対象とする支援の仕組みの妥当性だ。多額の雇用調整助成金は果たして雇用維持のためにきちんと使われたのだろうか。不正受給が相次ぐだけに、その点にも疑問が生じる。雇用や経営者も含む人々の生活は守られるべきだが、事業者の存続については必ずしも自明ではない。景気後退期や変動期における適切な事業者の市場からの撤退や環境への適応がイノベーションや事業革新の契機とみなすなら、雇用維持という名の生活維持や支援のアプローチも事業者支援よりも失業者や生活困窮者、生活激変世帯支援を中心にしたほうが好ましいのではないか。

またコロナ禍の支援は、被災者生活再建制度など被災個人には給付、事業者に対しては無利子、低利子の貸付を中心とする災害支援の原則と比較しても、影響を受けた個人や生活困窮世帯に対する給付は限定的である一方で、事業者に対しては多額の給付措置が地方自治体も含めて重層的に採用されるというイレギュラーなものとなった。それらは果たして妥当なものといえるのか。

厚労省はこうした不正に対して、抜き打ち検査や延滞金、事業者名公表含め、対策を厳格化しているとするが、実効性に疑問も残る。

厚生労働省「雇用調整助成金 不正受給の対応を厳格化しています」

https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000919896.pdf

例えば事業者名の公表はもっぱら厚生労働省の各労働局に委ねられている。また不正受給に関連した社会保険労務士等の名称も公表しているとするが、厚労省のサイトのなかでもかなり深い階層にあり、目につきにくい。事業者にとっての実効的なペナルティやサンクションとして機能しているとは言い難いのではないか。

厚生労働省東京労働局「不正受給による公表事案」

https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/kakushu_joseikin/_118530/_118550/2014_08_25.html

厚生労働省「都道府県労働局が公表した不正受給に関与した社会保険労務士・代理人・訓練実施機関について」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/index_00020.html

最近になって感染症関連法制の見直しに対する関心が高まっているが、公費の投入程度ということでいえば、実はコロナ禍において実施された数多の事業者向けの様々な支援や雇用関係の支援も看過できないものである。GO TO事業や全国旅行支援制度なども妥当性に疑問が残る。23年になっても相次ぐ不正は将来に向けてそれらの在り方の見直しを迫っている。

全国旅行支援は公正か?(西田亮介)

https://news.yahoo.co.jp/byline/ryosukenishida/20221016-00319734

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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